宿屋の一夜、そして世界を救う覚悟
リンカは前の日にあった出来事を唄に変え、天に捧げる。
星の唄 第二節
金の宝石に群がるのは、無機な甲冑の兵士たち。
冷たい金属音が、天をかすかに震わせる。
隣で感じるのは、燃え盛る炎の熱気──
その熱に導かれ、私の心も、星へと解き放たれていく。
町はずれの小さな宿屋。
木造の二階建てで、灯りが温かく漏れている。
「おや、旅のお客さんかい?」
「はい、一晩だけ頼みます」
「部屋は……すまんね、今日は混んでて、一部屋しか空いてないんだ」
「……一部屋?」
「いいよ、レンと一緒で」リンカは即答する。
「いや、良くないだろッ!!」レンは頬を染めて叫んだ。
「……若いのに仲睦まじいなあ」
「違うから!誤解だから!」
結局、一部屋で泊まることになった二人。
部屋は質素ながら清潔で、問題は――ベッドが一つしかないことだった。
「……俺は床で寝るからな」
「え?なんで?広いのに」
「広さの問題じゃねぇ!男女が一緒に寝るのはまずいだろ!」
「昨日は一緒に寝ようとしたくせに。
ーー勇者と聖女だよ?セットみたいなものじゃない」
「街中だと人目もあるだろ!召喚されたばかりの俺よりリンカの方がよくわかるだろ」
レンはそれ以上何も言わずに、床に寝転がる。
リンカがぽろっと口を滑らせる。
「……私、レンの隣だと安心するのに」
「っ……!」(ドキッ)
「あなたは私の護衛のつもり?それ以上かと思っていたけど…」
「……お前、ずるいわ」
結局、レンはベッドの端、リンカはそのすぐ隣に。
しばらくの沈黙のあと――。
「ねえレン……」
「なんだよ」
「お城、今ごろ大騒ぎかな」
「……だろうな。聖女と勇者が揃って姿消したんだ。国中の兵が血眼で探してるだろう」
「……心配してるかな、お父さま」リンカは投げ捨てた通信石を思い出した。
「……ああ。きっと」レンも否定は出来ず、低い声で返事をする。
リンカは小さく息をつき、瞼を閉じた。
その寝顔を横目で見ながら、レンは決意を固める。
(……絶対に守る。たとえ国を敵に回しても)
やがて、静かな夜が訪れた。
宿屋の朝
朝。宿屋の一階では、パンとスープの朝食が振る舞われていた。
「わぁ、このスープおいしい!パンもあるよ。レンも食べて!」
「……落ち着け。声がでけぇ」
「だってほんとにおいしいんだもん」
「だからって俺の名前を大声で呼ぶなッ!」
(宿の客たちがざわざわし始める)
やばい空気を察したレンは、急いで食べ終えて部屋に戻ろうとした
――そのとき。
「おい!そこにいるのは!」
ガチャッ、と玄関の扉が勢いよく開く。
鎧姿の衛兵が数人、ずかずかと入ってきた。
「あ、あの……すまねぇな……。聖女と似た娘を見た、と通報があってな……」
宿屋の親父が目を逸らした。
(ですねよーっ)
「聖女殿と勇者殿! お二人に王の命でお戻りいただく!」
「……あ、やっぱり見つかっちゃった」
「パンを齧るのをやめろっ!」
慌てて立ち上がったレンは、リンカの手を引きながら小声で囁く。
「おいリンカ!ここで捕まったら全部終わりだぞ!」
「でも、悪いことしてるわけじゃないのに……」
「王城から逃げてきた時点で充分大問題なんだよ!!」
リンカは少し考えて――ため息を付く。
「一回、お城に戻った方がいいかも」
「やめろ、今までのことが台無しになる!二度と会えなくなるぞ!!」
「おとなしく捕まれ!」衛兵が他の客を押しのけながら近寄ってくる。
「すまん親父!後で絶対払うから!」
「いや金の問題じゃなくてだな……!」
次の瞬間、レンはリンカを抱えて食堂の窓から飛び降りた。
「きゃあっ!」
「いいから叫ぶな!逃げるぞ!」
背後から衛兵の声が響く。
「逃げたぞーーーッ!」
「……ったく、胃が痛ぇ……」
