夢の話
これは実際に見た夢をモチーフにしてます。
・・・く様・・・お・・・く様・・・
誰かが呼んでいる声が聞こえた。
お・・・ゃくさ・・・
誰だろう。耳の奥で、その声だけが妙に鮮明に聞こえる。
「お客様あ」
目を開けると、そこは車の中だった。
ふと窓の外見れば、いつの間にか吸い込まれるような真っ暗闇が広がっている。
ここはタクシーだろうか。全く記憶がない。
それどころか、もはやそのことすらどうでも良かった。深い海の底にいるような、漠然とした疲労感だけが全身を重く沈ませていた。
「今回はいかがされましたかあ?」
低く、ねっとりとした声が、前方から聞こえた。どこか抑揚のない響きは、不気味なほど無機質だ。
「……」
何を聞かれているのだろう。思考がひどく鈍い。頭が重い気がする。
「わかりません」
「そうですかあ」
運転手はそれ以上何も言わず、行き先も告げぬまま、再び夜の闇の中へと走り出した。
「ゆっくりでいいですよお」
ねっとりとした声が、再び響いた。その言葉が私の脳裏に嫌な記憶を呼び覚ます。
そうだ、俺は、消えたかったんだった。
「じゃあ飛んでみますかあ?」
「は、」
息を呑むと気がつけば、いつの間にかヘリコプターのような乗り物の中にいた。
「こ、こは…?…!」
先ほどまでタクシーだったはずなのに、理解が追いつかない。
「そちらから飛んでみてくださあい」
何故か扉は外れていた。
眼下に広がるのは、光を吸い込んだような純白の雲海。それはまるで天へと続く階段のようにも見えた。その雲海の遥か先には、息をのむほどに青い地球が静かに雄大な弧を描いている。
「死んじゃうじゃないですか・・・」
「いきたいか、いきたくないかって案外飛ばないとわかんないものですよお」
・・・・。
「あ!自分のいきたい、たいみんぐで、大丈夫ですよお」
そうだ、ずっと俺はこうしたかった。なんだかあたりがキラキラと輝いて見えた。
飛ぼう、と思った。その瞬間、身体の奥底から何かが解き放たれるような、不思議な感覚に包まれた。
そっか、明日から出勤しなくていいんだ
もう人の顔見ながら過ごさなくても
人間関係考えなくても
満員電車なんかにのらなくても
早起きしなくても
月曜におびえなくても
ライン返さなくたって
友達と会う約束も
ああ、夕日がきれいだ。
落ちていく時間はひどくゆっくりに感じた。
⋯そういえば、新商品のプリン食べようとして、忘れてたな。
期間限定ポテチ買ってたんだったな。
先月買った服。買ってから一度も着てないな。
来週一人ピクニックするんだったけ。
そういえば、あれも、これも
「なんだ」
俺って意外とやりたいこと、あったんだ。
「飛ぶのちょっと、早かったかな。」
もう遅い、だってもう飛んじゃったから。
そんなことを考える余裕もあるほどに、滞空時間は優しく長く、それはあまりにも美しかった。
ピピピッ
ピピピッ
突然、鼓膜を叩く電子音に意識が引き戻される。カーテンの隙間から差し込む日差しが眩しい。
身体が痛い。ベットから落ちたようだ。
「ふふ、」
俺は起き上がり、枕元に置いていたスマホを取り出してある番号にかける。
「おはようございます。田中です、はい!あのですね、ちょっと体調悪いので…はい!今日で退職します!!」
実際に見た夢のモチーフですがこんな辞め方はしてませんよ。