壊れた橋の先 1
私はボスの傍にいることは許されたけれど、銃を携帯することは許されなかった。
ただ、綺麗な格好をして、ボスにくっついて鞄をもっていればいい、ような。
階段を降り、建物を出る。止めてある車まで少し距離がある。私はあたりを見渡した。
私は、たくさんの事件ファイルを集め、どんな場所で襲われやすいか、どんな所から狙撃されやすいか、あるいは自分だったらどこから狙うのか、どんな銃を使うのか、いつもシミュレーションしていた。だからいつも、癖のように危険個所をチェックしていた。
光が一瞬みえた。
反射、人影、距離、銃、ボス、危険、回避。
瞬時に体中全ての思考回路と神経回路がつながった。
私は渾身の力でボスをつきとばす。
「ボス、伏せて!!!」
一瞬で私は動いた。ボスの命を狙う人間がすぐ斜向かいの建物にいて銃を向けている。
射程距離にボスはいて、そいつは銃を撃つ。
重い衝撃が自分を襲った。
「ミシェル?!」
ボスの驚愕の声。
2度目は防げない、ボス逃げて、まずい、ボス、違う、私を庇うな
2発目の音
「ボス、狙いはあんただ!」
セルジオが、私を庇って覆いかぶさろうとするボスを引きずり倒し、すべり込んだ車に押し込むのがわかった。
車・・・防弾・・・安心。
私も荷物のように車に押し込まれる。
息ができない。
苦しい。
「ミシェル、ミシェル?」
遠くで声がする。
「止血する。アレク、病院まで何分でつく?」
「10分。センター病院に向かっている」
「わかった。ミシェルがんばれ。急所は外れて・・・・・・
病院の椅子にすわったまま両手を握っていた。
ミシェルは手術室に運び込まれたままだ。
夜の病院は最低限の明かりが灯されているだけで、薄暗い。
「全く、用心棒を庇おうとするなんて、本末転倒だよ」
長い沈黙を破ってセルジオが力なく笑う。
ミシェルが私をつきとばした後、2発目、3発目の銃弾からミシェルの体を庇おうととっさに私が覆いかぶさろうとしたことを言っているのだ。
「そうだな・・・」
相手は私が狙いなのだ。ミシェルを撃とうとしていた訳ではない。下手にミシェルを庇おうとしたところで、相手が私を狙うことで逆にミシェルに銃弾が当たる確率は高くなってしまう。それどころか私を貫通した弾がミシェルに当たれば庇ったことにもならない。
それぐらい、冷静であれば瞬時に判断できたはずだ。
気が動転していた。
このところ危険らしい危険もなく油断していた。
ミシェルは瞬時に判断して私を突き飛ばした。
そして私の代わりに肩を撃たれてしまった。
目を閉じる。
どうか、神様、ミシェルをお助けください。
神に祈ったことなどない。神に祈れるほど、潔白な人生を送ってこなかった。でも、ミシェルは純真な穢れのない子だ。ミシェルの無事を祈ることぐらい許されるはずだ。
ミシェルに甘えていた。
ボスを守るといいながら、自分の周りをうろちょろしているミシェルが可愛くて仕方なかった。
ミシェルは本気だったのだ。必死だったのだ。
父も母もいないくなり、用心棒になると決めて、自分に認めてもらおうといつも必死だった。自分が当たり前のようにこの道を選んだように、ミシェルも用心棒になる以外なにも思いつけなかったのだ。
あんなに必死だったのに、何も気づいてやれなかった。
馬鹿だった。
ミシェルを命の危険にさらしながら、それを可愛いなどと呑気に構えていた自分が許せなかった。
結局自分はミシェルを手放したくないだけなのだ。