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まっとうでない生活 3

「おはようミシェル。ちょっと今日でかけようか?」

 気が付くとロレンツィオが部屋のカーテンを開けていた。

 扉のノックの音にも気が付かずに眠っていたらしい。私はのろのろと体を起した。

 泣いたせいで顔が腫れぼったい感じがするし、頭が少し痛い。


 ロレンツィオは普段と変わらないおだやかな様子で窓を開け、外の冷たい空気を中に入れた。

「寒っ」

 私はあわてて首元まで毛布を引っ張り上げた。

「ほら、起きて、仕度をして」

 ロレンツィオはそういうと、腫れて赤くなっていると思う私の瞼にそっとキスをした。


「どこへ行くの?」

 紺色のダッフルコートのボタンを留めると、ロレンツィオが毛皮でできたアンナの帽子をすっぽりとかぶせてくれた。あったかいけれど、派手な帽子。

 ロレンツィオはだまったまま、車を出した。ポンコツのフィアット。長身のロレンツィオが乗るには小さな車だ。アンナのフェラーリはあれから車庫に入ったまま一度も外に出ていない。


 途中で車を止める。

「花を買おう」

 そこで、私は自分たちがパパとアンナのお墓に向かっているのがわかった。

 お店の店員は私よりちょっとだけ年上の女の子だった。

 綺麗な黄色の花束を二つ手早く作ってくれる様子をぼんやりとみていた。

「お腹がすいた?」

 そういえば、朝食を食べずに出てきた。

 サンドイッチ屋では私と同じくらいの年の男の子がサンドイッチを手際よく紙にくるみ、渡してくれた。ピクルスをオマケしたからね、とウインクしてくれたけど、ピクルスはあまり好きじゃない。ハムをオマケしてほしい。でも、ありがとう、といって受け取った。

 私は車の中でサンドイッチを齧っていた。

 ポンコツのフィアットは暖房をかけてもちっともあったまらない。



 外はさらに寒く、空は灰色に曇っていた。今にも雪が降り出しそうな天気だった。

 あの時は夏で、雨が降っていた。細かい細かい雨が絶え間なく降っていた。

 私とロレンツィオは手前にあったアンナのお墓にお花を供えた。


 天国のアンナ、・・・そう心の中で言いかけて、ふと、思った。人を殺していたアンナは天国にいけるのだろうか? パパも。パパもボスに切りかかった男を殺している。私はロレンツィオを振り返った。


 ロレンツィオはじっとアンナのお墓を見つめていた。冷たい冷たい石。そこにはゴージャスなアンナの破片もない。あるのは、さっきの女の子がつつんでくれた黄色のお花だけだ。

 ロレンツィオはそんなに表情が豊かな方じゃない。

 それでも、そこにあるのが悲しみと絶望であることはわかった。


 私はすぐ隣にあるパパのお墓にお花を供える。黄色のお花のところだけ、色が灯った。

 死はすぐそばにぽっかりと口を開けてまっている。

 私が死んだとき、私はパパやアンナと同じ場所にいるのだろうか? でも、いくら考えても、そこには何もないような気がした。虚無だけが広がっていた。


 私は怖くなってロレンツィオを振り返った。

 ロレンツィオは、冷たい墓石を見つめていたその目でゆっくりと私をみた。

「寒くないか?」

 ロレンツィオの問いに答えるように、くしゃみが出る。

 ロレンツィオはかすかに目許を緩め、自分のコートの前を開けると、私をすっぽりとつつんだ。背中にはロレンツィオの温もりがあった。

 長い間、ロレンツィオは私を抱きしめていてくれた。


 私は思い出した。いつもパパのアキラが少し困った顔をしていたのを。パパはパパだったけれど、こうして抱きしめてくれることはなかった。パパはいつもたくさんのことを教えてくれたけれど、どこか困っていた。ママが突然死んでしまって、子供の私とどう接していいかわからず、でも、パパができる全ての事をしようとしてくれた。それが、たまたま用心棒のやり方を教えることだったのだ。笑ってしまう。子供だった私はそれを鵜呑みにして全部覚えた。


 それでも、私はどうすればいいのだろう? 殺し屋にもなれず、ボディーガードにもなれず。その橋は壊れている。その先にあるのはただの崖だ、と教えられても私はわたるしかなかった。そして、その崖はすぐそこにあった。


読んでくださってどうもありがとうございます。

死体のアンナちゃんの過去は短編になってます。

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