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プロローグ


(*+ - +*)< オーバーラップ大賞に向けて今日からこの作品で執筆をはじめます。


(*+ - +*)< 五万字の道はまだまだ遠いですが、応援よろしくお願いします!




視界の全てが真っ白に包まれる。



数秒前まで握りしめていた剣の重さも、痛みに叫ぶ仲間の声も、膝をついた魔王すらも、ここにはない。



「...やっと、終わったんだ。」



天宮陽斗(あまみやはると)はふっと息を漏らした。


十年前、中学の帰り道に召喚されてから今日まで、とても長い道のりだった。

一瞬たりとも気の緩められない危険な世界で、命の危機を感じながら剣を振り続け、魔法を磨き、ただ「平和」という二文字のために、勇者として人生の全てを費やしてきた。



『――勇者ハルトよ、見事だ。ついに、二千七百年、一度も負けはしなかった魔王は滅んだ。この世界はこれから、真の安寧を得るのだ。』



神々しい光の物体。眩しくて姿こそ見えないが、この世界の創造神だ。

この脳に直接語りかけてくる感覚は何度話しても慣れない。



『魔王を滅ぼした褒美だ。お前の望みは何だ?富か、強さか、それとも権力か?』



神様はなんでも叶えると言った。神様のことだから、不死身の体も、最強の仲間も、国王の座すらも与えるくらいの力があるんだろう。そしてそれらは、この世界の住人であればどれも喉から手が出るほど欲しい報酬だ。


しかし、陽斗の答えは決まっていた。


あの日からずっと焼き付いて離れない、十年前の景色。

この十年、片時も忘れたことはない、あの世界の情景。



「...俺を、日本に帰してくれ。あっちの姿で、あっちの時間に。」


『......そんなものでいいのか?そなたが望むのならば、神の力を授けることだって可能だというのに。』


「いいよ。俺はもう、戦うのは飽きたんだ。普通に飯食って、普通に風呂入って、普通に寝たい。それだけだ。」


『そうか。』


神が小さく笑った気がした。


『そこまでいうのならよかろう。そなたの献身に、相応の平穏を与えよう。......しかし、そなたが十年間で積み上げた努力の結晶である魔法を消し去ってしまうのは私としても気が引ける。力の一部は日本に持っていくと良い。なに、これは私からのささやかな退職金だ。』


「おい、待て、俺は平穏に――」


惜しくも、俺の反論は届かなかった。

光は急速に俺の元を離れ、どこかへ飛んでいく。

それと同時に、俺の意識も急速に浮上していく...。




――がたん、ごとん




遠くで、懐かしい音がした。

重厚な城も、血の匂いも、飛び散るスライムの独特の匂いすら感じない。



かすかな湿り気と、目の前を舞う微小な埃の数々。

使い古されたシーツの感触に、ゆっくりと目を開く。


窓の向こうには、少し先にある線路を走る電車が緑のラインをなびかせている。

小さな黒いシルエット――カラスが羽音を立てて飛び去っていく。



「...ここ、は......。」



見覚えのある六畳間の天井。

壁には十年前――いや、こっちでは数週間前のアニメのポスターが色褪せている。


自分の手に触れる。

剣を握り硬くなったあの手は、十五歳の少し細い少年の手に変わり果てていた。

しかし、少し握ると、内側に溢れんばかりの膨大な魔力が静かに脈打っている。


どうやら、神様は本当に「退職金」を残していったらしい。


「まじかよ......。」


陽斗はベッドから這い出て、ゆっくりと窓に手をかけた。

がらがらがら、と小さく音を立て開けると、冷たい風が頬を打った。


排気ガスの少し混ざった、東京の空気。



視界の端に入った机には、コンビニの袋が放置されていた。

中には、賞味期限の切れた鮭のおにぎりがひとつ。


陽斗は迷わずそれを手に取り、強引にビニールを破った。

ひとくちかじると、冷たくて硬い、でもたしかに懐かしい米の味がした。



「......うめえ。」



無自覚にも、陽斗の目からは一筋の涙が伝っていた。その涙は、この十年、何度だって食べた豪華な宮廷の料理よりも、ダントツで美味しいことを体現している。


視界が滲んだことで涙に気づき、そっと手で拭き取る。

しかし、彼のその行動すらも、涙を触発していた。


ここから、俺の二度目の人生(セカンドライフ)がはじまる。


魔法も、魔王も、聖剣もいらない。



俺は、この退屈で最高な日本の平和を、全力で楽しむんだ。




――そんな決意を裏切るように、彼の背後に設置された古い姿見に、たった一瞬、異世界の文字が浮かび上がったことに、彼はまだ気づいていない。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

次回、「十年の重み」


(*+ - +*) < 次の更新は、明日の夕方予定。

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