イチカとトオカ
心の中のもう一人の自分、トオカと話を終えて目を覚ます。
「……夢、か」
「目覚ますの早!」
「えっ⁉ いきなりそんな事言われるんですか⁉」
寝起きにそんな事言われて困惑。トラノスケもエリナも驚いているところを見ると本当に僅かな時間しか寝ていないようである。
「わ、私が寝てから起きるまでどれくらい時間が経ったのですか?」
「三十秒もたってない」
「本当に早っ!」
そりゃあ驚くわ、とイチカも同じように驚いた。
「精神と夢の世界だったからかな……流れる時間が現実と違ったのかも」
「そんな場所に行っていたのか」
「ならそうかもしれませんね〜」
ということは、
「もう一人の自分を出会って話せたんだね」
「はい、結構優しいかったですよ」
「想像できないが、イチカ相手ならあり得るか」
もう一人のイチカが主人格のイチカに対して優しい態度を取ることは想像できる。今回の任務に出た理由や、今までの言動を見るにイチカのことを大切に思っているのがわかる。
それでもグラトニー相手に暴れまわったり、指示を無視するからトラノスケから見たら想像できないのだ。
『想像できないってどういうことだ! おい、ボケ指揮官!』
イチカが発しているとは思えないほど乱暴な言葉が飛び出てきた。
トラノスケはそれがイチカの言葉でないことは理解していた。乱暴ごとには無縁のイチカならばそんな言葉は絶対に言わない。
「イチカっ? 凶暴な方のイチカか! でも髪の色は変わってないな」
もう一人の凶暴な方、すなわちトオカの方だと思っているが、イチカの容姿は変わっていない。
というかイチカが気絶していないのにもう一人の人格が出てきていることに驚愕している。前までならイチカの中の人格は一つしか表に出ないというのに。トラノスケの頭の中は混乱しかけている。
一体何があったんだ、そんな疑念を抱いていると、
「待ってください! 指揮官ちゃん、イチカちゃんの瞳の色が片方だけ変わっていますよ!」
何かに気づいたエリナがイチカの瞳に指をさす。
右目だけオレンジ色から青紫になっていた。
それはトオカの瞳の色である。なんと片目だけ色が変わっているのだ。
『マジッ?』
「えーと、鏡ですよ」
『んあ? マジだ! てかオレの髪じゃない! やったぜ、イチカ! オレたち二人ともいるぜ! もう片方しか人格が出るようなことはないだろうな!』
「な、なんとか上手くいった……」
心の中のトオカも自身の容姿に驚きながらも、自分の人格が気を失っていないことに気づいて歓喜、イチカもトオカと話せることに安堵の息を吐いた。
今まではどちらかしか人格を表に出せなかった。
だが今はイチカとトオカの人格が表に出ている。
二人の考えが上手くいったのである。
「じ、人格が入れ替わるどころか両方出るようになったのか!」
「まあ!」
トラノスケとエリナもイチカが人格を自由に出せるようになったことに喜んだ。
これで戦闘でも射撃が得意なイチカ、圧倒的なパワーを持つトオカと切り替えながら戦えるようになれるというわけだ。
「っても両方出せるのはあくまで精神だけだな。肉体の力や『キセキ』の力は別だ」
「あっ、髪の色変わった」
髪の色が赤紫になる。
人さし指を伸ばせば、そこから小さな竜巻が現れてテントにいるトラノスケたちの髪をなびかせる。
「今はオレが肉体を動かしている状態だ」
『わ、私は心の中にいます』
「どうやって話しているのですか? イチカちゃんが喋っている時、口動いていませんよ」
『そういえば心の声も聞こえるんですか……』
「まあ、『キセキ』の力じゃね?」
「『キセキ』の力ってすげー」
「適当過ぎませんか?」
髪色によってどちらかの人格が肉体を動かしていることがわかる。今はトオカが肉体を操作しているのだ。
ちなみになぜ肉体を操作していない方の人格の声が聞こえるのかは不明。トオカはウカミタマの『キセキ』の力ではないか、と言っているがエリナは納得していない様子。険しい表情を浮かべていた。
いつも和やかな顔をしているエリナ、珍しい表情だ。
「しかし、わかりあった二重人格ってこういう風になるんですね。心の病を克服すると仲良しになる、なるほど……」
「まあ、オレたちが特殊なだけだろ」
「イチカ、上手くいったな! 人格を自由に入れ替えるどころか二人同時に出せるなんて、大成功じゃねえか!」
『はい! なんとかうまくいきました!』
「おっと指揮官! オレはイチカじゃないぜ」
『あっ、そうですね』
「ん?」
「オレは平泉トオカ。全てを連れ去る嵐そのものだぜ」
あらためて自分の名前を名乗るトオカ。
表情はとてもうれしそうだ。
親愛なるイチカから貰った名前を名乗れる。
それが嬉しいのである。
「トオカ……それが君の本名だったのか?」
「ついさっきイチカに名前を付けてもらったのさ。どうだ? いい名前だろ?」
「いい名前じゃないか。イチカ、最高にセンスあるぜ」
『そ、そうですか? よかったぁ~』
「イチカとトオカ、まるで姉妹みたいだ」
「まあ魂の姉妹だからな!」
