読み解く方法(小説じゃないです)
遠く離れた誰かの手から確実に自分の元へ届くって、普通だけど凄いことなんです。
とある物流倉庫の事務室。時刻は12時を過ぎ、事務員は外へ食事に行った。事務室には胸に『センター長』のネームプレートを付けた男性が一人、席に座ったまま厳しい顔で書類を睨んでいた。
「はぁ・・・、昨日もまた誤出荷か。もう報告書に書く言葉が思いつかん・・・」
読んでいた書類は営業部から届いた『商品違い』の発生報告書。昨日ここから出荷した荷物が客先に届き、開けたところ注文したものとは違う商品が入っていたというものだった。
この発生報告書が届いたら本来の商品の発送、誤出荷品の取り戻し、誤出荷品の在庫数を確認してそれの出荷指示が出ないようにストップ、そして原因と対策の報告書作成が必要になる。
センター長はトラブル発生とともに、今日も終電が決定したことを知った。
今月に入って二週間、すでに誤出荷が3件と事故が1件発生している。このペースだと今月は今までの最高記録を塗り替えるだろう。
「酷い職場だ。何とかしないと・・・」
胃の痛みに耐えながら悩んでいると、誰かが走ってくる足音が聞こえた。
「センター長、失礼します!」
事務室に入ってきたのは現場リーダーだった。すごく嬉しそうな顔をしている。誤出荷発生はまだ知らないはず、この顔も数分後には暗くなるだろう。
「ずいぶん笑顔だな、どうした?」
「聞いて下さい、今日から勤務している派遣社員のことですが、ここにくる前にピーチ・ロジスティクスで働いてたらしいです」
「本当か! ピーチって言ったら従業員にも顧客にも評判の良いとこじゃないか。何でそんなヤツがここに来るんだ?」
「通勤の満員電車が嫌になったらしいです」
「・・・まぁ分からん理由でもないが。で、ソイツがどうした?」
「ピーチ・ロジスティクスで働いてたときのことを紙に書いて持ってきたんです。これで時給を上げてくれって。これです」
「見せてみろ」
ピーチ・ロジスティクスはウチとほぼ同じ規模だが、品質が全然違うと管理職会議でたまに名前が出るライバル会社だ。その内情が分かればウチの今の状況を何とか出来るかもしれない。現場リーダーから紙を受け取って読み始めた。
受け取った紙は3枚で、全て手書きだった。1枚目は現場と事務の人数体制で2枚目は一日の業務フロー、何も特別なことを感じない普通の内容だった。紙をめくって3枚目に視線を落とし、読み飛ばせない内容が目に飛び込んできた。
「これは・・・何だ?」
「センター長もやっぱり分かりませんか。私も意味が分かりませんでした。現場に貼ってあった掲示物をそのまま書き写したらしいです」
日本語で書かれているから読める。読めるが意味が分からない。そこに書かれていたのは──
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・箱はただの器にあらず。
聖布をまとわせ、内なる動きを封じよ。
揺らぎは傷を呼び、傷は信用を削る。
揺るぎなき静寂こそ、秩序の証。
・鋼鉄の牙を持つ獣を操りし者よ。
焦りに任せて突き立ててはならぬ。
刺し入れるその時は大地に一度捧げよ。
静かに降ろし、息を戻し、再び正しき道で進め。
・四つの杖は同時に振るわれてはならぬ。
天より授かりし順序を守り、ひとつずつ誠を尽くせ。
乱れは秩序を失い、やがて破滅の種となる。
・月が満ちるごとに誓いを忘れるな。
人の心はやがて鈍る。
ゆえに、掟を唱え直し、火を絶やすな。
知れ。忘却は油断を生み、油断は命を奪うことを。
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全く分からない。何だこれは。従業員の中でも限られた者にしか分からない暗号なのか?
