まっとうな生活 2
全寮制、ときいていたけれど、甘い。
隙など探せばどこにでもある、と、パパはいっていた。
確かに外泊や夜間外出に制限はあるけど、親の書いた届さえ出せば許可証がもらえて自由に外出できるし、放課後の3時間は部活動や奉仕活動に割り当てられていて自由に時間をすごせる。
ロレンツィオが後見人になっていたため、ロレンツィオの筆跡を真似て土日に何時でも外出できるよう、届を偽造し、出しておいた。
いざというときのために、とパパはお金を用意してくれていた。お金はある。
それから、何かあったらこの人のところへ行け、といわれていた人の住所。パパの武道の先生だそうだ。
パパの形見の拳銃。いっぱい種類もある。
部活は一番監視が弱いコーラス部を選んだ。そもそも人数がたくさんいるし、コーラス指導の先生のやる気もないので、みんなでおしゃべりして解散、という日もある。
「コーラスには腹筋が必要だから」
というこじつけで、私は歌わずに体を鍛えてばかりいた。射撃の安定には下半身の強化が必要だし、大きめの銃を扱うには筋力も必要だ。
土日は許可書をもって、パパのお金でタクシーと電車にのって、パパの武道の先生のところへ行った。先生はもうおじいさんだったけど、パパのことをよく覚えていてくれて、パパが死んじゃったことを悲しみ、私にはタダで! 稽古をつけてくれた。そして、その道場でいろいろな人と出会った。
類は友を呼ぶのか、そういう職業の人が先生の道場に通うのか、先生の道場には、パパの射撃仲間も顔を出していて、射撃の練習はそちらのコネでできることになった。そこで、いろいろな武器の扱い方も教えてもらえた。
授業は語学と、パパの射撃仲間のブルーの忠告を聞いて、社会経済、法律はまじめにやった。「やばい橋を渡るには、法律を味方につける」ことが重要らしい。そして、世の中は「なにがともあれ金」だから、経済は勉強した方がいいとのこと。
そんなわけで、まじめな学生、コーラス部員としての肉体トレーニング、武道の練習、射撃の練習。結構どころか、かなり忙しい学生生活となった。
友達も一応できた。みんな将来の話や恋愛話(しかも架空の、未来形!)でもりあがっていて、子供っぽくて可愛いな、と思う。
本物のボーイフレンドがいる子もいるけれど、全寮制だからなかなか会えない、とかいっている。本気で会いたければ、私みたいに届を偽造するとか、深夜に抜け出して逢引きするとかすればいいのに。
将来の職業の話も「用心棒」と答えたらドン引きされるのはわかっているし、そもそもそういう職業はひっそりとなる、と相場はきまっているから言わないことにしている。
「ミシェルは? 好きな人とかいないの?」
ときかれたので、
「パートナーになる人は決まっているの」
と、答えたら、
「ええー? ミシェルもう婚約してるの? お嬢は違うよねー」
と、いわれてしまった。
婚約とはちょっと違うけど、めんどいので放置。
入学するときにボスが張り切っていろいろ高価な鞄やら靴やら揃えてくれたので、お嬢、ということになっている。これも、違うけれど、めんどいので放置。お嬢がお迎えつきの車ではなく、タクシーと電車を使うのはあやしいとか、そういう細かいことに気が付きもしない。
私にとって「友達」はどっちかというと、道場の先生のところで老若男女関係なく出会った人々かもしれない。
夕食とお風呂の後、授業の宿題を終えると、夕方の筋力トレーニングの疲れもあって一瞬にして眠ってしまう。同室のエレナとおしゃべりの最中に眠ってしまうこともしばしばで、アンタって子供みたい、などといわれている。それでも、ごくたまに、ロレンツィオに最後に言われた言葉を思い出す。
3年間、よく考えるといい。自分の命を懸けるということがどういうことなのか。ミシェル、やはりお前に平和な世界で生きてほしいと思っている。
そういわれても、他の生き方がよくわからない。
エレナは学校の先生になって、好きな人と結婚するといっていた。
学校の先生、というのもどうしてもピンとこない。
好きな人、というのも。アンナとロレンツィオはかっこよかった。すっごい美人のアンナを背の高いロレンツィオがエスコートして。二人が歩くと、みんな振り返った。アンナとロレンツィオは私の憧れだ。
ロレンツィオは3年たってふさわしければ、パートナーにしてくれるといったのだ。