壊れた橋の先 3
次に目を覚ますと、ボスが私の左手を握りしめたまま、枕元に突っ伏して眠りこけていた。変に左手を握られているせいで、左手まで痺れたような感じだ。どうしてくれるのだ。
右腕を動かそうとしたが、やはり動かない。
私はボスの間抜けな寝顔をみてちょっと笑った。意外に睫が長い。
視線をあげると、ロレンツィオが戸口にもたれたまま腕組みをしてこちらを見ているのに気が付いた。
「ロレンツィオ?」
ロレンツィオはゆっくりと歩いてくると私の方に屈みこんだ。
「ミシェル、大丈夫か?」
低く優しい声でそういうと、私の頬を撫でる。
「ロレンツィオ、ドクターに会った?」
私の問いにロレンツィオは頷いた。
「・・・右腕が動かないの。ドクターは何か言ってた?」
ロレンツィオは眉間にしわをよせ、いや、といった。
「痛むか? 今は無理に動かそうとしたりしない方がいいと思うが」
「痛むとかじゃなくて、感覚が無いの。右腕だけ。どうしよう? もう、銃をもてないかもしれない。もう用心棒もできないかもしれない。ボスを護れないかも・・・」
ロレンツィオは悲しい悲しい顔をして私を見下ろしていた。
まだそんなことをいっているのか その顔はそういっていた。
「ミシェル!」
でも、口をひらいたのはいつのまにか起きたボスだった。
「何をいっているんだ。もういい、もういいんだ。用心棒なんかしなくていい。銃なんかさわらなくていい。そばにいてくれればそれで・・・」
ボスは綺麗な顔を台無しにしてぼろぼろ泣いていた。大人の男の人がこんなに泣くのを初めてみた。
ボスは泣きながら私の頭をなで、私にキスをした。
涙が顔にかかり、伸びかけた髭と髪がくすぐったかった。
「もういい、ミシェル、十分だ。」
ボスは泣きながら何度もキスをした。私の瞼や頬や唇に。
「ミシェルゥゥ」
子供みたいにボスが叫んだとき。
「ちょっと、またアンタなの? 患者を疲れさせるなっていったでしょ? そこのでっかいの、こいつつれて出てって!」
と、この前の看護師さんが現れ、ロレンツィオの方を向くと、アゴでボスを指した。
「了解」
でっかいの、と呼ばれたロレンツィオはそういうと、ボスの首根っこをつかむと、ずるずるとひきずりながら病室の外に出て行った。
「ドクターが診察にみえるわ」
そういって看護師はニッコリ笑うと斜めになっていた毛布を手早く直す。
やってきた初老のドクターもやっぱりニコニコ笑っていた。
ここの病院のスタッフはみんなよく笑う。
体温よし、脈拍よし。
アンタは死にかけたんだよ? そりゃあまだ、右腕は動かなくて当然だよ。なあに、そのうち動くようになるよ、きっと。神経? 切れていたら? 結べばいいさ。わっはっは。
ドクターは豪快に笑った。
笑うところじゃないと思うけど。
不安そうな私をみて、ドクターは言った。
アンタは生きている。
アンタはよく頑張ったよ。
全く無関係の、赤の他人の無責任な言葉だから、素直に聞けることもある。
アンタはよく頑張ったよ。
そうだ。私はびっくりするくらい、頑張ったのだ。
だからボスを助けることができたのだ。
そうじゃなきゃ、ボスは死んでた。
もういいよね。
これだけ頑張ったから。
護った。
ボスの役に立った。
だから、もう、いい。
私は眠りにおちた。
全てが終わった後、警察がきて簡単な事情徴収が行われた。
聴いていることは簡単だったけれど、時間ばっかりかかって腹がたった。私が聴収係なら10分で終わらせる内容を1時間以上かけていた。詳しいことはセルジオなんかが話してくれたらしい。私は「会社社長を狙った狙撃」の「巻き添え」をくらい、「流れ弾に当たった気の毒な人」になっていた。
それにしても、狙撃したやつが下手くそでよかった。もし、私だったら、1発目は当てられなくても、2発目か3発目はボスの頭部に確実に当てていたと思う。それに、あの距離からあの場所を狙って、撃ちそこなって、すぐに捕まる? 素人に毛が生えたやつの仕業としか思えない。
読んでくださってありがとうございます。
もうすぐ完結します。