書かれた文章の中の一文をしばらく見つめていると、何かが頭を過った。
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・名は魂の印。
一文字の差異すら異なる運命を呼ぶ。
見よ、確かめよ、誤ることなかれ。
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「ん? これは・・・商品型番をよく読めってことか!?」
「あ、確かに。言われてみればそう読み取れなくもないですね」
「いやいや、普通に『商品型番を読め』でいいだろ? 何でこんな回りくどい言い回しをしてるんだ?」
「・・・センター長、もしかしてこの表現に秘密があるのでは?」
「そういうことか! わざと分かりにくい言葉にして注意を引くということなんだな……ってそうはならんだろ!?」
書かれている意味は分からない。しかし何か意味があるように思える。
その文字を眺めていると何故か、面白いおもちゃを見つけたような気分になっていた。
「・・・今から3つ指示する。すぐに対応しろ」
「は、はいっ!」
現場リーダーが紙とペンを構えるのを見てから話し始める。
「まず、これを持ってきた派遣社員は今すぐクビにしろ」
「えっ? クビですか!?」
「当たり前だ! こんなことするヤツはウチの情報も盗むに決まってる! コンプラ違反するヤツは雇えないって担当営業に言え。もしゴネたらオレが対応する」
「分かりました!」
「次に、現場も事務も含めて従業員の中に"小説"を読むヤツを探せ。オレが焼き肉奢るから話が聞きたいって言っとけ。何人でも構わん」
「はい……あの、断られたら?」
「話を聞かせてくれたら商品券をやるって言え」
「それなら何とかなりそうですね、分かりました」
「で、最後に。昨日の出荷品で誤出荷があった。いつもどおり対応するが現場にも伝えておけ」
「そうですか……分かりました……」
途端に暗い表情になる現場リーダー。現場がミスを起こしたことの落胆ではなく、顧客に迷惑を掛けてしまったことを残念がる貴重な人材だ。その現場リーダーに声をかける。
「あまり気落ちするな、オレは今ものすごく楽しい気分だからな。ほら、早く行け」
「はい。分かりました」
現場リーダーが退室してまた一人になった事務室で、誤出荷報告書作成の面倒臭さではなく、ついさっき受け取った『よく分からない暗号のようなもの』を読み解くことが楽しみになっていた。
〜〜〜
従業員を集めて暗号解読を行ってから一ヶ月後。誤出荷も事故も変わらず起きている。件数は少し減った。
それよりも、以前は死んだ目をしながらロボットのように働いていた従業員たちに、少しだけ笑顔が見られるようになった気がするが。
気のせいだな。さて、今日も職場をどうやって良くしていくか、皆で話さなきゃな。
一番基本的な改善『従業員全員で職場を良くしていく意識付け』がスタートし、これから品質が向上していく物流倉庫(架空)のお話でした。
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【掲示物内容の説明】
・箱はただの器にあらず。
聖布をまとわせ、内なる動きを封じよ。
揺らぎは傷を呼び、傷は信用を削る。
揺るぎなき静寂こそ、秩序の証。
<原文>
商品を入れる箱も大事な商品です。
緩衝材で商品を包み、箱内で動かないようにすること。
動くと破損の原因になります。
・鋼鉄の牙を持つ獣を操りし者よ。
焦りに任せて突き立ててはならぬ。
刺し入れるその時は大地に一度捧げよ。
静かに降ろし、息を戻し、再び正しき道で進め。
<原文>
フォークリフト作業者へ
パレットに爪を差す際は一時停止し、静かに差すこと。
リフトの上げ下げは慎重に。
急発進/急停止/急旋回をせず、基本バック走行すること。
・四つの杖は同時に振るわれてはならぬ。
天より授かりし順序を守り、ひとつずつ誠を尽くせ。
乱れは秩序を失い、やがて破滅の種となる。
<原文>
リフト操作レバーを腕で同時操作することは禁止。
爪の上げ下げ/出し入れ/角度の操作順序に注意。
ルール外の操作は事故の元です。
・月が満ちるごとに誓いを忘れるな。
人の心はやがて鈍る。
ゆえに、掟を唱え直し、火を絶やすな。
知れ。忘却は油断を生み、油断は命を奪うことを。
<原文>
ルール確認を毎月一度行い、安全に対する意識低下を防ぐ。
・名は魂の印。
一文字の差異すら異なる運命を呼ぶ。
見よ、確かめよ、誤ることなかれ。
<原文>
商品型番は一文字違うだけで別商品になります。
覚えやすい桁数で照らし合わせ、チェックも入れながらしっかり確認すること。
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