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ウカミタマ ~地球奪還軍第00小隊~  作者: ろくよん
イチカ・アンチノミー
98/99

嵐気流警報発令! ④

「あ、当たった‼」


 手ごたえはあった。

 マグナムを握りつぶすかの勢いだ。

 皆の期待に応えることができた、勝利への道が見えてくる。


「当ててくれた……か」


 モモカは目の前のラァ・ネイドンの頭部を見て確信した。

 もう自分の役割は終わった、肉体が限界を超えて力が入らなくなってしまう。糸が切れたかのように握っていた腕がだらんと手を下ろす。


「この……じゃーま!」


 戦える力を失ったその瞬間をラァ・ネイドンの胴体に真空波をゼロ距離で放った。

 紅き風の刃がモモカの体に突き刺さる。

 鮮血を飛ばし体を赤く染めながら吹き飛ばされ地面に倒れ、ピクリとも動かなくなってしまった。


「あぁ⁉ モモカちゃん⁉ しっかりして⁉ いなくならないで!」

『おい、死んでねえだろ⁉』

「なによこれ、ビーム弾じゃないじゃん! あのオモチャから撃ってくると思ったけど……そりゃそうか! 仲間は殺したくないもんね! よわよわの体じゃあ仲間ごとボクを撃てないか!」


 なぜビームキャノンではなく実弾のマグナムを選んだのか不思議だったが、仲間を巻き込みたくないと考えるラァ・ネイドン。

 その甘さが地球人の弱さだと見下して、


「さっ、こんな奴らはほっといてこんな豆鉄砲を撃ってきたあの男を殺さないとね。遊ぶことなく――」


 トラノスケの命を消しさろうと空へと飛翔しようとして翼を動かし――


「あれ? 翼が上手く……動かない?」


 空を飛ぼうにも翼が思うように動かせず羽ばたくことができない。さらにスクリューの回転速度も全く上がらない。これでは得意の斬撃の竜巻を発射することすらできない。

 何度も何度も翼に力を入れようにも自分が思うように動くことはなかった。

 それどこか自慢の羽が重く体に伸し掛かってくるような、体中に重りをつけられたかのように身体が重い。体自体も上手く動かせない。


(こ、これじゃあ『旋風葬塵』どころか『荒レ狂ウ螺旋』も使え――)

「効くかどうか、不安だった。だがさすが地球奪還軍の科学者たちだ! 自分の命を預けれる兵器を作ってくれる!」

「え⁉」


 いつの間にか地面に降りていたトラノスケ。すでにマグナムの狙いをラァ・ネイドンへと定めていた。


「ウカリウム濃縮弾さ!」


 間髪入れず二発、三発目も撃ちこんでいく。スターヴハンガ相手に油断も容赦もしない。確実に倒し切るまで攻撃は止めない。

 どうみても戦力差のある相手に行う行動ではない。


(イチカのモモカへの治療を邪魔しないようにしなければ!)

 仲間であるモモカを救うための行動であった。トラノスケは自分の身でスターヴハンガ相手に時間稼ぎをしようとしているのである。



 

