サヨナラの前に
寒明けと、春の訪れを感じる季節の頃。
新年度の人事異動で、僕はかねてからの夢であった、海外チームへの期限付きの異動が発表された。
そんな僕の門出を祝うため、営業所の皆が送別会を開いてくれていた。
その帰り道、僕は入社から5年間お世話になった先輩を肩に担ぎながら帰路についていた。
「お〜い、私はまだ飲めるぞ!このまま二次会行くぞ〜」
へべれけになり、完全にひとりで歩行することが出来ない先輩を僕一人で介抱しながらくらい夜道を歩く。
彼女は僕の憧れだ。不器用な僕とは違い、真っ直ぐで優しく、とても芯の強い女性だ。
ダメダメな僕が海外赴任の夢を語る時も、彼女は真剣に話を聞いて励まし、適切なアドバイスをして後押しをしてくれていた。
いつしか、僕はそんな彼女の懐の深さ...包容力に惹かれ、海外赴任と同じかそれ以上に、彼女のことを想うようになっていた。
それから少し歩いた頃、暗がりに街灯だけが明るく輝いている、公園のベンチに腰をかけて一休みをした。
少し休憩をすると、先輩は酔いが覚めてきたのか、僕にある告白をした。
「私...失恋したかも」
「え、」
驚きのあまり声が漏れ出てしまった。
先輩も好きな人がいたのか。それもそうだ。
先輩は魅力的な女性で、そんな彼女が恋人や意中の人が居ないわけはなかった。
「好きな人、いたんですね」
僕の心は嫉妬で揺らいでいた。
彼女の心の中に僕はいないという事実が、黒く重たい感情として、腹の中でぐるぐると動き回っていた。
「...いたよ」
「どんな人だったんですか?」
僕は開けてはいけないパンドラの箱を開くように、先輩に問いただした。
「ドがつくほど真面目で、夢に向かって真っ直ぐな人。いつも彼がいてくれて、私はそんな彼の一生懸命頑張る姿を見て、いつも励まされてた」
やがて、先輩は目に涙を浮かべていた。
「告白して振られたんですか...」
デリカシーの無い質問を投げつける。
もはや、僕にそんなこと気にする余裕すらなかった。
彼女を不幸にした男の存在が許せず、僕の心は嫉妬と怒りの炎でメラメラともえていた。
「ううん。告白はしてない。彼の邪魔になるとわかっていたから」
溜まりに溜まった涙はやがて、雫となって目からこぼれ落ちる。
「私、本当に心の底から嬉しかったんだよ?彼が海外赴任決まったって、報告してくれた時。
でもそれと同時に...気づいてしまった。彼が私の前から居なくなる事に胸が締め付けられる...こんなにも、彼のことが好きだったんだな...って」
涙と同じように彼女のしまい込んでいた、心情も一気に溢れ出した。
「入社した時から、不器用で、真っ直ぐ過ぎて...夢を語る時は、いつも目が輝いていて素敵だったし、私の言うことは素直に聞くし、自慢の後輩だった。」
「それって...」
僕は固まってしまった...
「大好きだったよ」
「先輩...」
目の前にいた大切な人は僕の胸の中に泣き崩れた。静まり返っていた公園に、たった1人の泣き声だけが響き渡る。
彼女はひとしきり泣いた後、冷静になり涙を拭った。
「俺も...先輩のことが...」
「言わなくても大丈夫。分かってる...」
先輩は僕の言おうとしていた言葉を遮る。
僕の気持ちなんて見透かされていた。
彼女は全てを理解した上で、僕に告白してくれたのだ。
勇気を振り絞り、ある約束を取り付ける。
「どうか、これだけは約束させてください。僕が海外へ行く2年の任期、時間をください。
先輩が傍で教えてくれなくても、僕が先輩を想い続けていれば、頑張れる気がします。
だから、帰国したら真っ先に先輩に報告をして...迎えに行きますから...先輩も俺以外の人を見ないで俺だけを想い続けてください」
不器用で一方的すぎる約束を、彼女はクスりと笑いながら答える。
「私、貴方を5年も想い続けていのよ。それで今更たった2年も待てないと思う?」
「先輩...」
どちらから誘うでもなく、僕と先輩は、お互い静かに目を閉じて、お互いの体温と想いを感じ合う。
静かにその距離が離れると、瞳の中の彼女は、僕だけを見つめていた。
「私を必ず迎えに来てね。待ってるから...」
「約束します。俺、必ず先輩を迎えに帰ってきます」
都会は完全に眠りにつき、まばらな街灯と星あかりだけが頼りの暗闇で、僕達の恋に小さくあかりが灯った。




