衛兵との遭遇
星読みの歌 ーーリンカ王宮にて
あなたの瞳が夜空に溶けるとき
私は言葉を灯して、星座を描く
それは祈りではなく、記憶でもなく
ただ、あなたに届くための軌跡
その日の夜。
森の奥でまで逃避行を続け、焚き火を囲む二人。
「リンカ、魔物除けの結界は張れるか?」
レンが野営の支度をしながら話しかけてくる。
「もちろんよ、『神聖結界』!」
――ぱあぁぁぁっ!
眩しい光が走り、結界がどんどん広がっていく。
最初は二人の周囲だけだったはずが、
あっという間に森全体を包み込むほどのスケールに。
「おい、聖女の力を無駄使いしているんじゃないか?」
レンが呆れたように言った。
「聖女の結界は大規模戦闘用のものが多いのです
ーー調整したことなどありません」
リンカは小首をかしげた。
「ちゃんと習っとけよ!」
レンは嫌な予感を覚えながら突っ込んだ。
そうこうしているうちに、森の魔物たちが結界に押し出され、
結界の外へどんどん追いやられる。
押し出された魔物たちは――よりによって人里の方へ。
「おい待て!あいつら街に向かってるじゃねえか!」
「えっ、でも結界は完璧に張れたわよ?」
「完璧じゃねえ!あの群れが見えないのか!?」
結局、レンは一晩中、町へ向かおうとする魔物を食い止める羽目になった。
その間、リンカは焚き火のそばで少し反省する。
「私を悩ませた仕返し…ちょっとやりすぎたかしら」
翌朝の森、木漏れ日が差し込む森の中。
レンは全身ボロボロ、丸太のように地面に倒れ込んでいた。
「……おい、リンカ……結界、解けたか……?」
「うん、夜明けと同時に自然に消えたわよ。
野営なんて初めてだったけど、ぐっすり眠れたし!」
「俺は眠れなかった!むしろ死ぬかと思ったわ!」
リンカは気にも留めず、持ってきた鍋を取り出す。
聖女のくせに、手際よく水を汲み、火を起こして朝食の準備を始めた。
「はい、パンを浸して食べるスープよ」
「……意外と家庭的なんだな」
「でしょ?修道院で習ったの。でも味見はしてないよ」
「は?」
「私、昔から聖女だから。毒味係がいないと何も食べられないのよ」
リンカは事もなげ言った。
「ここで毒見も何もないだろう!」
「冗談でしょ。怒らないでよ」
リンカは出しかけたスープをすすすっと自分の元に引き寄せていく。
「俺が食うよ!」
リンカからスープを奪い取ると、スプーンを口に運ぶレン。
……意外にも、悪くない味だった。
「……うまいな」
「ほんと? よかったぁ!」リンカは手を合わせて喜ぶ。
「……なんか腹立つな」
彼女は嬉しそうに微笑んでいたが、レンは寝不足で目の下にクマを作りながら、
今日もまた嫌な予感を感じるのだった――。
ようやく森を抜け、開けた道の先に隣町の屋根が見えてきた。
夜通し魔物と戦ったレンは、足を引きずりながらも、
ほっと安堵の息を漏らす。
「……やっと人の住む場所だ……」
「わぁ、いい匂い!パンを焼いてるのね!」
リンカは鼻をひくつかせ、目を輝かせる。
「お前……呑気すぎるだろ。
俺たちが城を抜け出してきたってわかってんのか?」
「えっ、あなたのやったことでしょ」
「いや、否定できないけどさ。
王女様兼聖女様が失踪だぞ!? 城は大騒ぎに決まってる!」
レンの脳裏に、王城での地獄絵図が浮かぶ。
――宰相が机を叩き、兵士たちが慌ただしく走り回る。
――「勇者が姫様を拐った!」と吹聴され、指名手配される自分の姿。
――国中の衛兵に追われる未来。
(……俺、完全に終わってんな……!)