 一方、イチカは死にかけているモモカを治療していた。ラァ・ネイドンがトラノスケの方に集中しているため治療に専念できる。


「モモカちゃん、早く回復薬を飲んで!」

「…………私の、ことを……気にするな……奴を……殺せ」

「だ、ダメだよ! モモカちゃんを見捨てることなんてできないよ!」

「いいからやれ! 弱っている今が好機なんだ――ごふっ、ごほっ⁉」

「で、でも……」

『ああもう! こうしときゃあいいんだよ!』


 収拾のつかない言い争いにイラつき始めたトオカが表に出て、自身とモモカが持っている回復薬を全部開けて、強引に口の中にぶち込んだ。


「がほっ⁉ ごぼごぼっ⁉」


 溺れるような声を上げるが無視。さらに傷口にたっぷりと回復薬を注ぎ込む。


「むーっ⁉ ごぼっ⁉ ぼふぉっ⁉」

『モモカちゃん⁉』


 顔が青白くなって横たわる。最後にモモカの気を失わせたのはラァ・ネイドンではなく味方の雑な治療であった。

 そして胸に手のひらを置けば、モモカの口から血と灰結晶の粉が吹き出される。

 成し遂げたトオカはこれでよし、と納得したような顔をして、


「これで体の傷も治ったろ」

『雑過ぎるよ!』


 イチカは親友にこんな仕打ちをしたトオカにキレていた。


「これでモモカも治る、戦いに行ける。同時に行えるんだぜ。いいだろ」

『もうちょっと優しく……もう!』

「しばらく寝ていろ。テメーの覚悟を無駄になんかさせねえよ」






 放たれたウカリウム濃縮弾が眼前に向かってくる。

 底知れぬ恐怖を感じたラァ・ネイドン。


「ひぃ⁉」


 悲鳴を上げながら翼で己の身を守る。

 だがウカリウム濃縮弾は弾かれることなくラァ・ネイドンの翼にめり込み溶けていく。濃縮されたウカリウムがラァ・ネイドンの翼から体内に入っていこうとする。


「こ、これは⁉ あの翡翠の光の⁉」


 翼から伝わってくるその嫌悪感に、ラァ・ネイドンは自身の翼を斬り放した。

 そして地面に墜ちた翼は白い灰になって跡形もなく消滅した。

 あと少し遅れれば自分もこうなっていた、そのことにラァ・ネイドンは恐怖する。


「防ぐか⁉ まだ動けるとはさすが災害の嵐を起こすだけはある!」

「ぼ、ボクの翼が⁉ あの弾丸! まさか⁉」


 そしてその恐怖はラァ・ネイドンが追い込まれている証明であった。認めたくないと思っていても恐怖がそれを否定する。


「侵食樹を壊すほどの威力だ! それでも耐えるなんてよ!」


 マグナムの中身を見て弾丸が空になったことを確認して投げ捨てる。

 あとはこのハイドラグンのフルチャージビームキャノンを浴びせれば終わりだ。

 だがラァ・ネイドンはウカリウム濃縮弾を撃ちこんでもまだ空を飛んでいる。

 奴の驚異的な生命力に他のグラトニーとは文字通り格が違うことをあらためて理解した。

 だからこそ今この場で倒し切らなければならないのだ。


「こ、こんなもんで……」


 ウカリウム濃縮弾を喰らっても闘志を消さないラァ・ネイドン。

 体が重い、風も上手く操れない。

 だがウカミタマでもない、たかが人間相手に地を這うなど自身のプライドが許せなかった。



(助けてよ!)



「え⁉」


 その時、突如ラァ・ネイドンの脳裏によぎった知らない記憶。



(なんで誰も助けてくれないのよ! あのロボットが……勝手に暴れて――)



 それはラァ・ネイドンにとって存在しない記憶だったはず。

 だがそれはハッキリと脳の記憶にこべりついている。

 この記憶がまるで過去に自分の身に起きたことであるかのように。


「なに……この記憶は⁉ これもウカリウムってやつの影響⁉」

「動きが止まった? 見逃すかよ!」


 知らない、だが覚えのある記憶が突然よぎって立ち止まってしまう。それはトラノスケに大きな隙を見せてしまったようなもの。


「フルチャージだ! 喰らいやがれ!」

「ま、まずいよ!」


 同じ仲間が重傷を負ったビームキャノンにラァ・ネイドンが怯える。すぐさま回避行動に移ろうとして構えた。

 

 ――プスン……。


 だがハイドラグンが出たのは光ではなく黒い煙であった。


「なに⁉ ハイドラグン⁉」

「……さ、砂塵! 灰結晶の砂がそのオモチャを壊したのね!」

「なんだって……⁉」

(防塵仕様も貫くほどの灰結晶が空気中に漂っているのか! こいつは予想外だ!)


