婚約破棄と蒼い涙
※本作には婚約破棄・洗脳要素がありますが、
ヒロインの意思による裏切りやNTR描写はありません。
最終的に救済・ハッピーエンド予定です
その夜、俺は王太子に婚約者を奪われた。
夜会の中心で、すべての貴族が見ている前で。
それが、蒼薔薇の子爵セオディアス・クレイヴンの復讐の始まりだった。
▫ ▫ ▫
その夜、リリアナ・エヴェレットは夜会の光に目を細めた。
シャンデリアの煌めき。
貴族たちの華やかなドレス。
オーケストラの優雅な旋律。
すべてが、夢のような光景だった。
――けれど。
なぜか、胸の奥が重い。
「リリアナ」
名を呼ばれて振り向くと、赤毛の王太子アルベルトが立っていた。
「はい、殿下」
婚約者として、完璧な所作で一礼する。
だが、彼の表情は冷たかった。
「今夜、お前に話がある。大広間に来い」
命令口調。
そこに、かつての優しさは欠片もなかった。
嫌な胸騒ぎを覚えながらも、リリアナは頷く。
「かしこまりました……」
大広間は、すでに貴族たちで埋め尽くされていた。
今夜、何か重大な発表がある。
そんな噂が流れており、誰もが固唾を呑んで待っている。
そして――
リリアナは、その広間の中央に立たされていた。
無数の視線が、突き刺さる。
(……何が起こるの?)
その時。
玉座から、アルベルト王太子が立ち上がった。
「本日、余は重大な発表をする」
ざわめきが、一瞬で消える。
「セオディアス・クレイヴン子爵、前へ」
その名を聞いた瞬間、リリアナは息を呑んだ。
人垣の向こうから、一人の男が歩み出る。
黒い軍服。
漆黒の髪。
蒼白い瞳。
セオディアス・クレイヴン。
蒼薔薇の家紋を持つ名門子爵家の当主。
冷静沈着で、感情を表に出さないことで知られる青年。
――そして。
リリアナの、婚約者。
彼女は、彼が好きだった。
冷たく見えるけれど、時折見せる優しさが、彼女の心を温めてくれた。
「セオディアス・クレイヴン子爵」
アルベルトが、高らかに告げる。
「本日をもって、貴公とリリアナ・エヴェレット嬢との婚約を、破棄する」
……え?
頭が、真っ白になった。
「そして」
アルベルトは、さらに言葉を重ねる。
「余は、リリアナ・エヴェレット嬢を、余の妃として迎える」
広間がどよめいた。
「王太子が婚約者を奪うとは……」
「なんという横暴な……」
だが、誰も声を上げられない。
相手は、次期国王なのだから。
(どうして……?)
思考が追いつかない。
最近、夢と現実の境が曖昧だった。
王太子と二人きりで会った記憶があるような、ないような……。
「リリアナ嬢」
アルベルトが、手を差し出す。
「余の隣へ来なさい」
――嫌だ。
心では、はっきり拒絶している。
なのに。
足が、勝手に動いた。
(違う……これは……)
まるで糸で操られる人形のように、
リリアナは、アルベルトの隣へと歩いていく。
セオディアスは、その光景を、無表情で見ていた。
蒼い瞳には、何の感情も浮かんでいない――ように見えた。
「セオディアス・クレイヴン子爵。何か言い残すことはあるか?」
アルベルトが、勝ち誇ったように見下ろす。
セオディアスは、一礼した。
完璧な所作。
微塵の乱れもなく。
「王太子殿下のご決断、謹んで承りました」
氷のように冷たい声。
「リリアナ嬢のご多幸を、お祈り申し上げます」
そう言って、彼は踵を返した。
振り返ることもなく。
(待って……!)
叫びたかった。
(セオディアス様、待ってください……!)
けれど、声が出ない。
喉が、誰かに締め付けられているかのようで。
――ただ。
涙だけが。
静かに、頬を伝った。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
本作は婚約破棄・洗脳要素がありますが、
ヒロインの意思による裏切りやNTR描写はありません。
ざまぁと救済はきちんと用意していますので、
よろしければブックマークして続きをお待ちいただけると嬉しいです。




