8 新しい名前
(*+ - +*)< ほのぼの回です。
翌朝。少女は陽斗の家の客間で目を覚ました。
日本の柔らかい朝日が、窓から差し込んでいる。
魔王城の澱んだ空気とは違う、洗濯物の洗剤の匂い。
「......あ、ハルトさま...。」
枕元にいる俺を見て、少女は弾かれたように起き上がる。
「ここは...ハルトさまの......い、え?」
「ああ、それより体調はどうだ?」
「...よく、眠れました......!」
それもそのはず、あの一撃で消費されたであろう彼女の体に、俺は『浄化』をかけ続けていた。おかげで寝不足だが、少しは体が軽くなったはずだ。
「......あ。おまえ、名前は?」
「名前......わか、らない。」
少女は寂しそうに視線を落とし、そう言った。
「......みんな、わたしのことを、『ガキ』って呼んだ。魔王は、『ひゃくごじゅうきゅうごう』って言ってた.........。」
その言葉に、奥歯がギリ、と音を立てる。
生きる権利こそ与えられたものの、番号で管理される日々は彼女にとって孤独だっただろう。
想像するだけで恐ろしく、決して許されない行為だ。
「...じゃあ、俺が名前を付けるよ。」
「......ハルトさまが、くれるの...?」
少女の瞳が、期待と不安に揺れる。
窓から見えるのは、雲一つない青空。
「...ルナ、でどうだ。」
「......ル...ナ......ルナ......。」
「あっちの世界では月は不吉な赤だけど、こっちの月は、暗闇を照らす銀色の光なんだ。満月の時もすっごく綺麗なんだよ。」
「ルナ......ルナ、!」
少女――ルナは、大事な宝物に触れるように、何度も音を確かめる。
死に際に日本という光を教えてくれた。
警察から助けてくれた。やっと出会えた。
彼女にとって救世主であるハルトが、彼女に名前を授けた。
それは彼女の人生において、とても大きな出来事だった。
「私...ルナです!ルナになれて幸せです!」
泣きそうになりながらも、心の底からの笑顔を浮かべる。
彼女を見た陽斗の頬が緩むと同時に、スクールバッグがガタガタと揺れる。
(おい、おい!主よ!魔王に改造された少女にロマンチックな名前を贈るなど.........!私には『グラム』とか『魔剣殺し』とか、殺伐とした名前しか与えられなかったというのに......!!)
「ん?いま誰か喋った?」
周囲を見渡すが、近くには俺とルナしかいない。
ガタガタ、とグラムが揺れているけど、そんなに風が強いのだろうか。
(主様!私です、グラムです!!聞こえてるんなら無視するなあああああ!!!)
「へえ、最近のキーホルダーはボイス機能なんてあるのか。すげえな、日本。」
(んなわけあるか!!わざわざ神様に無理やり頼んでこっちについてきたっていうのに......私のことはただのキーホルダー扱いしやがって!私の手柄を褒めろよおおおお!!)
「ルナ、日本のキーホルダーはすごいんだ。」
(この、天然勇者がああああああああああ!!!)
グラムは激しく揺れ動き、パチン、と陽斗の指を弾く。
「静電気だ。いやー、日本も色々と怖えな。怒られないように気をつけような。」
「はい!ハルトさま!」
聖剣グラムの絶叫は届かず、陽斗とルナに新たな生活が始まろうとしていた。
――ピーンポーン
「あ、インターホン。はーい、どちらさまですかー」
『特務四課、氷室です。天宮陽斗さん、お話があります。開けていただけますよね?』
モニター越しに映る、冷徹な氷室の目。
平和なセカンドライフは、もう視界から消えつつあった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
次回、ルナと陽斗に迫る、氷室たち――。
(*+ - +*) < 次の更新は、明日の朝、8:00です。




