第四話 彼女の役目
崖を背に強い瞳を宿した2人の村娘が立っていた。
腕を組み、アゴを上げ、目の前の老人をニラみつけている。
だが、その相手の高さは自分たちのおよそ5倍。
紫の肌をのぞかせる黒いローブをまとった巨大な老人。
さらにはその姉妹300体以上の魔物が囲み、指示があればすぐに彼女たちに襲い掛かろうとしている。
「どうして出てきた?」
その老人……原初の魔王がニヤニヤしながら尋ねた。
それは神が転生した姿であり『ぼくが魔王になったらこんな姿』そのものである。
魔王は油断せず姉妹から距離をとる。
神の掌から抜け出す権謀術数。この原初の魔王の体ではなく、普通の魔物であればなにか手痛い一手を打たれる予感さえある。
そんな姉妹であるから村を攻めてきた魔物の中に言葉使える者が、しかもそれが群れの長であれば時間稼ぎの交渉でもしてくると踏んでいた。
そしてその稼いだ時間で村人を遠くに逃がすのだろうとも。
もちろんこの村をぐるりと魔物を囲ませており、もし時間稼ぎでもしてこようものなら引きちぎった村人を彼女ら見せてやるつもりだったが。
「あのようなホコリくさい場所にいる方がどうかしてますわ」
「おじさんやさしそーだし。助けてくれるかなーっていうのもあるよ?」
いちいち勘に障る姉妹だと魔王は思った。
そしてこいつらが登場するラノベを気に入り、そこから引っ張り出し様々な世界に転生させたのは自分だが……実際にその相手となると、こうもイラつかせてくれるものかとも。
そして魔王はアゴに手を当て考える。
──肉体の痛みで心を折ることができない……ならば
魔王が手を無造作に振った。
ドォン!という音が響き姉妹が降り返ると……洞窟入口横の崖肌が吹き飛び、土煙が晴れると向こうの山が見えた。
「これを洞窟にぶつけるのが良いか?それとも」
魔王の額の瞳が赤く光ると巨大熊が吠え、隣にいた狼の頭を狂ったように何度も噛んだ。
「コイツを洞窟に放り込んでやるのが良いか?」
そして大仰に両手を広げ「どちらがお好みか?」と姉妹に尋ねた。
リリーは虚勢を張っているが、リオーネほど人の憎しみや悪意を直接受けた経験は少なく、その服の下は微かに震え始めていた、が……。
「ふぁ……終わりました?なら私もひとつ聞きたいのだけれど」
隣にいる姉はあくびをしていた。
「……なんだ?」
このリオーネという女にペースを握らせてはいけない。
そんなことは当然魔王も分かっていたが、この姉妹……とくにこの姉を完膚なきまでに叩き潰したい魔王は、血管を浮かべながら聞き返してしまった。
そして、大事な事が1つ。
『原初の魔王』の中にある神の魂。
本来神は慈愛に満ちた性格であり、自分が創造したモノに直接手を掛けた前例はない。
それは例え好きなアニメを愚弄されようとも変わらぬはずだった。
他作品に転生させた魂が、運命に翻弄されるまま死んでしまうことは楽しめても、自分の手で直接それを行うことは禁忌とさえ思っていた。
だが……リオーネが村娘の人格に浸食されたのと同様、神もまた転生したこの原初の魔王の人格に侵食され始めていた。
「どうして私だけを狙わないんですの?村の方々は血の繋がってはいても赤の他人ですわ。あと、もし『私たちを絶望に突き落としてから殺してやりたい』なぁんて考えていらしゃるのなら永遠に殺せませんわよ?……あと道を開けてくださる?私ノドが乾いてしまいまして」
リオーネの質問がひとつでないことは相変わらずなので放置するとして……その浸食は予想以上の速度で進んでいた。
なぜならこのエピソード0を書くとき自分とは真逆の、残虐な行為や破壊に快楽を覚える『原初の魔王』を非常に楽しく書いた。
ノリにノってその設定だけでノート一冊を埋めたほどだ。
つまりそのノートを埋めていく段階で、頭の中に魔王を創造していたのだ。
そして『原初の魔王』の人格は、ノートを埋めるのと同速度で神の人格を侵食しつつあり、魂がその体に入り込んだことでそれはさらに加速していた。
そして……続くリオーネの一言で、ついに神は『原初の魔王』に意識を乗っ取られることになる。
「あと偉そうにされてますけど……そもそもアナタどなたですの?」
「ワシは神じゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!会ったことあるじゃろがぁぁぁ!!!」
魔力が大地を震わせ、風を巻き起こす。
その風が重なったところにいた何体かの魔物がちぎれ宙を舞った。
「もう良い!ワシが書いたこの世界で何を好き勝手にのたまっとる?!ワシを説き伏せられるとでも思ったのか?!」
「別に。説き伏せるほどアナタに興味ないですもの」
「この世界の『名もなき村』の住人は全員死ぬことだけが役目だ!魔王の手慰みで殺され、その脅威は世界に広がる!そして百年後に誕生した勇者がそれを打ち倒す!そういう物語だ!お前らに死ぬ役目を与え、この崇高な物語に貢献させてやっているのをありがたく思えぇぇ!」
魔王の体がメキメキと音を立てる。
紫の体が膨れ黒い血管が浮かび上がり牙と爪が伸び、3つの瞳の端も裂け広がり、足が地面にめり込む。それを見ていた洞窟の村人たちは悲鳴を上げながら一番奥へと逃げ込む。体の底から震えは抑えられず何人かが意識を失った。
「……役目?」
