第3話 林間学校で仲間発見!えぇ?!あなたがプリマ―レッドなの?! その②
目の前の花咲ここると宝条あやみが仲睦まじく野菜を切っている。
彼女らに料理を任せたリオーネであったが、実は自分もやってみたくてウズウズしていた。
リオーネにとって林間学校はとても興味深いものだった。
山のなかで狩りでもするのかと思ったが『林間学校のしおり』とやらを読むと、ただみんなと一緒に山のなかで過ごすだけ。
しかも着くなり自分たちで料理をしなければならない。なのに、同級生たちはみな楽しそうにしている。それが最初はとても不思議だった。
少し話は飛ぶが、悪役令嬢たる彼女は小さい頃から極端に友人が少なかった。
威を借りにくる同年代の女子はおり最初は徒党を組んでみたりもしたが……どうもそれが性に合わなく「解散」の一言でそれも辞めにしていた。
そこにきて今回のこの12才の友人たち。
本来の年齢はずいぶん離れている友人たちではあったが、瑞々しく生きる彼らと一緒にいると、その一歩引いて不思議に思っていたことが、わくわくに変わっていくのがリオーネはむず痒かった。
そして、いまも彼女の目の間で二人の友人が楽しそうに話をしている。
野外での食事をするというのはリオーネも別に嫌いではなかった。
だが当然その調理などは料理人にやらせ、それが出来上がった場所に向かうだけ。
むしろ今まで誰かが料理を作っているところを見たことがない。
だからいま自分よりも年下の者らがすごく楽しそうに料理を作っているの見ると……自分も不思議とやってみたくなりウズウズしてくる。
ちなみに神の目論見通り、この間にも彼女の魂は少しずつ浄化されていた。
だが料理をしてみたいというウズウズと、彼女らにどんな嫌がらせをしてやろうかのウズウズが同じくらい彼女の中で盛り上がっているのを神様でも分からなかった。
「おい小原!なんでサボってんだ?一緒に作れ!」
「……」
「おい聞いてるのか?!一緒にやれ!!」
「あぁ、私に仰ってるのかしら?」
学年主任の橘マサトシがリオーネを叱りつけた。
この第三話で「自分のフリ見て我がフリなおせー!」と叫び、鏡型ワルサースル・ミランダ―が憑りついてしまう人物である。赤ジャージがトレードマークの彼ではあるが、その首回りやソデはボロボロで黒ずんでいる。さらには喫煙や飲酒のせいで体臭や口臭も少し強め。
そんな感じなものだから、この回で初めて変身した宝条あやみことプリマ―レッドにぶっ飛ばされ、プリマ―ピンクの魔法で浄化されるまでこの学校で最も嫌われている先生だった。
だから当然リオーネもこの不潔な教師の事を嫌っていた……その外見だけを、だが。
「申し訳ございません。その呼び名にまだ慣れておらず……ですが料理は勝負に負けたこの者らがやりますので、ご心配なく」
「勝負だぁ?!」
「そ、そうです橘先生!わたしたちUNOで負けたんです!」
「はい!ここるのいう通りです!」
「こんなふんぞり返ってる小原を見てもなんとも思わないのか?」
「えっと……シズカはいつもそんな感じですけど?」
「はい。授業中でも放課中でも……先生見たことありませんか?」
橘が頭を不潔にぼりぼりと掻きながらリオーネは見る。だが説教などどこ吹く風で「はやく料理が出来ないかしら?」と冷めた目で鍋を見ていた。
「やかましい!さっさと手伝え!」
そしてもう面倒だと言わんばかりに、調理台に指を向けた。
だが意外にもリオーネは素直に立ち上がった。
料理のウズウズは突然の説教で消えかけていたのだが、やかましい彼の話をこれ以上聞くのも面倒だと判断したからだ。
「あーー!ギャクタイだぁ!キョウイクイインカイに言ってやろ~」
「言~ってやろ言ってやろ!キョウイクイインカイに言ってやろ~!」
リオーネがこの世界に来てから、同級生がたまにする妙な節回し。
その声の方を見ると隣のクラスの田中と中田だった。そして二人ともがスマホをこちらに構えている。
「……おい、勝手に撮るな」
「え~なんか撮っちゃダメって法律あるんですかぁ?」
「タイバツボウシのために撮ってるだけですけど~?」
「お前らなぁ……」
通常は先生が一括でスマホを預かるが、この林間学校に関しては「遭難したらどうするんですか?!」と田中の親がPTA会で発言し、中田の母もそれを強くその意見を推した。そして林間学校の一泊二日の間だけは、児童はスマホを持つことを許可されたのだ。
「シズカちゃん安心してよ!動画撮ると大人は何も出来なくなるから!」
「ってかもうSNSにショートあげよ~ぜ?」
