まっとうな生活 3
もうすぐ文化祭だ。コーラス部も発表会を行う。学校に家族も招待するイベントだ。歌なんてろくすっぽ、覚えていない。筋トレしかしていないもの。
でも、ロレンツィオに会えるのは嬉しかった。
当日、私はみんなとお揃いの衣装をきて、口パクで舞台に立った。ちゃんと上手に歌っている子もいれば口パクの子もいる。コーラス部はもともと熱心な部ではないので、こんなものだろう。そうひどくはない。いつも熱心な吹奏楽部はやはりとても上手な演奏だった。吹奏楽の演奏も終わり、休憩になった。
父兄席に目をやる。
小学生じゃあるまいし、わざわざ見に来る親は少ないかも、と思ったけれど、それでもかなりの人数がいる。親じゃなくて、ボーイフレンドとかかもしれないけど。ロレンツィオは背が高いからすぐにわかるはず、ってそういう問題ではなかった。異様に目立った。ロレンツィオとボスが父兄席にビシッとスーツを着て座っている。なんだかそこだけ異様に浮いていた。ロレンツィオは190cm以上あるし、ボスも185cmはある。体格がいいから、というわけではなく。ロレンツィオは渋いし、ボスはハンサムだから、というのでもなく。まわりの人間と明らかに空気が違う。柔らかな白い羊の群れにドス黒い狼が2匹まぎれているようなかんじ。
「びっくりした。ロレンツィオだけだと思ったら、ボスもみにきてくれたの?」
私はとりあえず、せっかくきてくれた黒い狼、じゃない、ボスに挨拶した。
「ロレンツィオが発表会のことを教えてくれたからね。それにしても、ミシェル、コーラス部に入っていたのか。びっくりしたよ。ピアノにも興味なさそうだったから、音楽は好きではないのかと思っていたが。今度、オペラでも聴きに行くか?」
と、ボスが嬉しそうに言う。
ごめんなさい、ボス。口パクの歌をわざわざ聴きにきていただいて。
私はハッキリ言って、一音も歌っておりません。
オペラ?
「ううん、いいです。寝ちゃうから」
私がいうと、くくく、と横でロレンツィオが笑っていた。ロレンツィオは私が口パクだけなのを見抜いていたのかもしれない。
「そうか? 遠慮はいらないよ・・・?」
と、ボス。遠慮じゃないんだってば。そういっているうちにブザーが鳴った。
次は演劇部の発表だ。私は、生徒達の席へ戻った。
「ちょっと、ちょっと、ミシェル、あのかっこいい人誰? まさか、あれが噂の婚約者?」
席にもどるとエレナが鼻の穴を膨らませてまくしたてた。
「しーっ! 演劇部、はじまっちゃう。違うよ。あれは、死んじゃったパパの仕事関係の人」
会場が暗転して、演劇部の発表が始まった。
「ええ? じゃ、もう一人の人? あの背の高い、渋い人?」
「そう、そうだから、だまって!」
あわててエレナを黙らせる。演劇部のエース、シルビアのセリフが始まる。
女子高だから、当然男役も女の子がやる。背が高く綺麗な顔立ちのシルビアは王子様役が多く、生徒のファンも多い。ファンを怒らせると怖いのだ。
会場に明かりがともり席がざわざわしだした。
15分間の休憩だ。
「背の高い渋い方かー。あっちも捨てがたいけれど、私はあの金髪のかっこいい彼の方がいいなあ。それにしても年上かあ。いいなあ、いいなあ」
エレナはうっとりといい、後ろの父兄席をみている。
「ミシェル、ごめん。用事が入ったからそろそろ帰るよ」
ボスの声がして、私は振り返った。エレナが顔を赤らめてうっとりとボスをみている。
「ボ・・・、カルロおじさん帰っちゃうの?ロレンツィオは?」
ボスはまずいだろう。ボスは。
私はあわてて言葉をのみこむ。
「ごめん、ロレンツィオも一緒に帰るよ。ミシェル、今度のクリスマスは一緒にすごそう。届を出しておくから、たまには帰っておいで。ロレンツィオもさびしがる」
エレナが怪訝そうな顔をする。
まずい。エレナには毎週土日は親戚の家に帰っていることにしている。
「あ、うん。かえるかえる。クリスマス楽しみだなー」
私はばっとエレナとボスの間に立った。
「何かほしいものはあるか? クリスマスまでに考えておくんだよ? じゃあ、いい子でいるんだよ」
そういうと、私の頭を2回ポンポンとたたいた。
いつものボスの大きな手。
ボスはエレナを振り返るとにっこりほほ笑んだ。
「じゃあ、君、ミシェルをよろしく」
ボスがロレンツィオと帰った後、エレナの尋問にあった。
「えーと、ミシェルのパパとママは死んじゃったんだよね?」
「は、はい」
「で、今の金髪のかっこいい彼はパパの仕事関係の人?」
「えーと、まあ、そうだけど」
「婚約者は背の高い渋い人?」
「えーと、婚約者っていうか、まあ、パートナーの予定?」
「週末どこに帰ってるの? 噂では毎週、公認の婚約者に会いにいってるって聞いたけど? それに、どっちかっていうと、背の高い彼より、金髪の彼の方が婚約者っぽい感じがしたけど?」
ううう・・・。嘘は計画的につきましょう。
「えーと、親代わりの親戚の人がいて・・・週末はそっちの方に帰っていて」
「でも、あの人届出すから帰ってこいとかいってたよ? 本当にただのパパの仕事関係の人?」
「えーと、あの人も遠い親戚の人で・・・、あの人も親代わりっていうか・・・・」
エレナは疑いの目で私をみている。
「あ! そうそう。スポンサーなの。あのおじさんがここの高校のお金、出してくれたの」
嘘はついていない。
パパが「殉職」したときに、ボスがそういっていた。
万が一「殉職」した場合、ミシェルの一切の教育費はボスが支払う、そういう契約になっている。よくわからない書類も見せてくれた。だからお金のことは心配しなくていいといっていた。
「足長おじさん? お金持ちなの? すっごいわね。ねえねえ、足長おじさんの方と結婚しちゃえば?」
えーと。大分違うんだけれど。
めんどいから、放置?
エレナの興味は恋愛とか結婚とかに移ったのか、キャーとかいっている。
ホッと息をつく。
嘘は計画的につこう。
私は心に誓った。
結局、ロレンツィオとはほとんどしゃべれなかった。
それにしても、今日のボスはなんだか嬉しそうだった。
ぽんぽん、と頭をたたいたボスの大きな手の感触がいつまでも残る。