「でもレン、手、強く握ってくれたね、ありがとう」
「今は惚気てる場合じゃねぇぇぇ!」
「私にとってはそれが一番大事なことだった」
リンカは息を切らしながらつぶやいた。
【山の尾根にて】
町を抜け、追手を避けるために山道へ入った二人。
やがて、険しい尾根にたどり着いた。
「……はぁ、はぁ……おいリンカ……
何でわざわざ尾根を選ぶんだよ……!」
「いつも王宮からは見える景色が決まっていたから、
今度は逆から眺めて見たくて…」
「ふぅ、観光気取りかよ」
尾根の上からは王都の城も遠くに見える。
リンカは手をかざし、寂しそうに微笑んだ。
「……あそこ、今ごろ大騒ぎしてるのかな」
「大騒ぎどころじゃねえ!聖女が誘拐されたんだ
ーー捜索隊で山狩りが行われるぞ」
「でも、こうして見ると綺麗ね。城も、町も、森も……」
レンは言葉を詰まらせる。
リンカの表情は、ただの天然さではなく、
少しだけ「自由を得た少女」の顔だったからだ。
その瞬間、尾根の下から魔物の遠吠えが響く。
「……くそっ、やっぱり通るんじゃなかった!」
「大丈夫!私が結界張るから!」
「やめろ!どうせまた規模がでかすぎて町まで巻き込むんだろ!」
――グルルルルルッ!
尾根を駆け上がって、次々と樹々の間から這い出す魔物たちが現れる。
魔物は、二人の進路を塞ぐように円を描き始めた。
「私だって調整しようとしているよ。出来てないけど」
「努力はしてたのね!」
尾根の一本道で、レンは剣を抜き、魔物の群れに向かって叫んだ。
「くそっ……!こうなったら一晩中でも相手してやる!」
「がんばれレン!私、応援してるから!」
「応援じゃなくて加減して結界張れーーッ!!」
こうして、宿屋から逃げ延びた二人は、
尾根の上で新たな試練に挑むことになるのだった。
魔物を退けたあと、レンとリンカは尾根の岩陰に簡素な焚き火を作った。
炎の赤い明かりに照らされ、リンカの横顔が柔らかく揺れる。
「……ふぅ。今日はさすがに疲れたな」
「でも、ちょっと楽しかったよ。レンと一緒に逃げて、戦って」
「お前は物好きすぎる……普通なら泣いてる場面だぞ」
頭上には、雲ひとつない夜空と、無数の星々。
しばらく火の音だけが響いていたが、レンが口を開いた。
「なぁリンカ……俺たち、このままどうするつもりだ?」
「どうって?」
「衛兵から逃げ続けるだけじゃ、いずれ限界が来る。
……でも王都に戻ったら、お前はまた聖女として、俺は勇者として、
国の道具にされる。お互いバラバラで、いつかまた婚姻の話が出て来るだろう」
リンカは少しだけ目を伏せたあと、笑顔を取り戻す。
「だったら、二人でやっちゃおうよ」
「……は?」
「だって、勇者と聖女が揃ってるんだよ?
魔王を倒せるのは、私たちしかいないんじゃないかな」
「……お前、時々すごいことをさらっと言うよな」
レンは焚き火を見つめながら、しばし沈黙した。
やがて肩の力を抜き、諦めたように笑う。
「……そうだな。結局、それしか道はねぇのかもしれない」
「でしょ!」
リンカは嬉しそうに身を寄せる。
その無邪気さに、レンの心臓が大きく跳ねた。
「……リンカ」
「なぁに?」
焚き火の明かりに照らされた瞳が、真っすぐに自分を見ている。
レンは一度言葉を飲み込み、それでも意を決して手を伸ばした。
――軽く触れるだけの、短い口づけ。
リンカは驚いたように瞬きをし、それからぽっと頬を赤らめる。
「……今の、なに?」
「……覚悟、みたいなもんだ。俺とお前で、最後まで行くって」
「そっか……じゃあ、私も」
リンカは目を閉じ、ほんの少しだけ唇を寄せて――
二人の決意は、夜空の星々に静かに見守られていた。
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