『だね!』
「仲のいい二重人格ならそうだな。って、仲良く世間話している暇はないな。イチカ、トオカ、体は問題ないな?」
「ああ、痛くねえ。完治してる」
『大丈夫です!』
「よし、戦線に戻れるな! なら武装の準備をして――」
イチカの体に傷はない。戦闘に戻っても問題ないぐらいには体力は回復している。
やる気もみなぎっているし、ならばラァ・ネイドンの元へ向かうための準備を今すぐするべきだと指示を出そうとするトラノスケ。
「……あー」
だが、何か気まずそうに背中を向ける。心なしか顔も赤い。
「おい、指揮官どうしたんだ?」
「まさか、グラトニーのウイルスが⁉」
二人とも心配するが、
「いや、その、な。イチカの今の武装がな……」
「へ?」
「ん?」
『はい?』
三人困惑しながらイチカの体を確認する。
ボディースーツが切り裂かれていてボロ布のようにズタズタになっている。
そこから肌が見えており――いやほとんどスーツがないため、大事なところしか隠れていない。
先ほどまでは体は血にまみれていたため早く治療しなければならない焦りなどがあって気にしなかったが、今になって結構マズイ格好をしていることに気づいたトラノスケ。
そしてそのことを指摘されたイチカは心の中で顔を真っ赤にして、
『キャーっ⁉ やだ、トオカちゃん! 早く体を隠して!』
「な、なんだ? 急に叫んで」
『いいから早く!』
「そういえばボディースーツ斬り裂かれてましたね……出血の方に目が行って気にする余裕ありませんでした」
「……すまんな、怪我治ったのならすぐテント出るべきだった。俺、外で待っておくんで」
すぐにテントから出るトラノスケ。ただでさえ気まずいのだ。これ以上いたらイチカに迷惑だと思い、テントの外でハイドラグンの整備を始める。まだ頬に熱を感じるが、作業している間に消えると思って整備に集中する。
一方イチカは心の中で膝を抱えている。今はトオカが体の操作をしているので、恥ずかしくなって顔が赤くなることはない。
なんならトオカは胸張ってドンと構えている。
「なんだ? 照れてんのかよ。気にすんなよ、オレの体に恥ずかしいところはないぜ」
『私が! はずかしいの! ってあーっ、指揮官さんはこれっぽっちも悪くありませんから! 命の恩人ですから気にしないでください!』
(トオカちゃん、羞恥心ないんですか?)
そんなひと悶着があるも、すぐに新品のボディースーツに着替えて武装を確認。ビーム弾を連射するアサルトライフルは第02小隊の人たちに貰った。イチカが使っていた物は量産品のため扱うことには問題ない。準備ができてテントの外にいるトラノスケのもとに向かった。まだ顔が赤いが、トラノスケはそのことは聞かず知らないことにした。
「指揮官さん! 準備完了しました!」
武装を装着したイチカ。今はイチカが体を操作している。
『オレも問題ねえ! いつでもアイツをぶちのめしに行けるぜ!』
イチカとトオカも臨戦態勢。
ラァ・ネイドンとの再戦もすぐにしたいと待ちかねている。
今まで怯えていたイチカだが今は違う。心に怯えはあるが、自分を支えてくれるトオカがいる。自分を支えてくれる指揮官のトラノスケがいる。
勇気がイチカの恐怖を吹き飛ばしてくれている。
『指揮官ちゃん、私も行きましょうか?』
「いや、エリナさんはここから援護射撃を頼む。敵はラァ・ネイドンだけじゃあないからな。他のグラトニーも注意しておかないと」
『わかりました』
『なんで通信越しで話しんてんだよ』
「まあ、仕方ないよ。エリナさん、男性が苦手だから……」
ハイドラグンの整備も終わり、トラノスケはハイドラグンの上に乗る。
相棒のハイドラグンを起動させ反重力装置で空に浮く。
「よし、乗れ! 最高速でかっ飛んでいくからよ!」
「お、落ちませんよね?」
「しっかり掴まってな! のろいスピードじゃあ間に合わなくなってしまうからな!」
『オレの風より速いんだろ? いいじゃねえか!』
「こ、怖いけど……わかりました! 落ちないように頑張ります!」
イチカを引っ張ってハイドラグンに乗せる。振り落とされないようにトラノスケの肩をガッチリ掴んで、
「さあ、飛ぶぜ! 任務を再開しよう! ラァ・ネイドンを討伐しに行く!」
「……大丈夫、怖くない。いや、やっぱり怖い……でも、頑張れ、私」
「安心しろ、今のオレたちなら負けねえぜ」
「無事に帰ってきてくださいね! こちらもサポートしますから!」
ハイドラグンで空を飛んでラァ・ネイドンのところへ向かっていく。
今度こそ討ち倒してみせる。
(見ててね、チサキちゃん……モモカちゃん……私、頑張るから。今度は逃げないから!)
かつての友に誓いを立てて、イチカはトラノスケとトオカと共に自身の宿命に立ち向かうのであった。
「……こんなに速いのに全然バランス崩れない」
「ホバータンクと一緒さ。反重力装置のおかげで反対になっても落っこちないんだぜ」
『ビル登った時もそうだったな』
「指揮官さん、どんな操縦したんですか⁉」
上空での会話である。