そんな中……そう感情なくぽつりと呟いたのはリオーネだった。
「そうだ!この世界を創ったワシがお前らに与えてやった役目!お前らは死んで後の勇者を奮い立たせるだけの存在なのだ!!」
ようやく心が折れたのかと魔王がゲラゲラと笑いなが言った。
『笑え』と信号で命じた魔物も実に愉快そうにギャギャギゃと吠える。
手がある者は手を叩き、手が届かぬ者は脚で地面を踏み鳴らしながら。
「お、おねーさま……?」
リリーが姉から一歩離れ、崖に背を付けた。
姉の表情は見えない。
しかし自分の全身の産毛が総毛立ち、先程から続いていた震えは凍り付くことで治まった。
「……ある少年はなけなしの勇気をかき集め立ち上がりました。それは私への恩義に報いるためにです」
「なんの話だぁ??」
「ある少女たちは特別な力を与えられたというだけの理由で、町を守るため戦っていました」」
「だからなんの話を」
「そして……この世界の母は、母の愛情を知らない私にたくさんの愛情を注いでくださいました。そして父は私たちが危険なことをするときつく叱ってくれました。娘たちに嫌らわれて距離を取られると分かっていてもです」
肌がぴりぴりと痛む。
この場にいたくない。
姉と一緒にいて今までこんなことは一度もなかった。
転生した先も含めただの一度も。
これは姉から感じたことのない感情。
そうか……姉は恐らく人生で初めて…
「コニーは勇気を出して私たちを守ろうとしました。父のように男だからやらねばと思ったのでしょう。牛飼いのロデウさんは、普段私たちに触れさせない大事な牛を放り出してまで村の危機を報せてくれました。それはこの村を、村人らを守るためです」
そして一方の魔王も心臓が激しく脈打ち始めていた。
早くこの場から逃げ出すため、全身に血液を送り続けている。
先程まで吠えていた魔物たちもガタガタと震えながら徐々に後退し、姉妹を囲む輪が広がる。
そして魔王は……神は、記憶の奥底にあるソレを思い出そうとしていた
永い永い時を生きても本当に記憶に残るものなどごくわずかだ。
そして、その中でも自分思い出さぬよう閉じ込めたものなどどれだほどのものだろうか。
──冷や汗?!このワシが!?
「こ、殺せぇぇぇぇぇぇ!!」
もしその光景を洞窟から見ていた者がいたなら、急に彼女らが黒い布に覆われたように見えたはずだ。 それほど素早く、そして多くの魔物たちが姉妹にフタをしたのだ。
バチッ!!!!!!!!!!
だが、閃光が魔物たちを焦がした。
一瞬で灰と炭になりバラバラと砕け辺りに散らばる。
その眩しさに一瞬目を閉じた魔王だったが、すぐにその現象を起こした者を見た。
そこには赤毛をゆらゆらと逆立て、妹を背に今もバチバチと音を立てながら閃光を纏う少女……そしてそれに重なり、もうひとつ|。
「だが、あなたはそんな彼らに対して死ぬことだけが役目と仰いました。それぞれが信じた『やるべきこと』を全うしていた彼らに対して。誰かに何を言われようとも、大切なものを手放そうとも、自分の役目を全うしようとしていた彼らに……あなたは、ただ死ぬのが役目だと言ったのです」
なぜ魔法が使えるのだ?!
魔王は驚きつつも魔物のなかに電撃耐性のある者を見つけ、すぐに飛び掛かるよう信号を出した。
電撃虫ビリビリカブト、雷獣サンダーベア、雷馬ゲルニオズ。
現在の魔物の群れのなかでも攻撃力が高く、後に現れた勇者をも苦しめた魔物たちである。
バチンッ!!!!!!!!!!
だが今度は見えないナニカにハジかれた。
雷ではなく球状の衝撃波。
それはあるものを召喚するときに発生する絶対反射壁。
そして……砂煙の中から現れたのは、赤毛の村娘たちではなかった。
猫耳つきの金髪の縦ロール。透き通るような白い肌と、やや吊り上がり炎を宿しているかのような強い緑の瞳。美しい鼻筋と、花の蜜をあしらったかのように輝く唇。そのドレスは赤を基調としており足元は隠れているが、真っ赤なハイヒールを履いている。
妹の方は金髪のツインテールに大きな赤いリボン。その小さな身長と病弱そうな青白い肌。さらにそのうるんだ大きな目は保護欲をかきたてられる。そして青いドレスは本来の彼女のサイズより少し大きめでブカブカしており、それがまた彼女の愛らしさを醸している。
リオーネ=ヴィヴィオーナ
リリー=ヴィヴィオーナ
彼女らが元の姿に戻り魔王を鋭く睨みつけていた。
そしてついに記憶の紐がほどけ神は思い出した。
自分が神に選ばれ最初の神魔大戦。
怒らせてはならない者を怒らせてしまったあの日のことを。
協定を破りあらゆる手段で己を殺しにきた『悪』そのものを。
そして、神はそもそもどうしてこの姉妹に興味を持ったのかも同時に思い出していた。
ラノベを読み漁るなか、わざわざその『悪』を自ら買って出る稀有な存在がいると知った。
もしそれで正気を保てるのであれば狂人に違いない。
神はそう思いそのジャンルを読み始めた。
望んでそうなった者も
望まずにそうなった者も
先の運命を知りあがらう者も
そしてこの姉妹のように、それを良しとして突き進む者もいた
気高い精神と悪の精神を併せ持ち、相反した価値観を同居させる狂わぬ狂人。
そんな彼女らはこう呼ばれていた。
悪役令嬢、と。
「おいでなさい、レージョーオー」
そしてリオーネの澄んだ声に応え、鋼鉄の悪役令嬢が姿を現した。




