14 おむすびの休息
(*+ - +*) < やはり米は素晴らしい。
代々木の森には、静寂が戻っていた。
歪んでいた大樹の根本は、何事もなかったかのような平穏を取り戻している。目には見えない楔が、確かな魔力を鼓動させている。
「......信じられません。私達が数カ月かけて『儀式』を行って『浄化』する歪みを、この一瞬で『再構成』してしまうなんて...。」
東雲は弓を納め、呆然と立ち尽くしていた。
(どうです、小娘。さきほど私を『呪物』などと呼んだことを後悔しなさい。)
「馬鹿、突然念話したら驚くだろ。」
『修復』の疲れを感じ、俺は一度地面に座り込む。
「...やっぱり日本に魔力を馴染ませるのは疲れるな。」
「お疲れさん。水だ。」
「お、黒崎サンキュー。」
東雲が我に返り、俺の前で姿勢を正す。
「...天宮さん、先程の無礼をお許しください。あなたはこの国の『異物』ではなく、失われた『針』だった。......森も、笑っています。」
東雲は愛おしそうな顔で草木に触れる。
「......それと、よければこれを。」
彼女は丁寧に一礼すると、懐から竹皮に包まれたものを取り出した。
「...なにが入ってるんだ?」
「当班に伝わる『清めのおむすび』です。お疲れでしょうから。」
広げられた竹皮の中には、真っ白な米に、大粒の梅干しの入ったおむすびだった。
俺と黒崎は食欲を抑えきれず、すぐに取り出してかじりついた。
「――!?......うっま、米甘すぎないか...。」
「...これ、ただの米じゃねえ。練り込まれた魔力が、全身に染み渡るぞ......。」
「ふふ、平和だねえ。......見てるこっちが恥ずかしくなっちゃう。」
「ハルトさまと黒崎さんだけ、ずるいです!!」
大樹の枝に、いつの間にかリリスが腰掛けていた。
長いツインテールを揺らして着地すると、こちらに歩を進めてくる。
ルナは木の陰から顔を出して、おむすびを羨ましそうに見ていた。
「...噂のルナさんですね。おむすび、入りますか?」
「はい!!」
初めて見る人物に警戒していたルナだが、おむすびに食いついてすぐに出てきた。
「――美味しい!すっごく美味しいです!」
夢中でおむすびを食べているルナを見て、東雲に笑みがこぼれる。
「リリス、東雲さんと知り合いなんだな。」
「うーん......知り合いっていうか、私の『お掃除係』のひとり、かなー。ねえ、東雲ぇ、こいつ、使えるでしょ。」
「......リリス様、言葉を慎んでください。天宮さんが我々が探していた『特異点』そのものです。」
「はいはい、お堅いねー」
リリスは東雲の言葉を興味なさげに流すと、こちらに向き直した。
「――けど、呑気におむすび食べてる場合じゃないかもしれないよ?......ほら。」
リリスの指した先。代々木公園の空の一部は不自然に「黒く」染まっている。
原宿、代々木と修復してきたはずの穴が、"強い意志"を持って力任せに開こうとしている。
「......渋谷だ。あそこが、このエリアのラインの『心臓』。.........だれかが、あの穴を直接開けようとしてる。」
茶化すようなリリスの声が、真剣味を帯びたものに変わる。
「...ハルト、君が『針』なら、向こうは『ハサミ』だ。......世界を切り裂こうとする連中が、そこまで来てるよ。」
俺はおむすびの最後のひとくちを飲み込んだ。
平和なランチはここで終了のようだ。
「東雲、黒崎。ルナを頼めるか。」
「任せろ。巫女さん、弓の準備はいいな?」
「ええ。代々木の地、一歩も通させません。」
俺はグラムを握りしめ、新宿に向かって歩き出した。
渋谷のスクランブル交差点。
人混みの中に開く『歪み』が、異世界からの侵略の最前線になろうとしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
次回、新宿の『歪み』と対決。
(*+ - +*) < 次の更新は、明日の朝の予定です。




