聖女誘拐 最終話 王国凱旋バンザーイ!
聖女誘拐の噂から始まった物語は、魔王討伐、そして王国凱旋へ。
群衆は歓声を上げ、旗は翻り、鐘の音が響く。
だが、宿屋の店主は青ざめ、リンカの声が人混みを突き抜ける。
――熱狂と日常が交差する中、英雄たちの物語は一つの幕を閉じる。
巨大な黒い弾道を見てレンは気を引き締める。
――これを剣で叩き落すのは不味い気がする。
後ろにリンカがいて、避ける選択肢も無しだ。
魔王の肉体が崩れ去ったあとも、
空間にはなお、黒い瘴気が残っていた。
そして、魔王の呪いの残滓
――虚死砲の因子が徐々に広がり、
空間全体を蝕んでいた。
「リンカ、まだ終わってねぇ。
これ……浄化しなきゃ、誰かが次の魔王になる」
蓮は剣を構えたまま、後ろの聖女に声を投げた。
リンカは静かに頷き、両手を胸元で組む。
「神よ。灯を、ここに――」
彼女の祈りに応じるように、
空間に淡い光が満ちていく。
それは神の薬指とは違う、もっと柔らかく、
包み込むような光だった。
「蓮、あなたの剣に、私の祈りを宿すわ」
リンカが蓮の背に手を添える。
その瞬間、蓮の剣が淡く輝き始めた。
虚死砲を覆っていた黒い瘴気が、
光に包まれ小さくなっていく。
「これが……浄化の力か」
蓮は一歩、また一歩と進みながら、剣を振るう。
斬るのではなく、祓うように。
その動きは、戦いではなく儀式のようだった。
瘴気が消えるたび、空間に静けさが戻っていく。
魔王因子は、小さな黒い球となり、聖女に浄化された。
「終わった……のか?」
蓮が剣を下ろすと、リンカは微笑んだ。
「ええ。あなたの聖剣が、神の灯を宿したから」
蓮は少し照れたように鼻を鳴らした。
「聖女の力ってのは、すげぇな。
俺一人じゃ、絶対無理だった」
「でも、あなたが斬ったからこそ、灯は届いたのよ」
二人の間に、静かな余韻が流れる。
「これから……どうするんだろうな、俺たち」
「魔王を討った勇者と聖女。きっと国は喜ぶわ」
リンカはそう言いながらも、どこか不安げに唇を噛む。
レンは首を振った。
「国なんてどうでもいい。
俺が守りたいのは――お前だけだ」
その言葉に、リンカの目から涙が一粒こぼれる。
戦いの中では見せなかった恐怖が、いま初めて現れた。
「……これからも一緒だよね」
二人は崩れ落ちた玉座の前で向き合い、
そっと抱き寄せ合った。
荒れ果てた魔王城に、静かな温もりだけが灯る。
やがて――。
王都の城門が開かれた瞬間、
空を揺るがすほどの歓声が響いた。
「勇者だ!」「聖女様だ!!」
民衆の声が波のように広がり、
二人の凱旋を祝福で包み込んだ。
「聖女様は誘拐されたって聞いたぞ!」
「馬鹿だな、あれは魔王を油断させる作戦
だったんだってさ」
「見ろよ、あの妖精……瘴気の森を浄化したに違いない!」
「本当に魔王を倒したんだ!」
「「「バンザーイ!!」」」
歓声がうねりとなって広がり、旗がはためき、
城門の鐘が鳴り響く。
王国は今、凱旋の英雄たちを迎えようとしていた。
だが、宿屋の店主だけは青ざめていた。
(しまった……俺、通報してたんだ。処罰されるのか?)