 ヘルメット内の液晶でハイドラグンの様子を確認してみた。ラァ・ネイドンが言っていることは正しく、機械内部に異常物質による稼働トラブルが起きている。

 ウカミタマの体でさえ傷つけてしまう灰結晶の砂がハイドラグンの内部に異常を起こさせたのだ。


「そんなオモチャのない指揮官なんて怖くないよ!」


 ハイドラグンが壊れた、ラァ・ネイドンにとってチャンスは舞い降りた。

 反撃とばかりの真空波。


「見える! パワーが全然ねえ!」


 だが先ほどの音速をも超える風の刃を比べたら断然遅い。ウカミタマよりはるかに身体能力が劣るトラノスケでも回避できる。

 ウカリウムの影響が確実に出ている。

 スピードもパワーもさっきまでと比べたらまるでない。


「反撃の弾丸だ! もっと受け取りな!」

「こんな、あの弾丸さえ……喰らわなかったら!」

「ようやく同じ土俵に引きずり込んだんだ! ここで終わりだぜ! お前は!」


 駆けながらの銃撃戦。

 撃っては走り、走って避ける。

 銃と真空波のぶつかり合い。

 あのスターヴハンガが普通の強化人間相手にこのような攻防を繰り広げていることに、大きな弱体化を喰らわせられたのがわかる。


(一対一でこれなら、どうなるのよ!)


 トラノスケ相手にてこずっていることにラァ・ネイドンは心に大きな焦りを招く。

 怒りではなかった。

 自分がこんな相手に負けてしまうかもしれないという焦り。

 プライドがズタズタになり、そして生命の危機に陥っている。

 魂と肉体が同時に追い込まれていることに焦っているのだ。


「こっち向きな!」


 そうなれば背後からの人の気配も察知できない。強烈な殺意さえも感じることができない。

 風の力で瞬時に移動し、


「なっ――ガハッ⁉」


 からの強烈な右ストレートがラァ・ネイドンの顔に深く突き刺さる。口から黒い血が吐き出すほどの威力、


「オレたちが!」

『あなたに引導を渡す!』

「イチカ! トオカ! 来てくれたか!」

「まだまだこんなもんじゃ終わらねえぞ!」


 今まで好き勝手やってきたグラトニーに猛火の怒りを込めて殴り飛ばす。さらにその殴り飛ばされたラァ・ネイドンに飛んで追いついて、蹴り上げる。


「ガッ⁉」


 上空に飛ばして、そこから自身も風をまとって再びラァ・ネイドンに近づく。そして真上に殴り飛ばしの連発。空に飛んでいくたびに拳をぶつけていき、


「『嵐気流(タービュランス)』!」


 腹に嵐をまとった拳を叩き込んだ。

 悲鳴を上げることなく大地にぶつけられクレーターができた。


「ぐはっ⁉ こ、こんな⁉」

「撃ちます!」

「俺も援護するぜ!」

『ああ! 撃っちまいな!』


 すぐさまイチカにチェンジして、トラノスケと共にビームの弾丸をラァ・ネイドンの体にあびせていく。

 クレーターに叩きつけられて身動きが取れないラァ・ネイドンは的であった。


「キャアアア⁉」


 矢の雨のように降るビームに体が解かされていく。

 ただのビーム弾なんて肉体を変化させればどうってことない。

 だが今のラァ・ネイドンにはそれができない。

 ウカリウム濃縮弾によって肉体が崩壊しているからだ。

 ただただビーム弾の熱に焼かれていく。


(本当に……なんて日だよ……こんな予定じゃなかったのに……あの女相手には油断もしてなかったのに……)


 ボコボコにされて涙がこぼれそうになる。痛みと怒りの涙だ。

 理不尽な目に会っていると自身がやらかしてきた残虐なる行為を忘れて文句の言葉だけが頭の中をめぐっていく。

 現実逃避だ。

 今すぐにでも反撃してぶっ殺してやりたい。


「容赦なく発砲してきて……ムカつく……アイツらムカつく!」


 だが自身の肉体を見るに奴らに勝てないのはわかっていた。

 自慢の翼も真空波も使えない状態だ。

 あまりにも著しい弱体化。

 こんな肉体になってしまったことに気を弱くし、このような体にさせたトラノスケに怒りを抱く。


(ビィ・フェルノの言ったと通りだった! 本当に厄介なのは指揮官だって! アイツがいなければイチカを気持ちよく殺せていたのに! 弱いくせに!)


