嵐の前の静けさ
トラノスケたちはハイドラグンで空を飛んでいる。
灰色の空と大地を一筋の翡翠の光が裂いていく。落ちないように、しかし目的地まで最短でたどり着くようにマッハを超える速度でハイドラグンを操縦する。
『マジで、オレが空飛ぶより速いぜ! このドローン! 見た目以上に高性能だ!』
「初めて乗りましたけど、飛行機の羽の上に立っている気分ですね……落ちたらどうしよ」
「そうならないように、ちゃんと運転してっからよ!」
空を飛びながら周囲の警戒を怠らない。常にレーダーに目を配らせながら、その瞳で周りや大地にグラトニーがいるかどうかを確認していく。
急に奇襲でも仕掛けられて墜落でもしたら自分たちの命だけなく、仲間の命も危険に陥ってしまう。
地上での安全運転とはグラトニーに攻撃を受けないことである。
「――待て、レーダーに反応がある!」
飛行している時にレーダーがグラトニーを捉えた。
「近くにグラトニーがいるのですか?」
「グラトニーがラァ・ネイドンのところに集まってきている」
「え⁉」
無数のグラトニーの反応がヘルメット内の液晶から記される。多くのグラトニーがラァ・ネイドンのところへ向かっているのだ。
トラノスケは険しい表情になる。ラァ・ネイドンに戦力が集まっていく。ただでさえスターヴハンガを相手にするだけでも命を一瞬で失う可能性があるのに、更に敵が増えるのだ。
「な、なんで?」
「数で攻めるんだろう。仲間を集めて敵を潰す、いい作戦だ。このままだとリオ達がマズイぜ、奴らも必死ってことか」
『アイツは敵を虐め倒せればなんだってするぜ。おそらくリオとの戦闘が思ったより長引いてイラついて仲間を集めたんだろうよ。イチカにしでかしたようなことをまたするにちげーねえよ!』
「普通は勝ちたいから仲間を募るだろうに、やっぱり根が腐ってやがるぜ、グラトニーは」
このままでは無数のグラトニーの集団とも戦わなければならなくなる。ただでさえラァ・ネイドンも脅威の存在だというのに。
トラノスケたちはエリナに通信をつなげる。
「エリナさん、聞こえるか?」
『はい! 何か緊急な事態でも?』
「ああ、この周辺のグラトニーがラァ・ネイドンの下に集まっている! 軍団を作ってリオ達を追い詰めるつもりだろうぜ!」
『ほ、本当ですか⁉ それは大変な事態ですよ!』
『応答願う! 松下指揮官!』
さらに違う人の通信がつながる。
「小笠原指揮官か!」
『こちらは侵食樹の破壊に成功した。任務の一つは達成できた』
「おお! さすが! 確かにさっきあった樹がなくなっている!」
『マジだ! やりやがるな!』
空を飛びながら確認してみると、確かに元々侵食樹があった場所が綺麗さっぱり無くなっていた。
これで当初の目的は達成された。
「こっちも平泉隊員の治療は完治した。だがちょっと危ない事態が起きた」
『グラトニーがラァ・ネイドンの下に集まっている。そうだろ?』
「ああ、話が速い」
『私も侵食樹を破壊した後、周辺をレーダーで調べた。そして君と同じようにグラトニーの大群が動いていることに気づいたよ』
「で、どうする? 討伐しに行きたいのが、ラァ・ネイドンと戦っているリオたちも心配なんだ」
「そうだな……」
そう悩んでいると、
『あー、マイクテステス。皆、聞こえてる? 無事?』
「その声は……アスカさん!?」
第02小隊の隊長、アスカが通信に入ってきた。
彼女が無事だったことに皆が驚きつつも安堵の声をこぼした。あの刃の嵐に巻き込まれて生きていた。やはり隊長はそう簡単にはくたばらないのだ。
『アスカ、やはり無事だったか!』
『いや、遅れてごめん。ちょっと腕の治療に専念しててさ。ようやく治ったよ』
「かなりの大怪我だったのか」
『輪切りになってた』
「えっ」「は?」「えーっ?」
『あー、もうちゃんとつながっているから心配しないで』
