小さな誓 1
小さな誓 1
霧雨で視界が悪く、車の外は灰色に沈んでいる。
「ボス、やはり行くのはやめた方がいいのでは・・・? まだ、連中はあきらめていないでしょう。また、命を狙われますよ」
車を運転していたセルジオがミラー越しに私を見ていった。
セルジオのいうことはもっともだ。私は命を狙われている。仕事柄、敵が多いのだ。もとは伝統ある犯罪組織の秘密結社、早い話マフィアだったが、昨今の事情で組織の維持が難しくなっている。組織を変えるのはそう簡単なことではなく、様々な軋轢を生む。強力なファミリーの要であった父を殺された。今の標的が自分であることは承知している・・・。
そもそも今向かっているのも、私の用心棒二人の葬儀なのだ。二人はこの間の抗争中、私をかばって死んだ。あまりに大きな痛手だった。 行く先々、死、ばかりだ。
死んだのはアンナとアキラだ。
アンナはもとフリーの殺し屋で、私の側近であるロレンツィオと結婚し、私専属の殺し屋兼用心棒となった。まあ、そうなるまでにかなりいろいろあったのだが・・・。
アキラは私の用心棒で、私が子供のころから世話になっていた。妻に先立たれ、一人娘がいたはずだ。アキラの父親も私の父の用心棒だった。
こんな状況で葬儀に出向くなど、連中に殺してくださいといっているようなものですよ、とセルジオはいう。それほどにまで、私達をとりまく状況は悪かった。報復どころの話ではない。私が死ねば、それで全てが終わる。伝統あるファミリーの消滅。だが、あの二人の葬儀にだけは、どうしても参列したかったのだ。セルジオは渋い顔をしたが、他の護衛の車をつけ、葬儀の途中から出席し、途中で抜けることでなんとか同意した。
霧雨の向こうにロレンツィオが沈黙していた。
渋く整った面、がっしりとした長身の体はそのままだが、今日のロレンツィオは無表情で小さくみえた。冷徹で頭が切れる男が唯一不器用に恋をし、一緒になった女の葬儀だ。悲しくないはずがない。だが、ロレンツィオは最初からこうなることをわかっていたような気もする。
アンナはいつか死んでしまうことを予感させる女だった。そういう類の人間は、確かに存在する。アンナにはいつも死の匂いが立ち込め、それが逆に彼女の生を照らし魅力的にしていた。いつも刺激を求め、死と隣り合わせでなければ生きられない、そういう女。
ロレンツィオは私に気づくと驚いて私の周りを見渡した。護衛の姿を確認し、私の周りに危険がないか確認しているのがわかる。もう無意識の習慣なのだろう。そのあとで、目礼し、顔を伏せた。
もう一つ、小さな影があった。アキラの娘、ミシェルだろう。たしか、12歳ぐらいだった。もっと小さいころ会っている。ミシェルは毅然とした表情で、柩が埋められる様子を見ていた。隣の男が傘をさしかけてやってはいるが、ミシェルの小さな肩にも顔にも柔らかそうな黒髪にも霧雨が絶え間なくかかり、ぐっしょりと重く濡らしている。ミシェルは孤児になってしまったはずだ。私はなんといって声をかけていいかわからないまま、ミシェルに近づいた。
ミシェルの肩にそっと手をおいた。
ミシェルが驚いて、振り向いた。澄んだ翡翠色の瞳が見開かれる。
泣かれるかと思った。わたしのパパを返して、と。
だが、その後の彼女の行動は予想外のものだった。
「父に代わって、これからは私がボスをお守りします」
彼女は私に跪き、こういったのだ。
騎士のように。