第2話 ねらわれた通学路!走れ、わたし! その①
リオーネが目を開けると、目の前には鏡があった。
そこに写る姿は設定資料集に載っていたままの【小原シズカ】が写っている。
まずリオーネはその紫のロングヘアーに感心した。
彼女が気に入っているだけあって実に良く手入れされており、元の金髪の輝きに引けをとらない。
そしてこのジト目も悪役令嬢としては充分に合格……だが。
「たしかこの世界でコレはまずいのですわよねぇ…」
いまも頭に揺れている猫耳。
この体にも結局付いてきてしまったソレを触りながら彼女は呟いた。
そして何度か頭を振ったり体をひねったりし……首の後ろに力を込めたところで、ポンッ♪という音を立てて消えてくれた。
それはリオーネの体の中にある未知の感覚。
まるで上等な紅茶が全身を巡っているような感覚を、その猫耳が消えるよう頭部に意識を集中させたら消すことができたのだった。
──これが魔力とかいうものですか
だが意識を集中していなければそれが簡単に解けてしまいそうな感覚がある。
現状では足の指だけで立っているような感覚だが、厳しかったあの体術訓練と比べれば造作もないことだと、実際に彼女は半日後にはそれが無意識に消せるようになっていた。
ちなみにここは主人公の敵勢力の本拠地。
ワルサー空間に浮かぶワルサー城である。
そしてその一番見晴らしの良い塔のてっぺんに小原シズカの部屋があり、その内装は白と黒ばかりでリオーネは目をチカチカさせたが、その病的とも思えるこだわりにリオーネは内心この小原シズカを高く評価していた。
「シズカ~学校に行く前にパパと……」
「レディの部屋にノックもなしに!!」
「あばばばばばばばばばば!!!!!!!」
暴漢への最初の一撃は全力で。
その父の教えが染みつくリオーネは、勝手にドアを開けた者に対しごく自然に片手を向け電撃魔法を放っていた。
──この者がワルサー王ですか
煙をあげてぷすぷすとうつ伏せに倒れる男性を、足で転がし覗き込む。
第一形態ではツノ以外はどこにでもいそうな40代後半の人間の男性。
第二形態でツノが増え肌が緑に……そんな変身の行程の記憶をシズカの頭から引っ張り出していた。
「あいたたぁ~いきなり酷いな~」
そしてそんな全力の魔法も、ワルサー王には効いておらずすぐに立ち上がってきた。
「シズカちゃん~いつのまに無詠唱で魔法使えるようになったんだい?」
「れ、練習したら出来ましたの!」
「ほぉ~~魔法の才能はママ譲りだなぁ」
「それで?用事ってなんですの?」
「あ!打倒プリマ―の良い作戦を思いついたんだけど……帰ってきてから話すとしよう。人間界への移動ゲートはもう空けてあるからね~~」
そう言ってワルサー王はドアを閉めた。
ちなみにリオーネの頭に詠唱は浮かんでいたのだが『サンダー』だの『イカヅチ』だの、そんな幼稚な言葉は発したくなく、思いきり振り絞るように魔力を出したら結果的に「なんか出た!」というわけだった。
「おっとそうでしたわ、小学校に行く準備をしていたのでしたのよね」
そして身だしなみを整えるためもう一度鏡を見たとき、ふとその左上に貼られた写真が目に入った。
その紫の髪こそ短いが顔は小原シズカとまるで同じで、最初は姉かと思ったが、その腕には赤子が抱かれている。
写真の女性の正体はシズカの母、ミユキだった。
作品の終盤でそれは勘違いだと判明するのだが、いまのところワルサー王はこの妻が人間に殺されたのだと思い込んでおり、人間界への侵攻はその復讐のためだったのだ。
──リオーネ……ママのような立派な悪役令嬢になるのですよ?
7才のとき母と交わした最後の言葉。
社交界で少し悪役令嬢が過ぎてしまった母は国外追放が決まり、その迎えの馬車がやってきた朝に、リオーネの頭を撫でながら微笑みながら言ってくれたのだ。
「お母様大丈夫です、リオーネはこの世界でも立派に悪役令嬢をやってみせますわ」
そしてリオーネは小さな背中にランドセルを背負い、人間界への移動ゲートを潜った。