予想以上の重傷を喰らっていたアスカに言葉が出ないトラノスケ。アスカ本人はあっけらかんとしているが、トラノスケは唖然とする。他の二人も口を閉じてしまった。
腕を輪切りにされても平然としているそのメンタルに恐怖すら感じてしまうも、アスカはそんなことは気にせず話を続ける。
『で、話を聞く限りラァ・ネイドンが僕たちを潰すために戦力を集めているってわけだね』
『ああ、そうだ。話が早い』
『なら、簡単なこと。皆でグラトニーの集団を倒し、一部隊はラァ・ネイドンと戦う。それが最善だと思うよ』
「で、誰がラァ・ネイドンと戦いに行く?」
この作戦の一番重要であろうラァ・ネイドンと戦う隊員は誰にするか、だ。
『僕が行くべきだ』
真っ先に立候補したのはアスカである。
『スターヴハンガ相手には少数精鋭、エースをぶつけるのが一番でしょ。それにやられぱっなしは性に合わないんだ、僕は』
アスカがお返ししてやる、と殺意と闘志をむき出しにしている。
実際考えてみればアスカに行かせるのがベスト。第02小隊の隊長である彼女は実力も他の隊員より突出している。スターヴハンガ相手にも戦えるだろう。
『オレに行かせろ!』
「っ! トオカ!」
それに待ったをかける人物が。
トオカが声を上げた。
『……平泉君、また勝手に行くつもり?』
『ヤツはオレたちがケリをつける! それだろ、イチカ!』
「そ、それは……」
『待て、どうなっている? 平泉隊員の声が二つ聞こえるぞ』
「色々あってイチカの人格が二つ同時に出れるようになった! 詳しい話は後で!」
『……え、うそ。マジ?』
イチカに対して圧のある声を投げかけていたアスカ、一瞬にして戸惑ってしまう。
急に人格が二つになったとか何があったのか首をかしげてしまった。ラァ・ネイドンと戦うことを考えるべきなのにこの瞬間だけイチカの精神面に大きな疑問を抱いてしまっている。
「色々と話し合ったんですよ。心の中で。とにかく今のイチカとトオカは頼りになる! こちらがちゃんと指示を出す! だから――俺たちにラァ・ネイドンの相手を任せてくれないか?」
『……平泉イチカ隊員。覚悟はできているのか?』
カズキもイチカの人格のことは戸惑ったが、それは後に考えることにした。
それよりもイチカの意思を聞きたかった。
ラァ・ネイドンという強大なる敵、それを相手にする覚悟があるかどうかを。
「……大丈夫です。トオカちゃんと、指揮官のトラノスケさんがいますから。もう逃げません」
迷いなくそう言い切った。
その声に恐怖は一斉感じない。歴戦の戦士のような、敵を絶対に仕留める、そんな強い意志を今の言葉に誰もが感じ取る。
『イチカもこう言っているんだ! いいだろ!』
『…………アスカ。君の意見を聞きたい』
『いいんじゃない。行かせよう』
即答。
アスカはトラノスケがラァ・ネイドンを相手することを賛成した。
「アスカさん、いいのか?」
『今の平泉君は怯えてない。覚悟は決まっているんだろ? なら任せるよ。もう一人の平泉君は結構強いし。君たち三人に信頼して、戦いを託すよ』
「……萩さん」
熱い気持ちが宿った。
アスカのその信頼にイチカは心を震わせた。
こんな自分に期待をよせている、そのことに。
『アスカ、君がそういうなら私も賛同するを得ないな』
カズキもトラノスケたちに託すことを決めた。
この瞬間、ラァ・ネイドンの相手はトラノスケたちに決まったのであった。
『よっしゃ! トラノスケ、ならさっさとラァ・ネイドンのところに向かおうぜ!』
「ああ! アスカさん、小笠原指揮官、任せてくれ!」
『うん、勝利の報告を待っているよ』
『健闘を祈る。私たちの部隊も行動を開始する』
「はい!」
通信が終わり、
「イチカ、トオカ! アスカさんたちに任されたんだ! 無様な格好は見せられないぜ!」
『わかっているよ!』
「はい、絶対に勝ちます!」
三人とも、闘志をより漲らせてラァ・ネイドンのところへ向かうのであった。
「平泉君、なんか様子変わったなぁ」