 全てはトラノスケが原因だ。

 イチカを殺しきれなかったのも、この軟弱な体になってしまったのも、どちらトラノスケが関わっている。

 あの男さえいなければイチカを気持ちよく殺すことができたのに。  


(……殺したいけど……ダメだ……イチカ相手は万全の状態じゃないと勝てない)


 イチカとの前の戦いで一方的に殴られない苦い思い出が蘇る。それと同時に怒りも静まる。

 一度の敗北はラァ・ネイドンを思考放棄の特攻という愚策を削除させた。

 イチカとトオカ、この二人が完璧な状態になってかかってきたら、自身も万全の状態でなければ勝つことは不可能だということを悟っていたのだ。


「逃げるしかない……とにかく逃げるしか……死なないために!」


 ラァ・ネイドンは立ち上がって、近くの黒い竜巻に飲み込まれていった。


「「なっ⁉」」


 これがスターヴハンガが他のグラトニーとは違うところであった。

 知能があるがゆえに追い込まれたらプライドを捨てて戦闘を放棄できること。奴らも生き物、死ぬのは怖いと思うのも当然であり、たとえ相手が地球人相手だろうと関係なく逃走するのである。


「逃がしちゃならねえ!」


 それに焦るのはトラノスケたちであった。

「マズイぞ! ここで逃がしたら奴がまた俺たちに大きな被害をもたらすぞ! あの残虐じみた執念深いクソッタレの精神をもってやがるからな!」

「モモカちゃんが必死になって討つチャンスを作ってくれたのに……!」


 前の戦いでビィ・フェルノを逃がしたことを思い出す。

 奴が生きているから自分たちの情報がスターヴハンガたちに行き渡っている。さらにビィ・フェルノは再び自分たちを攻撃しに来るだろう。

 ならば黒い竜巻に逃げ込んだラァ・ネイドンを見逃せばビィ・フェルノと同じ二の舞だ、それは避けなければならない。

 スターヴハンガを逃がすということは味方に大きな被害を出すこと同じということだからだ。


(頑張ったモモカちゃんも! あの時に殺されてしまったチサキちゃんも! 浮かばれない!)


 絶対に逃がしてたまるか。

 ラァ・ネイドンとはここで絶対に決着をつける。

 それが戦士として親友に送る己の意思なのだから。


「二度同じことはさせるかよ!」

「あの黒い竜巻でも、私なら消せますよ!」


 イチカの方の『嵐気流(タービュランス)』ならばこの黒い竜巻は問題ない。


「まだ火力が足りないか……ハイドラグンが動けば……っ!」


 だがそれでも今持っている武器ではラァ・ネイドンの体を消し尽くすことはできない。

 ピストルでもアサルトライフルでもグレネードでも足りないのだ。

 どうすればいいか、悩んでいると、


「待てよ、あれなら!」


 何かを閃いたトラノスケ、必死になって辺りを見渡す。



 ――モモカが装備していた槍を見つけた。地面に突き刺さっている。


 