一方その頃のリンカは、町に近づくなり屋台に目を輝かせていた。
「ねえレン、あれ食べたい! 焼き串!」
「落ち着け!俺たち今、絶対目立っちゃいけないんだぞ!」
「大丈夫よ。フードかぶればバレないって」
「お前、その金色の髪が隠しきれてねえから!」
そう言いながらも、結局レンはリンカに引きずられるように屋台へ。
屋台の親父がリンカの顔を見て、一瞬固まる。
「お、お嬢さん……まさか……いや、まさかね……」
(バレてるバレてるバレてるーーッ!!)
こうして、二人の逃避行は町に入ったその瞬間から前途多難となったのだった。
町の広場を歩いていると、背後から声がかかった。
「そこの二人、ちょっと待て!」
(……きたぁぁあああ!絶対俺たちのことだろ!)
振り返ると、衛兵が二人こちらに歩み寄ってくる。
レンは心臓が跳ね上がるのを必死で抑えながら、自然を装った。
(落ち着け俺、平常心だ……)
「はい、何でしょうか?」
天然の笑顔で答えるリンカ。
その瞬間、衛兵がじっと彼女の顔を見つめ――。
「……すごく……綺麗な髪だな。旅の人か?」
(ナンパかよッ!?)
「は、はい!そうです!辺境の村から来たんです!
ただの旅人です!それ以上でも以下でもありません!」
「いや、そんな必死に否定しなくても……」
衛兵は不審そうにレンを眺める。
リンカは無邪気に笑いながら、さらっと爆弾を落とした。
「私ね、聖女のお努めはもうやめましたから」
「……は?」
「あははは!すいませんこの子ちょっと頭打ってて!
聖女気取りなんです!あっはっは!」
レンは慌ててリンカを抱えて逃げ出した。
「おい待て!怪しいぞ!」
背後から掛けられた声に、レンの背中を汗が伝う。
町の広場は人であふれ、逃げ道はない。
(くそっ、囲まれたら終わりだ……!)
「ねえレン、さっきの人いい人そうだったね!」
「お前、俺に悪意あっただろッ!!」
衛兵から逃げ切り、町外れの小さな林の中。
二人は肩で息をしながら、しばし沈黙していた。
「……はぁ、はぁ……おいリンカ!」
「どうしたの?」
レンは真剣な表情で彼女を見据える。
「どうしたの、じゃねぇ!町中で聖女なんて言ったらどうなるか分かってんのか!?」
「え……?別に嘘は言ってないし……」
「嘘じゃねえけど!今それ言うのが一番ヤバいんだよ!」
リンカは小首をかしげ、レンを試すように見上げる。
その無邪気さに、レンは頭を掻きむしりながら、絞り出すように言った。
「……なあ、リンカ。本当に……俺と行きたいのか?」
「え?」
「お前がついて来たら、ずっと追われる。今日みたいに危ない目にあう。
下手すりゃ……捕まって、もう二度と自由に外に出られないかもしれない」
リンカの表情が、ようやく曇る。
レンは声を落とし、真正面から彼女を見つめた。
「俺は……お前にそんな思いさせたくないんだ。だから……」
「……だから、何?」
「だから、今のうちに決めろ。本当に俺と一緒に行きたいのかどうか」
静寂。森を抜ける風の音だけが響く。
リンカはしばらく俯いていたが、やがて顔を上げ、にっこり笑った。
「行きたいよ。レンと一緒に」
「……リンカ」
「だって、私、聖女だけど……普通の女の子の生活に憧れてたの。
レンと一緒に旅することは、すっごく楽しいから」
レンは言葉を失い、しばし見つめ合ったあと、ふっとため息をついた。
「……お前ってやつは……」
「えへへ」
(……守るって言ったのは俺だ。それなのに、俺が一番ビビってるじゃねぇか……)
「……よし。だったら、俺も腹くくる。絶対守るからな」
「うん!」
二人は互いに小さくうなずき合う。
森の木漏れ日の向こう、遠くで衛兵の笛が鳴った。
逃避行は、まだ始まったばかりだ。
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