檻の中の蒼い灯
地下神殿へ向かう廊下は、異様なほど静かだった。
石の壁。
湿った空気。
足音だけが、やけに大きく響く。
(……やっぱり、ここは……)
リリアナは、胸元の水晶をぎゅっと握りしめた。
「大丈夫ですか、リリアナ様」
隣を歩く侍女――いや、監視役が声をかけてくる。
「……はい」
微笑もうとしたが、うまくいかなかった。
王太子アルベルトは、少し先を歩いている。
その背中は堂々としていて、まるで勝利を確信しているようだった。
(セオディアス様……)
名前を思い浮かべるだけで、胸が温かくなる。
だが同時に、
不安が、喉の奥に絡みつく。
(もし……間に合わなかったら……?)
地下へ、さらに降りる。
階段の先にあったのは、
巨大な扉だった。
黒い石で作られ、
無数の魔法陣が刻まれている。
「……ここが、地下神殿です」
アルベルトが、振り返らずに言った。
「安心するといい、リリアナ。
君は“選ばれた”のだから」
その言葉に、背筋が凍った。
(違う……)
(わたくしは、誰かの道具なんかじゃない)
扉が、軋む音を立てて開く。
中は、薄暗く、
空気が生き物のように重かった。
祭壇。
黒と赤の魔法陣。
そして――
中央に設えられた、拘束用の台座。
「……っ」
思わず、足が止まる。
「さあ」
アルベルトが、ようやくこちらを見た。
その目は、優しさを装っている。
けれど、奥にあるのは――欲と支配。
「怖がることはない。
すぐに、すべてが楽になる」
(嘘……)
その瞬間。
胸元の水晶が、かすかに熱を帯びた。
(……?)
同時に、
耳元で、微かな音がした。
――羽音。
(……蝶?)
誰にも気づかれないほど小さく、
蒼い光が、床を這うように進んでいる。
(これは……)
リリアナの心臓が、大きく跳ねた。
(セオディアス様……?)
恐怖が、少しだけ後退する。
代わりに、
強い確信が胸に灯った。
(来てくださっている……)
「どうしました?」
監視役が訝しげに尋ねる。
「……いえ」
リリアナは、顔を上げた。
震えは、まだある。
けれど――
「わたくしは、大丈夫です」
自分でも驚くほど、
はっきりした声だった。
(信じる)
(あの方を……)
(そして、わたくし自身を)
祭壇の奥、
見えない闇の向こうで――
何かが、確実に動き始めている。