「あのスピアの最大出力なら、ラァ・ネイドンだって!」


 モモカの装備している副隊長専用の高出力ビームスピア。最大出力でビームの刃をぶつければ消滅させることができるはず。

 ならばラァ・ネイドンを倒せる武器となる。

 すぐさまビームスピアを持ち上げて、


「受け取れ! イチカ!」

「――っ!」


 イチカに投げ渡す。


「これははモモカちゃんの槍!」

「それをラァ・ネイドンの土手っ腹にぶちこんでやれ!」

『やってやれ!』

「うんっ!」


 握りしめてビームの刃を出現させる。

 そして前方の黒い竜巻に目を向けた。


「『嵐気流(タービュランス)』! うおおおおおぉぉぉっっっ!」


 大地の果てを走り去る騎馬兵の如く、前に向かって走り出した。

 黒き刃の群れの竜巻へと殴り込む。

 空気を固定された風の刃はすぐさま消えていき、イチカが走り抜ける道ができていく。

 ただがむしゃらに走る。

 ラァ・ネイドンに追いつくために。

 今ことに、イチカは嵐となったのだ。


『右斜め前だ! レーダーは動かせた! わずかに反応があったぞ!』


 トラノスケがハイドラグンのレーダーでラァ・ネイドンの動きを探知する。

 イチカに敵の場所を知らせ道しるべを作った。

 それを聞き、迷いなくその方向に足を踏み入れる。


「捉えた!」

「なんだって⁉」


 見えた。

 ラァ・ネイドンが背中を向けて必死に逃げている。


 ――逃がさない。


「死んで詫びて! ラァ・ネイドン!」

「と、飛んで――」

「止まれ!」


 振り向いてイチカの姿を見たラァ・ネイドンが最後の力を振り絞って空に飛ぼうとした瞬間に動きが止まった。

 空気を止められ、逃げる時間さえもとめられてしまった。


「か、体が……動かな――」

「貫けえええぇぇぇぇぇっ!」


 隙だらけの胴体にビームスピアが深く突き刺さった。


「ぐえぇぇぇ⁉」

「まだだ! どこまでも速く! どこまでも走り抜けて!」


 ラァ・ネイドンを突き刺しながら、そのまま走り続ける。

 逃さないために。

 トドメを確実に刺すために。

 そして黒い風を切り抜けてそのまま槍とともにラァ・ネイドンを突き上げて、



「消えてなくなってぇっ!」



 天に向けて光の柱がたった。

 ビームスピアの最大出力、その刃にラァ・ネイドンの体全体が巻き込まれたのだ。


「そんなっ、そんなぁっ⁉ そんなあああぁぁぁっっっ⁉」


 体が焼ける。

 溶ける。

 そして消えていく。

 今まで感じたことなかった激痛と共に肉体が無くなっていく。



(キャハハ♪ 惨めね〜)


 ――なに、これは?


(ナギさん、この子生意気よね。ちょっとお話して差し上げましょうよ。連れて行って)

(ほら、こっちに来なって)

(や、やあ……)

(逆らうの? 不親切だなあ。お話じゃなくてお遊びの方がいい?)

(ひいぃ……い、行きます……行くから……遊ぶのは止めて……)

(ああ、あとナギさん。後でブティックに行きましょう。私が気に入った靴を見つけたの! おごってくれるかしら)

(も、もちろん! ボクたち友達だし……!)


 ――コイツは一体?


(クソ! お前のせいよ! アイツの機嫌を損ねて! 八つ当たりがボクに飛んで来たらどう責任とってくれるわけ⁉)

(い、痛いよ⁉ ナギちゃん⁉ やめてよ!)

(名前で呼ばないでよ! アンタみたいなクラスの底辺に陥ったらどうするの⁉ ひょっとして嫌がらせでボクを引きずり込もうとしている⁉ はーもう! ザコザコザコザコザコ! アイツの機嫌なおしのための金を借りるからね!)

(ま、またっ……⁉)

(いつか返すから。ほら、渡しなさいよ)


 ――この醜い弱っちい女は?


(だ、誰か、助け……ナギさん! 機械人間が暴れてきて……観葉植物の樹に挟まれたの! 助けなさいよ!)

(……なんだ、やった!)

(……へ?)

(今までボクに命令ばっかして! そうやってクラスのてっぺんでふんぞり返っているアンタなんて本当は大っ嫌いなのよ! いい気味ね! ボクは生きて地下に……)

 ――ガンッ!

(ギッ⁉)

(ああっ⁉ ナギさん⁉)

(暴走した機械人間に殴り飛ばされた⁉ もうだめだ⁉ 私たち、皆、ここで……)

(きゃああああああ⁉)


 ――ひょっとして……この血まみれの人間は……ボク、なの?



 信じられない走馬灯と共に激しい光に包まれながら、体が消滅していく。認められない現実がラァ・ネイドンの心も燃やしていった。

 名前を呼ばれた人間がかつての自分なのか。それは定かではない。自分とは信じられないのに、その光景は嘘だとは思えないほどにラァ・ネイドンにとって現実を帯びていた。

 光熱が消えた時、ラァ・ネイドンもこの世界か消え去った。


 記憶も、夢も、現実も、どれも信じられぬままに。


『全てを止める真空に似た空気。名付けるなら『停滞真空圧(エアーズロック)』ってところか』

「……終わったの?」

『ああ、完全勝利ってやつだ!』


 槍を下ろし空を見上げるイチカ。

 灰の空が広がっているが、いつもよりか光って見えている気がした。

 頬にそよ風が撫でてくる。

 その風は……勝負を終えた戦士の心に安らぎを送ってくれたのであった。

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