嵐の中で輝いて
「ちょこまかと飛んでばっかで!」
「そのまま撃ち貫かれていればいいものを!」
リオが大地と空を縦横無尽に駆け飛びながら、ラァ・ネイドンの風の刃を避け続ける。
トラノスケとイチカを逃げさせた後、リオはラァ・ネイドンを相手にしていた。
トラノスケたちを追わせないようにするための足止め、そしてラァ・ネイドンを討伐するために。
「雑魚も多いわね!」
ソウォンも周りの小型グラトニーの討伐をしている。ガンビットを巧みに操り、一気に殲滅していく。
敵をラァ・ネイドンだけにするためだ。
「くっ⁉」
そしてリオは自身に向かってくる風の刃を冷や汗をかきながらも避け続ける。刃が大地をバターを斬るかの如く斬撃の後を残しているのを見て、風の刃の切れ味の鋭さに戦慄しながらも、銃の引き金を引くことを止めない。
スターヴハンガ相手ならこれぐらいはできるだろう。
ビビることはあっても戦う闘志を失うようなことではない。
「スターヴハンガは生かしてはおけない!」
殺意を抱き銃口を向ける。
避けつつビーム弾を放って反撃を仕掛けるも、羽で防ぐラァ・ネイドン。リオが光を屈折させることを知っている前提の動き。
「ビィ・フェルノからあなたの戦い方を聞いているからね。避けるなんてしないよ」
リオがビームを曲げられることは仲間のビィ・フェルノから聞いていた。
だからウカリウムの光を軽々と防げる自慢の翼でビーム弾を防いでいるのだ。
「ホラホラ! さっさと斬り刻まれなよ! ボク、キミには興味ないんだよね! ビィ・フェルノが殺すなって言われているしさ!」
「なら素直に撃ち抜かれたらどうだ?」
「まさか! なんでキミなんかのために痛い思いをしなければならないの? でもね、ボクは仲間に対してはちょっぴり優しいんだ。だからキミは手足と胴体をお別れするだけに済ませるよ!」
「グラトニーが優しさを口に出すのか? 非情な存在の癖に!」
自分勝手な言い分にリオが怒りを燃やす。
隊長としての責任を持っていたとしても、家族を奪い去ったグラトニーに対しての復讐心は消えていない。
頭は冷たく、しかし心は熱く、今のリオは冷静なる殺人マシンだ。ラァ・ネイドンを撃ち貫くことだけを最優先して行動する。
「リオ! アタシの銃撃を使いなさい!」
そこにソウォンの援護射撃がやってくる。リオに向かって放たれるビーム弾。リオ以外なら味方への誤射、だがリオなら『光射す道』で軌道を曲げれることができるため援護射撃となる。
「いい狙いだ!」
ソウォンが撃ってきたビーム弾を『光射す道』で自分のものにする。軌道を曲げつつ速度を落とし、更にサブマシンガンで弾幕を厚くし、弾速が別々に違うビーム弾の壁がラァ・ネイドンに向かって貫こうとしていく。
避ける隙間さえ封じた確実に命中するであろうビーム弾の群れ。
普通のグラトニーなら一瞬で灰と化す。
「その程度のそんな弾幕で? 鼻で笑っちゃうね!」
背中の翼がラァ・ネイドンを包み込み己の身を守る防壁と化す。そしてそのまま上空に逃げながら翼でガード。ダメージを遮断していく。
「空を飛んでも! ホーミングで!」
「上空はアタシの攻略ポイント! ガンビットなら!」
下からリオが、上からソウォンの射撃。
リオが地上から撃ち放ち、ガンビットを操作しているソウォンが真上から撃ちこむ。ビーム弾の挟み撃ちだ。どこまでも狙い続ける執念の射撃。
いつまでも攻撃され続けていることにラァ・ネイドンは怒りのボルテージが上がっている。
一方的に攻めるほうが好きに決まっている。
「ちびちびちび、うっとおしい! なんでボクをイラつかせることばかりするのかな!」
避けながら翼のスクリューに風の力を怒りと共に溜めていく。
激しく回転し歪な音を立てながら、
