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囚われの聖女

聖女なのに、勇者に誘拐されちゃった!?

使命と恋に揺れる、逃避行ラブファンタジー。

 王城の聖女の間は、夜になっても息苦しいほど静かだった。

 閉ざされた大窓には月光が滲み、

 聖油と香木の香りが空気を満たしている。


 第二王女として生まれた私

 ――リンカは、この部屋を出られない。

 魔王討伐のため、神の祝福を受けた聖女として祈りと儀式の日々。


 窓の外を見つめながら、私は思う。

 ――勇者レンは、今どこにいるのだろう。


 異世界から召喚された青年。

 無骨で、不器用で、でも戦場では誰よりも頼れる存在。


 私が唯一、王女ではなく一人の女性として会話できる相手。

 けれど最近、すれ違いが多くなった。


 任務のせいか、それとも……彼の心が離れてしまったのか。


 その夜、レンは王城の中庭に戻ってきた。

 鎧を脱ぎ、汗を拭いながら歩く彼を、私は廊下の影から見つめる。

 声をかけようとしたその時、騎士たちの噂話が耳に届いた。


「聖女殿下は、魔王討伐の後、隣国の王太子に嫁ぐそうだ」

「平和の式典と同時に発表するらしい」


 息が詰まり、思わず壁に手をついた。

 ……私の知らない未来が、勝手に決められている。


 レンは噂を耳にしていたのか、ただ険しい顔をして私を一瞥し、

 何も言わずに通り過ぎた。


 その背中に呼びかけられなかった。

 胸の奥で、何かが音を立てて崩れていく。


 祈りの儀式を終え、自室に戻ると、窓が静かに開く音がした。

 振り返ると、そこには月明かりを背にしたレンの姿。


「……行こう」

 低く押し殺した声に、私は瞬きをする。


「どこへ……?」

「ここじゃない場所だ」


言葉より先に、彼の手が私の手を取った。

温かく、力強い手。

それを振り払えなかった。


夜の王城は静かだったが、裏門へ向かう私たちの足音がやけに響く。

レンは躊躇なく馬を引き、私を鞍に乗せた。


「レン、これは……」

「説明は後だ」

馬が走り出す。


馬上、冷たい風が頬を打ち、王城の白い石壁が遠ざかり、

振り返れば、灯火の列が徐々に小さくなる。

灯火の列が見えなくなった頃、私は悟る。


――これは、誘拐だ。

けれど、拒む気持ちはなかった。


自由を求める鼓動と、彼の背に感じる確かな温もりが、私を黙らせた。

義務と鎖から解き放たれ、体温と共に溶けていく。


森の奥、焚き火を囲み、レンが私を見た。

「お前が隣国に嫁ぐなんて、俺は絶対に嫌だ。

 魔王より、お前を失う方が怖かった」


胸の奥に響く、不器用な告白。

追っ手の足音が近づいている。


それでも、この瞬間だけは、彼の腕の中にいたかった。

 街はずれ、焚き火の明かりが二人を照らす。


レンは長剣を脇に置き、静かに私を見た。

「……二人で国を出よう」

「……!」


「馬鹿なことだってわかってる。

 だが、このまま魔王討伐の旅を続けるなんて俺には出来なかった!」

 炎のように熱い言葉が、胸の奥深くに響く。


この世界に来てから初めて、涙が頬を伝った。

追っ手の気配は、すぐそこまで迫っている。


それでも、彼の想いを信じたかった。

寝床についても互いに言葉を発しない。


――これから、どうしたらいいんだろう?

声に出せば、それが全てだったのかもしれない。


けれど、召喚勇者レンの、あどけなさの残る顔には、

後悔の色は見えなかった。窓をすべて締め切った隠れ家から、

二人の汗が染みだしてくる。


「遠くで犬の鳴き声が聞こえる…」

まだ外は明るいが、城下の雑踏も聞こえなかった。


――国を出て一体どうするのか?

きちんと、そんな話すら出来ていない。


腰まで伸ばした金髪のソバージュをいじりながら

再び、二人の間に沈黙が落ちた。


「悪い」

「何が?」

「なんか、お前……損した感じになってないか? 聖女が誘拐なんてさ」


「そんなこと、思ってないわ」

本当に考えていなかった。私から謝ったら負けだとは思っていたけれど。

(謝れば、泣いてしまいそうだし……)


「じゃあ、何か食べてく?」

「いいわ。干し果実でもあるでしょう」

「……わかった」

「俺たち、一緒に旅していこうな!」

「ええ」


その答えに、レンは満足したようだった。

世界は無限に広がっていて、それがそのまま自分たちの未来だと思っていた。


彼も同じことを考えているはず。

だから、あの一言が出たのだと納得する。


巾着に入れっぱなしだった通信石が、淡く二度光った。

母である王妃から、「王城へ戻れ」と告げている。


さっきの会話を思い出す。

私の言う「一緒の旅」と、レンが言う「一緒の旅」は何か違っていた。


……あの人、私が王城に戻ったら、別の誰かのところへ行くのかもしれない。

勇者だもんね。助けた女性もひとりやふたりじゃないだろう。


でも今は、疑いよりも別の心配が大きい。

こんなことをした私達を誰も祝福してはくれない。


 レンが寝起きで微笑む。

 高窓から差し込む朝の光が、まるで天使の羽のように私の頬を撫でた。


 彼の干し果実を齧る音を聞いていると、再び睡魔が襲ってくる。

「私も……まだ寝てていい?」声が届いたかはわからない。


「一緒に寝るか?」ちゃんと返事が返ってきた。

「このままでいい」


 使ったことのない藁の枕を直し、また横になる。

 まどろみの中、唐突に魔法通信石が震えた。

 寝ぼけてそのまま手を伸ばしてしまう。


「はい」

「……どこにいる」低く、父の声が、見知らぬ冷たい男の声に聞こえた。

 ――頭が一気に覚醒する。

「ーー教えない」そう言って通信を切り、そのまま魔力を遮断した。


 ふとレンの方を見ると、再び寝息を立てていた。

 魔力の抜けた通信石を巾着にしまい込んだが

――なぜこんな物を持ってきたのか、自分でもわからなかった。


その日、レンの用意した隠れ家から街の灯を眺め、胸に手を当てる。

そうだ、私、思いっきり馬鹿になろう。

今しかできないことをやるんだ!


市井の娘みたいにはしゃいで、飛び上がって。

レンにたくさん甘えて。

そして、レンにそんな私がどう見えるのか、確かめておきたい。


それが、私のいましか出来ないこと!

リンカは通信石を窓の外に放り投げた。

石は夜の闇に吸い込まれ、静かに消えていった。


王道のラブコメ恋愛ファンタジーを目指していきます!

ブックマークや評価が、この物語を最後まで紡ぐための大きな力になります。

ぜひ応援いただけると嬉しいです。


勇者レン〈AIイラスト〉

挿絵(By みてみん) 

聖女リンカ〈AIイラスト〉

挿絵(By みてみん)

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