一方アスカは通信を切って後、イチカの様子の変わりように驚いていた。
イチカの言葉を聞いたとき、先まで感じていた恐怖に心を折れていた臆病者だったとは思えないとアスカは思う。
まるで人が変わったかのようだ。
己の宿命を立ち向かう覚悟を持っていた。今まで過去に逃げてい続けていたイチカとは考えられない。
それに、人格が二つ表に出ていることも驚きであった。
アスカはイチカに心が二つあることは知っていた。小隊の隊長なら色々と問題を起こしたイチカの情報が耳に入っている。突然、凶暴になるのはもう一つの人格、トオカが原因であると。
それがいつの間にか仲良くなっているのだ。知らない間に色々と起こりすぎて頭の整理が追いつかない。
「トラン君のおかげかな。新人なのによくやるよ」
イチカが変わったのは間違いないくトラノスケの行動だろう。
まだ一か月も経っていない新人の活躍に舌を巻く。
「二重人格、そして魂のバディ……面白いロマンだ、僕もそういうの憧れる……ってそんなこと考えている暇はない!」
ホバージェットで空を飛び、レーダーで確認された場所を肉眼で確認する。
「敵さん発見。いや大量だな~、止めないとマズイ」
大群のグラトニーが猛スピードでラァ・ネイドンのところまで向かっている。さながら軍の行進、あまりの数の多さに真正面に立てばひき殺されるのではないか、そう思ってしまう。
「正直に言えばトラン達が心配だけど、なら雑魚どもを一気に殲滅するしかないでしょ。それに、彼女も行かせたし」
本当ならラァ・ネイドンは自分が戦うべき相手。しかしそれはイチカたちにも当てはまるものなのかもしれない。
過去に起きたイチカとラァ・ネイドンの因縁。
宿命を乗り越えるとはそういうことだ。
ならば自分は成すべき役割をこなすだけだ。
「『摩訶不思議なポケット』は何だってしまえる。強力な武装だって、地上でありがたい食料だって――」
アタッシュケースが開かれて、
「そろそろ出番か⁉」「ケガ治りましたよ!」「敵はどこです⁉」「皆、うるさいよ! 隊長の指示が聞こえないよ!」「生きててよかった~」
大型のビーム兵器を装備した隊員たちがぞろぞろと飛び出してくる。
ラァ・ネイドンの大型嵐球に巻き込まれた隊員たちだ。
実際、アスカが必死になって嵐球と止めようとしたものの、そのパワーに押し切られて嵐の刃に巻き込まれたものの、『摩訶不思議なポケット』からさらに防衛用のシールドビットを出して部下たちの命を守ったのである。
ケガはしたが死亡した隊員はいなかった。
アスカが行動できなかったのは自身の回復だけでなく隊員の傷も治るのを待っていたのだ。
「――仲間だってしまっちゃんうんだよ。『摩訶不思議なポケット』は僕がいる限り最も安全な場所なんだ」
「隊長! そろそろ仕掛けるのですね!」
「ああ、大群のグラトニーをぶっ殺すのさ」
自分の部下を『摩訶不思議なポケット』から出させてやること、それは遠くから大量の弾幕を撃ちだしてグラトニーたちを一気に殲滅することであった。
「弾のことは気にしないで。一匹もグラトニーをラァ・ネイドンの下に行かせてはいけないよ」
「「「了解!」」」
「「「銃身が焼けこげるまで打ち続けます!」」」
「よし! さあ、弾幕ショーの開幕だ」
全隊員、狙いを定める。
「レッツパーティー! ファイア!」
「「「発射!」」」
全隊員、全砲門射撃!
ビームミサイルが、巨大なビームが、グレネードなどの様々な弾がグラトニーたちの頭上から降り注ぐ。
大地に翡翠の炎が溢れ、その光がグラトニーを浄化させていく。
いきなりの奇襲、しかも圧倒的な翡翠の光を前に、ただ逃げ惑うことしかできず消失の危機に恐怖する。
それでも弾の雨はやまない。
「僕、機嫌が悪いんだ。グラトニーたち、ちょっと付き合ってくれよ!」
キャノンの火を吹かせながら、一方的に屠っていく。
トラノスケたちの勝利を祈りながら。