「あの女じゃなければ! この刃の竜巻は止められないでしょ! ザ〜コ! 『舞イ踊ル旋風』!」
両方のスクリューから刃の竜巻が空気を斬り刻みながら放出される。狙いはもちろん、地上にいるリオ達だ。
「くっ……!」
「ちっ! 避けるしかないわね!」
喰らえば体が二つに分かれる。そんな目に会うのはごめんだ。
二人は刃の竜巻に当たらないように必死に回避する。
「見えた!」
そして避けつつも射撃を繰り出すも、それらは全て羽で防がれる。目標には当たっている、しかしダメージが全くない。
「キャーハッハッハ! やっぱりあの乱暴なバカ女じゃないとボクは止められない! 細切れの野菜になっちゃいなさいよ!」
(こちらの攻撃がまるで聞いていない……すべてはウカリウムを防ぐために作られたあの羽が原因か)
普通のビーム重火器より威力が高くカスタムを施された『ジャック&エース』でも、あの翼を貫通することができない。それどころか焼き焦げ一つついていない。
ビームを遮断する特殊な素材を侵食し、それを模倣して作り上げられたラァ・ネイドンの鋼の翼。
それは奴の最大の盾であり、鋭い羽が積み重なった翼は敵の肉を抉る刃でもある。
ラァ・ネイドンが自慢にしているのもわかる性能をしている。
「風の刃……思ったより対処が難しい」
これがラァ・ネイドンの討伐をより困難にしている。
名刀が如く鋭い切れ味を誇るラァ・ネイドンの風の刃。それをかまいたちにして飛ばしたり、刃の嵐として飛ばしてきたりしてくる。
少しでもかすったら重傷を負ってしまう。
それが厄介なのだ。
リオは襲ってくる風の刃に絶対に当たらないことを心がけて避け続けている。
「白神リオ! キミ、他のよりちょっと強いね。でもザコな事には変わりないよ! ボクの風に踊らされているんだから!」
スクリューの旋刃に加え、指先を撫でるように振るって真空波も放っていく。
弾幕で攻められたお返しとばかりに風刃の黒き弾幕でリオたちを斬り裂こうとしてくる。
「もう! 風の刃だけなら問題ないのにあの竜巻が厄介よ!」
「ザコザコザコザコザコザコ! ほら撃って来なさいよ! ビビってんの? なっさけなーい!」
「人の神経をイラつかせるようなことばかりを……」
「さっさとキミたちを片付けてあの女を追いかけないと――」
自分の目的はイチカの命だ。
だからリオ達を早く殺そうとして竜巻を出し続けようとしたら、
「ッ⁉ ボクの新居が⁉ 侵食樹がない⁉」
「なんですって?」
「マリたちがやってくれたか」
ラァ・ネイドンの本拠地でもある嵐の侵食樹が無くなっていることに気づいた。リオ達はカズキの部隊が侵食樹を破壊したのだというのをラァ・ネイドンの言葉でわかった。
自分が作った新たな家が壊された。
ただでさえ殺したかったイチカが目の前で逃げられた上に自身の家まで壊された。
すでに心に怒りが宿っていたらラァ・ネイドンであるが、それを超えて憤怒となりリオ達に怒りの矛先を向ける。
「なんで! ボクを怒らせるようなことばかりするんだよ! キミたちはさ!」
「貴様が私たちに殺戮を繰り出してきたからだろう!」
「人のものを壊すなんて! やっていけないことなのに⁉ そんな奴は肌をはぎ取ってあげるよ!」
奴の脳裏にイチカを追いかけて殺すという目的はなくなっていた。
溜まりに溜まった怒りの感情を、今ここで八つ当たり気味に発散してやる。ただただ蹂躙して気持ちよくなりたい、そんな思いと共に殺意をリオ達にぶつけに行った。
「ボクのとっておき! 侵食技法! 『旋風葬塵』!」
全てを削り消失させる嵐刃の黒き塊がラァ・ネイドンの手元に現れる。
触れたものを瞬く間に削り取る殺意の塊がリオに向かっていく。
(ダメ……あれを喰らったら負けるわ!)
