ボスの思い 1
「ボス!! ご無事でしたか?」
てけてけとかけてくる少女に苦笑する。
ロレンツィオがミシェルを連れてきたのだ。
「最近、身の危険は? 安心してください。ボスの命を狙う邪魔者は消して差し上げます! 射撃、上達したんです!」
ああ、かわいいミシェル。なぜ、そんな物騒なことばかり言う・・・。
ミシェルは満面の笑みで私を見上げる。
私は仕方なく、かがんでミシェルの頭をなでてやる。ミシェルは私をじっと見ていたが、何を思ったのか、
「大丈夫ですよ、私がついてますから」
と、逆に私を慰めるように、私の頭をおずおずとなでた。
「私、早く、パパ・・・父みたいになります。あと、アンナみたいに」
ミシェルはアキラやアンナに憧れているらしいと、ロレンツィオからきいている。
「・・・ミシェルが危険なことをする必要はない。用心棒は他にちゃんといるからね。ああ、もちろんアキラの代わりになる人はいないけどね」
ミシェルの小さな顔を両手ではさみ、言い聞かせたが、ミシェルはきょとんとした顔をしていた。
だめだ、絶対にわかっていない顔だ。
「だから、私がアキラの代わりに・・・」
私はミシェルの小さなおでこに自分のおでこを合わせた。
「ミシェルに危険な目にあってほしくないのだよ?」
頼む、わかってくれ。
「でも、それって、ボスはやっぱり危険ってことでしょ? だから、私が守ってあげるって、いってるのに・・・!」
ミシェルのかわいい瞳は涙がもりあがってきている。女を泣かせたことはあるが、子供を泣かせるつもりはない。
「・・・わかった。わかったから。」
全く困った娘だ。私はため息をつくと、ミシェルの頭に軽く口づけ、ミシェルを離した。全くお手上げだ。
ふと横をみると、セルジオが笑い転げ、ロレンツィオがやれやれ、と肩をすくめていた。
とりあえず、拳銃やらコロシやら物騒なことからミシェルを遠ざけるため、適当な言い訳を探す。
「ミシェルはアンナみたいになりたいんだよな? だったら、語学を勉強しないと。アンナは6か国語話せたぞ。」
嘘ではない。アンナは顔もいいが頭もいい女だった。ただし、6か国語話せるその才能はもっぱら男を口説くのに活用されていたが。
ミシェルは神妙な顔をして頷く。
「男から情報を引き出すには、その国の言葉でささやけば、イチコロだって、アンナがいってました。私、がんばります。」
何を・・・頑張るつもりだ? そんなことは頑張らなくてよろしい。大人しく語学の勉強でもさせようと思っただけなのに。アンナは子供にいったい何を教えていたんだ?
「ミシェル? 何をがんばるつもりだ?」
ミシェルはきょとん、とした顔で私をみた。
「だから、語学でしょ?」
私がほっとすると、ミシェルは続けた。
「それで、男から情報を引き出すんでしょ? セクシーでなきゃ、だめかなあ?」
自分のまったいらな胸を見下ろしている。
やめてくれミシェル。
アンナが与えた影響は思いのほか深いらしい。
セルジオがゲラゲラ笑いながら助け舟を出した。
「そんなへんてこりんな漫画の女スパイみたいな真似、必要ないよ、ミシェル。ささやかなくたって、盗聴器しかけるとか、方法はいっぱいあるから。まあ、語学はやりたいならやれば? フランス語、おじさんが教えてあげようか?」
セルジオはなんだか怪しげな表情でウインクしている。ますます変な知識だけ増えるに違いない。
・・・これは助け舟ではない。泥船だ。しずめ! 二度と浮いてくるな!
「ウン、盗聴器の使い方、今度教えてね!」
キラキラしたミシェルの瞳。
まっとうな子に育てるはずが・・・。違う。絶対に何かが違う。