──なるほど……隙あらばソレを構えるのはそのためでしたか。誰かの行いの是非をすぐに世に出してその是非を問える。面倒な世の中ですわね。
「もう良い。勝手にしろ」
「はいロンパ―!」
「先生だっせ~!!!」
橘が彼らに背を向けた時点で田中と中田は動画を止めた。
この動画をSNSに載せたら、先生を馬鹿にする自分たちの声は不利になることをよく理解しているからだ。そしてジャリジャリとサンダルで音を立てながら、橘は教員の待機所へ戻ろうとした。
「情けないですわね?」
だが、それを止めたのはリオーネのよく通る声だった。
「……は?」
「情けなくて、本当に価値のない人間ですわね」
「……誰に言ってるんだ?」
足を止め、振り返りその生意気な児童に一歩だけ近づく。
その目は彼自身が学生時代最も嫌っていた先生と同じ色をしていた。
「いえ、先生ではありません……あなたがたに言っているんですわよ?タナカとナカタ?タナカタ?」
「「合体させるんじゃねーよ」」
よく一緒にいる二人のため良く言われるのだろう。2人は同時にツッコんだ。
「先生も先生です。あなたの切り取られた一部だけが世に知られようと、私が先生の素晴らしさをその者らを説いてみせますわ。先生は私たちにきちんと指導してくださっていますもの。それに……悪の時代はいつだって長続きしないものですわ」
リオーネが遠い目をする。
おそらく母や祖母のことを想っているのだろう。
妙に達観したその表情にさすがの橘もなにも言えなかった
「良い機会です!ここにいる者!全員手を止めて私の話をお聞きなさい!」
林間学校の山の中。
そしてここは川沿いの調理場。
12ある調理場はそれぞれ離れたところにあり、川のせせらぎやキャッキャッとはしゃぐ小学生たちの声で、彼女の声など聞こえるはずがなかったのだが……凛とした声はすべての児童、そして教師全員の耳に響き背筋を伸ばして動きを止めさせた。
「この田中と中田に迷惑をかけられたと思う者!手を挙げなさい!」
最初は呆気にとられた橘だったが、ふと我に返った。
誰も手を挙げるはずがない。
この田中と中田は学校で乱暴者としても有名で、その報復を想像できない子など1人もいないと思ったからだ。
だが、リオーネの声には不思議な力があった。
この質問に答えないのは、失礼な気がする……と。
そして1人、2人と手を挙げ始め、先生の1人が思わず挙げようとした手を下げたときには、およそ3分の2ほどの児童が手を挙げていた。
単純にイタズラを受けた子から、さわいで授業を妨害されたり、文化祭などの手伝いを全くしないのに主役のように振舞う彼ら……理由は様々だったが、とにかく少しでも思い当たった者がその手を挙げた。
さらにリオーネはさらに続ける。
「この橘という教師は自ら教師なりたくて教師になった。いつかの学級新聞にそう書いてらしたわよね?」
「……ま、まぁそうだが。あと先生をお前呼び捨ては」
「とある高校時代の教師に影響を受け教職を目指し、当時の学力では難しかった教育大学に進み、そして最も残業が多い小学校の教諭をあえて選び母校であるこの小学校の教壇に立っている……これも間違いありませんわね?」
「お前良く読んでるな」
「さて、一方で田中と中田。あなた方は自分の意思なく学校に来て、悪意を以って彼の授業を妨害している……この場合優先すべきはどちらの立場かしら?」
「な、なんだよ急に!」
「ギ、ギムキョーイクだろ!別に来たくなくても来なきゃダメなんだ!」
「そーだ!そーだ!ギムキョーイクだ!」
「それに先生の授業つまんねーんだもん!」
「どこがつまらないのかしら?」
「ぜんぶだよ!ぜんぶ!!」
リオーネはこんなに物事が上手く運ぶものかと、当てた手の下の口を歪めた。
「自分たちはせっかく楽しくしているのに、口うるさく注意してくる教師。さらに授業中は固い椅子に黙って座っているよう命じて来る。ですが、ひとたびカメラを向ければ自分たちの言う事を聞き、それ以上は怒られず諦めてどこに行ってくれる。さぞ気分が良いでしょうね?ですが…………それであなたがたに得るものがあるのかしら?優位な立場に立って良い気分になるだけではなくって?」
教師陣も彼女の発言を止められなかった。
自分たちの思いを代弁してくれているから、というよりは彼女の放つ圧倒的なオーラに当てられてしまっていたというのが正しい。
田中と中田も黙りこくっている。
もちろんそれは彼女の指摘に心当たりがありすぎるからだ。
そして、リオーネは止めとばかりに言い放った。
「さて……こんな者らに学校に来て欲しくないと思う者。手を挙げなさい」