戦士としての直感がリオの脳裏に伝わる。
あの黒い塊に触れてはいけないと。
ジェットブーツの出力を最大にして、体に大きな負担をかけながらも避けることに徹する。
「斬られるよりエグい目に合わせてやる! ここまで邪魔ばかりするキミたちをさ!」
残虐な精神によって動かされる黒い塊がリオの体に狙いを定める。黒い塊からも感じ取られる殺気にリオは自分の命の危機を察した。
当たってはならない、そう思い必死に避ける。
当たるギリギリの距離で避け、黒い塊が大地に激突する。が、それでも止まることなく大地を削りながら跡を残し、リオに向かって再び飛ぶ。
(地面に巨大な爪痕のようなものが!)
硬い灰結晶の地面さえも軽々と削り取るその破壊力。リオに焦りを生み出すのは当然であった。
あの黒い塊に最大限の警戒をせざるを得なかった。
先ほど感じた生命の危機は間違いなんかではない。
あの黒い塊はどんなものでも削り取る、絶対の盾さえも貫く最強の鉾である。それをリオは今の一瞬の攻防で感じ取った。
「もう、だめ! 当てても消えない!」
リオを助けようとソウォンが『旋風葬塵』を消し飛ばそうとビーム弾を当てるも、そのビーム弾も無残に削り取られて何もなかったかのように消え去る。黒い塊は依然としてリオの肉体を抉ろうとして飛び回る。
「もう逃げ場はないって! 自覚したらどうかしら!」
さらに翼から竜巻を放って攻撃する弾を追加する。『旋風葬塵』を動かしているときは手から風の刃を放つことはできない、しかし翼から風を放つことはできる。
そして放たれた刃の嵐はリオの行く道を塞ぐように動いていく。リオも黒い塊に警戒しながらラァ・ネイドンの放つ黒い竜巻を避けようとするも、
「ぐっ⁉ 足が――っ!」
「リオ⁉」
数が多く避けきれない。
リオの太ももに半球体の抉られた跡が生まれ、そこから激しく出血し地面に倒れこんだ。
「達磨にして飾ってあげるよ! 筆の用意をしてね!」
「リオ! この!」
「キミは邪魔!」
反撃しようとしてきたソウォンに『旋風葬塵』と大量の刃の竜巻を放った。動けないリオに放ったものよりも大量の風の弾幕がソウォンにやってくる。
「ガッ――⁉」
これにはソウォンも避けきれない。
刃の竜巻がソウォンの体を巻き込み、体全身に切り傷をつけ全身を真っ赤に染めていった。血をまき散らしながら地面に倒れ伏す。
「ソウォン⁉」
「ビィ・フェルノに感謝しなさいよ、キミは! この場で! 死なないんだからさ!」
再起不能にさせようと、『旋風葬塵』の黒い風が最高速で飛ばしていく。
命をとることはない、だがしかしそれ以上の苦痛を与えに来る。生かさず殺さず、ラァ・ネイドンの切り札をその身に喰らえば、殺生与奪の権利を握られてしまう。
もしこの場で再起不能になれば襲ってくるのは身動きが取れない死に近い激痛ではない。
血まみれになったリオの命を盾にして他の部隊に襲い掛かるだろう。
ラァ・ネイドンなら絶対にそうしてくる。スターヴハンガの醜き心をリオは何度も見ているのだから。
(お姉ちゃんとトラノスケを悲しませるような真似は……したくない!)
