地下迷宮への潜入
王都の地下へ続く、封鎖された旧下水道。
その入口の前に、二つの影があった。
「ここから入る」
低く告げたのは、黒い外套を纏った青年――
蒼薔薇の子爵、セオディアス・クレイヴン。
「……空気が、淀んでいますね」
隣に立つ銀髪の少女、イリスが周囲を警戒する。
湿った石壁。
鼻を刺す、鉄と腐臭が混じったような匂い。
「影界の影響だ。入口付近から、すでに侵食が始まっている」
セオディアスは静かに、地面へ手を置いた。
次の瞬間――
彼の指先から、蒼白い光が波紋のように広がる。
音霊術。
音を“聴く”魔法ではない。
空気の揺らぎ、魔力の残響、命の気配――
あらゆる情報を、音として捉える秘術。
「……下、三十メートル。
魔力反応、複数。動いている」
「影喰、ですか」
「ああ。まだ気づかれてはいない」
二人は、静かに地下へと降りていった。
▫ ▫ ▫
階段を下り切った先は、巨大な空洞だった。
天井は高く、支柱のない石造り。
壁一面に刻まれた、古い魔法陣。
ところどころが黒く染み、崩れかけている。
「……神殿の外縁部ですね」
イリスが囁く。
「王宮の地下に、こんなものが……」
「意図的に隠されてきたんだろう」
セオディアスは歩みを止めず、進む。
――その時。
ピチャリ。
何かが、天井から落ちた。
「止まれ」
即座に、セオディアスが手を上げる。
音霊術が捉えたのは――
粘つくような、不快な“音”。
(……来る)
次の瞬間、壁際の影が蠢いた。
黒い霧が凝集し、形を成す。
四肢の輪郭は曖昧。
顔のあるべき場所には、穴のような闇。
「――影喰」
イリスが短く息を呑む。
影喰は、ゆっくりとこちらを向いた。
だが、まだ完全には実体化していない。
「……まだ“腹を空かせている”段階だ」
セオディアスは、腰の短剣に手をかけた。
「この程度なら、騒ぎにはならない」
「私が、先に」
イリスが一歩踏み出す。
「いや」
セオディアスは首を振った。
「音を立てるな。
――一体だけ、消す」
影喰が、にたりと笑った――ように見えた。
次の瞬間。
セオディアスの姿が、掻き消えた。
音もなく、影の中へ溶けるように。
そして――
鈍い断裂音。
蒼白い閃光が走り、影喰の胴体が裂けた。
「……っ」
影喰は声にならない悲鳴を上げ、霧となって崩れ落ちる。
残響すら、ほとんど残らなかった。
「……お見事です、主」
「まだ入口だ」
セオディアスは短剣を拭い、周囲を見渡す。
「本命は、もっと奥だ」
彼の脳裏に、リリアナの姿が浮かぶ。
(三日後――必ず、迎えに行く)
だがその時。
音霊術が、新たな“音”を捉えた。
――複数。
――さっきより、近い。
セオディアスの蒼い瞳が、鋭く細められる。
「……イリス」
「はい」
「気づかれた」
闇の奥で、
無数の影が、こちらを見ていた。
次回は、迷宮本格突入&戦闘になrります