それでも周りの視線を恐れ、震える手を掲げる。
「ば、ばんざーい……!」
そんな彼を見逃さず、
リンカが群衆の中でぴょこんと跳ねて叫ぶ。
「宿屋さーん! パンおいしかったよー!」
レンは手を挙げるでもなく、ただ前を見据えて歩いた。
その横でリンカは微笑みを浮かべ手を振っていたが
王宮が近づくにつれ、瞳の奥にはわずかな緊張が見え隠れしていた。
――この帰還が、ただの凱旋では終わらないことを、二人とも分かっていた。
謁見の間に通されると、
玉座には国王フレデリックが座していた。
その隣には司教であり、王姉の姿もある。
王の目は厳しくも、どこか柔らかい光を宿していた。
「勇者レン。聖女リンカ。よくぞ魔王を討ち果たした」
国王の声は広間に響き、
衛兵や臣下たちが一斉に頭を垂れる。
レンは一歩前に出て、静かに頭を下げた。
「先にご無礼をはたらきました。
ただ、聖女――リンカ様がいたから、
魔王の討伐が出来たのです」
その言葉にリンカは驚いたようにレンを見つめ、
頬を染める。
だがすぐに、凛とした声で続けた。
「私も、彼がいたから祈ることができました。
魔王の呪いも、
勇者の剣と共に払うことができたのです」
司教はそっと目を細め、姉としての表情を取り戻す。
「……立派になったわね、リンカ」
しかし王は黙したまま、玉座の肘掛を指でとんとんと叩き続けていた。
しばしの沈黙の後、重い声が響く。
「王女を連れ出した件、そして国に背を向けた件
――本来なら大罪である」
広間に緊張が走る。リンカは唇をかみ、レンは一歩も引かずに王を見据えた。
だが次の瞬間、王は立ち上がり、玉座の階段をゆっくりと降りてきた。
そして二人の前に立つと、声を震わせながら言葉を紡ぐ。
「だが――民を救い、魔王を討った功は、
そのすべてを上回る」
リンカが目を見開いた。レンはわずかに息を呑む。
王は娘をじっと見つめ、そして勇者へと視線を移した。
「私は国王としてではなく、父として言おう。
……ありがとう。二人で戻ってきてくれて」
リンカの目から涙が零れ落ち、
レンはそっと彼女の手を握った。
司教は微笑み、静かに祝詞を唱える。
広間に柔らかな光が満ち、
人々の胸に温かな感情が広がっていった。
勇者と聖女の旅は終わりを迎えた。
だが――二人の物語は、ここから始まる。
広間に光が満ち、民や臣下が二人を讃える声が響き渡る中――
レンは隣のリンカを見つめた。彼女の瞳は涙で潤み、
それでも凛とした光を失わなかった。
「なぁ、リンカ」
レンの低い声に、彼女は小さく首を傾げる。
「ん?」
「……俺さ、勇者だなんだって呼ばれてるけど、
本当はただの学生だった」
レンは不器用に頭をかいた。
「戦いだって、お前がいなきゃ絶対に無理だった。
だから、その……」
彼が言い淀むと、リンカは静かに微笑み、
彼の手を両手で包み込む。
「わかってるよ。だって、私もあなたがいなきゃ、
ずっと“聖女”の殻に閉じこもったままだったから」
二人の間に、言葉以上のものが流れる。
そして王がゆっくりと口を開いた。
「レン。リンカ。そなたらの選ぶ未来を、
私は王として、そして父として見届けよう」
リンカは驚いて王を見上げる。
王は目を細め、娘に向かって頷いた
。
「国のためではなく、
自分のために生きてもよい時が来たのだ」
その言葉に、リンカの頬を涙が伝う。
レンは彼女の肩を抱き寄せ、迷いなく告げた。
「リンカ。俺と一緒に生きてくれ。
勇者だとか聖女だとか関係なく――ただ、俺と」
広間は一瞬の静寂に包まれた。
そしてリンカは微笑み、頷く。
「はい。ずっと、あなたと」
人々の歓声が再び広がる。
司教である姉はそっと涙を拭いながら、
祈るように二人を見守った。
やがて――
王国に、新たな祝宴の日が訪れる。
勇者と聖女は、共に戦い、共に生き、
そして共に未来を築く。
その旅路は、もはや誰に命じられたものでもなく。
ただ二人が選んだ、唯一の道だった。
エピローグ:静かな日常
王宮の裏庭、朝の光に濡れる小さな花畑。
勇者も聖女も、今はただの若い男女として並んでいた。
「なぁ、リンカ。お前、いつまでそこに座ってんだ?
花なんか毎日咲くんだから、そんなにじっと見なくても」
レンは腕を組んで、芝に腰掛ける彼女を見下ろす。
リンカは振り返り、頬にかかる髪を指で払った。
「咲いてる花は今日の花でしょ?
明日咲く花とは違うんだから。ちゃんと見ておかないと、もったいない」
「……そういう理屈は相変わらずだな」
レンは苦笑しながら、彼女の隣に腰を下ろした。
「俺は、毎日隣にいるお前をちゃんと見てりゃ、それで十分だと思うけどな」
リンカは一瞬驚いた顔をして、それから頬を赤らめる。
「……そういうこと、不意に言うのやめて」
「事実を言っただけだろ」
レンは肩をすくめつつも、わざとらしく視線を逸らす。
沈黙が落ち、風に揺れる花の音だけが響いた。
けれどその沈黙は、どこか心地よいものだった。
やがてリンカが小さく笑った。
「ねぇ、蓮」
「ん?」
「明日も一緒に、ここで花を見てくれる?」
レンは苦笑して頭をかいた。
「ここに、ノアも連れて来ようぜ。森は浄化されたが、ひとりは寂しいもんな」
そう言って、彼はそっと彼女の手を握った。
「私も同じこと思っていたわ」
リンカも握り返し、二人は静かに花畑を眺め続ける。
世界を救った勇者と聖女は――
今、ただ「一緒にいる」という小さな幸せを噛みしめていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
「聖女誘拐」という突飛な始まりから、
勇者一行の冒険、民衆の噂話、そして王国凱旋に至るまで、
たくさんの方に支えられて完結できました。
特に最後まで読んでくださった方、
感想や評価をくださった方々には感謝しかありません。
この結末は、ただの「めでたしめでたし」ではなく、
読者の皆さんの日常にも少し笑いや余韻を残せたらと思っています。
次回作では、また別の視点から
「噂と真実」「民衆と英雄」の物語を描けたらいいなと思っています。
どうぞ、これからもよろしくお願いします!