私は死兵ではない。
チャージされたサブマシンガンを撃ち放つ。
「悪あがきを――」
再びビームを遮断する性質を持つ翼で防ごうとする。
ビームが翼に激突して――
「えっ――ぐへっ⁉」
もビームは消えず、そのままラァ・ネイドンの顔に向かって急上昇して激突した。
「翼以外は脆いのね、塵のように」
顔に当たったことで制御していた『旋風葬塵』があらぬ方向に飛んでいき、リオに直撃することが免れた。
「光を操るのよ。当然、その場で止めることだってできる。翼には当てていない」
リオが放ったビーム弾はラァ・ネイドンの翼には当たっていない。当たる直前でぴったりと止めていた。リオのキセキ、『光刺す道』ならば光速で動く光さえも止めることができる。
光を操るとはそういうことだ。
そして油断したその瞬間を狙って再び動かしたのである。
「痛いなあ~……たくさん痛めつけられたいんだね! このザ~コ女がさ!」
攻撃を当てられ痛みを感じたラァ・ネイドンが怒りと苦痛に表情を歪ませる。
全てが気に喰わない我儘な子どものような癇癪。ここまで痛みを押し付けてきた地球奪還軍に激怒するしかなかった。
「雑魚相手に随分と手こずっているようだが?」
「いい気にならないで! ザコの癖に!」
(まだ片方の足が動ける……まだ勝機は失っていない!)
まだ傷ついていないもう片方の足を動かして怒りに狂ったラァ・ネイドンの攻撃を避けようとするリオ。
どれだけ劣勢でも諦めはしない。
とにかく耐えて反撃のチャンスを伺おうとした。
――ドドドドン!
「なに⁉」
ラァ・ネイドンにビームの雨が降り注いだ。
「ビームバルカン⁉ これは!」
『リオ! よく耐えてくれた! 応援きたぜ!』
空を見上げれば一つの大きな円形の物体が飛んでいる。
それを見てリオは嬉しそうに笑みを浮かべる。
彼女にとって最も頼りになる人がこの場に戻ってきてくれたからだ。
満ちていた希望がより輝く。
「トラノスケ! それにイチカも! ケガが治ったのか!」
「なに⁉ アイツらが戻ってきたというの⁉」
ビームを撃ってきた人物の顔を見てラァ・ネイドンは驚きつつ狂気的な笑みを浮かべた。
「戻ってきたんだ……イチカ! 殺したかったんだよ!」
自分を痛めつけた仇なす存在であるイチカが、再びこの場に現れた。それはラァ・ネイドンの心にある復讐心に大きな火が灯る。
ラァ・ネイドンの一番の目的は平泉イチカを痛めつけて地獄を味合わせながら殺すことなのだから。
そしてイチカとトオカもラァ・ネイドンを倒すために、再びこの場にやってきたのだ。
「トオカ!」
「わかっている! ラァ・ネイドンを吹き飛ばすからリオを治せよ!」
肉体の操作をトオカに変え、ハイドラグンから飛び降りる。
そんな行動に心にいるイチカが焦り始めた。
『だ、大丈夫なの⁉』
「問題ないぜ! オレはそれを飛べるからな!」
『は、初めて知った……』
体に風をまとい空を飛ぶ。
そして片手に嵐の激風を集中させて、
「『嵐気流』! フルパワーだ! 『暴嵐警砲』!」
トオカの十八番、嵐の大砲である『暴嵐警砲』が炸裂。
大気を大きくゆがませて、怒涛の嵐がラァ・ネイドンに襲い掛かった。
「えっ……これは、さっきに比べて、パワーが格段に……きゃあ⁉」
止め切れると思ったラァ・ネイドン、だが前に喰らったものよりも威力が高くなっており、その嵐に吹き飛ばされていった。
これでリオとソウォンが襲われることはない。一命をとりとめた。
「ラァ・ネイドン! さっきはよくもやってくれたな⁉ 仕返しにこの世から吹き飛ばす嵐を送ってやるよ!」
『トオカちゃん、落ち着いて……』
「わかってる、お前に迷惑をかけるような真似はしないさ。トラノスケ! 二人を頼むぜ!」
「治したらすぐに駆け付ける!」
「おう!」
『はい!』
二つの嵐が宿命に導かれるかのように、黒い風のスターヴハンガに再び相対するのであった。




