揺れる心、縛られた檻
リリアナは、目を覚ました。
……いや、
「覚ました」という感覚すら、曖昧だった。
ここは自室。
王太子宮殿の、与えられたはずの豪奢な部屋。
それなのに――
胸の奥が、ひどく冷たい。
「……夢……?」
そう呟いても、声に実感がない。
昨夜、確かに見た。
蒼く光る蝶。
優しい温もり。
胸に残った、あの言葉。
――必ず、助ける。
「……セオディアス様……」
名を呼ぶだけで、胸が痛む。
だが、次の瞬間。
(……違う)
別の感情が、滑り込んできた。
王太子殿下の微笑み。
差し伸べられた手。
「君を守る」という、甘い言葉。
(わたくしは……殿下を……)
そう思おうとした瞬間、
頭の奥が、きしりと音を立てた。
「っ……!」
視界が揺れる。
胸が締め付けられ、
心臓が、早鐘のように鳴る。
(……なに、これ……?)
思考が、引き裂かれる感覚。
「殿下を愛している」
「セオディアス様を想っている」
――どちらも、本当で。
――どちらも、嘘のようで。
「……わからない……」
リリアナは、ベッドの端に手をついた。
涙が、ぽとりと落ちる。
(どうして……こんな……)
その時。
「……っ」
空気が、冷えた。
誰かが、見ている。
背後に、気配。
「リリアナ嬢」
低く、滑らかな声。
振り返ると、
黒衣の男が、そこに立っていた。
――クレイン卿。
王太子の魔導顧問。
「お身体の具合は、いかがですかな」
「……はい……」
声が、震える。
「昨夜は、少々悪夢をご覧になったようで」
クレイン卿は、微笑んだ。
だが、その瞳は――笑っていない。
「心が揺れるのは、当然です。
人は、不安になると……過去に縋りたくなる」
彼の指が、空中に符を描く。
「ですが――」
ぱちり、と音がした。
「不要な想いは、苦しみを生むだけ」
魔力が、流れ込んでくる。
「っ……!」
頭の奥が、白く染まる。
(だめ……考えちゃ……)
「殿下は、あなたを必要としている」
声が、耳元で囁かれる。
「殿下こそが、あなたの居場所だ」
「……はい……」
抗おうとする心が、
ゆっくりと、沈められていく。
だが――
その最奥で。
小さな、蒼い光が灯った。
(……セオディアス……様……)
完全には、消えない。
完全には、折れない。
クレイン卿は、ふっと眉を動かした。
「……なるほど」
微かな違和感。
「まだ、残っているか」
だが、彼は笑った。
「構いません。
時間をかければ、いずれ――」
彼は踵を返す。
「どうか、安心なさい。
あなたは、守られていますから」
扉が閉まる。
一人残された部屋で、
リリアナは、胸を押さえた。
(……苦しい……)
けれど――
(……それでも……)
心の奥で、
確かに、誰かを待っている自分がいた。
(わたくしは……まだ……)
窓の外。
雲間から、蒼い月が覗いていた。
それはまるで――
約束を忘れるなと、語りかけるように。
洗脳は、まだ未完成――




