奪われた心の奥で
一方、リリアナは自室で一人、泣いていた。
「どうして……どうして、こんなことに……」
記憶が曖昧だった。
何が本当で、何が嘘なのか、わからない。
王太子を愛しているような気もする。
けれど、それが“自分の心”なのかどうかも、判然としなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
「セオディアス様……」
彼の名を口にした瞬間、
胸が締め付けられるように痛んだ。
(わたくしは……セオディアス様のことが……)
その時だった。
窓が、音もなく開いた。
夜風が吹き込み、カーテンが揺れる。
「誰……?」
リリアナが身構えた、その視界に——
小さな光が舞い込んできた。
蝶だった。
蒼白く光る、美しい蝶。
「これは……」
蝶は、そっと彼女の手に止まる。
温かかった。
まるで、誰かの優しさが伝わってくるようで。
やがて、その光が、文字を形作った。
『必ず、助ける。
それまで耐えろ。——S.C.』
S.C.
セオディアス・クレイヴン。
リリアナの目から、涙が溢れた。
だが、それは悲しみの涙ではない。
確かな“希望”の涙だった。
「セオディアス様……」
彼女は蝶を胸に抱く。
「信じています……待っています……」
蝶は優しく光を放ち、
やがて、夜の闇へと溶けるように消えていった。
だが、リリアナの胸には、
確かな灯が残っていた。
(わたくしも……負けない)
涙を拭い、彼女は静かに息を整える。
(セオディアス様が来てくださるまで、
わたくしは、自分の心を守り抜く)
夜空には、蒼い月が輝いていた。
それはまるで、
彼の瞳の色のようだった。
読んでいただきありがとうございます。
リリアナの視点回でした。
次話から、いよいよ裏側が本格的に動き出します。




