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ウカミタマ ~地球奪還軍第00小隊~  作者: ろくよん
イチカ・アンチノミー
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イチカと〇〇〇

 もう一人の自分に出会うために、トラノスケの提案で睡眠を行ったイチカは目を開く。


「……ここは」


 意識を取り戻したら、そこは見覚えのある場所であった。

 それはイチカの日常の象徴ともいえる場所、青春を送った高校生の時に通っていた学校であった。

 窓の外は夕焼けが見え、廊下はオレンジ色に染まっている。

 懐かしい気分になる。この学校での学生生活が頭の中をよぎっていく。


「……皆」


 二人の友達の声が耳に入ってきた、ような気がした。


「私の着ている服がこれじゃなかったら、この世界が現実だと思っていたかも」


 イチカが着用している服装は地球奪還軍の戦闘用ボディースーツ。

 それがこの世界が仮初めだということを証明している。

 この空間で黄昏ている場合ではない。

 イチカはこの廊下を歩いていった。


「どこかに『私』がいるのかな……」


 この世界にもう一人の『私』がいる。彼女と話がしたい。

 自分が寝たのはそのためだ。


「あれ?」


 ふと教室の扉が開いていくことに目が向いた。なんとなく教室の中を覗いてみると、


『――おい、オレを呼んだのは誰だ?』


 血に濡れた自分の姿があった。

 だがこんな姿に覚えはない。それに異常な部分はそれだけでなく、紙と瞳の色が少しずつ変わっている。


『な、なによこいつ⁉ 急に人が変わったみたいに……っ⁉』

『オレに傷をつけたな? この体を! 傷つけた奴は許さねえ! 嵐の藻屑にしてやるよ!』


「これは……もう一人の『私』の記憶?」


 もう一人の自分がラァ・ネイドンを殴り続けている場面だ。


『オレを! 殺そうとするやつは誰であろうと許さねえ! もう一人のオレに! 苦しみをぶつけようとしたテメーは絶対に殺す!』


「……あなたは」


 イチカはこのことを知らない、だがなんとなく察することができた。

 もう一人の『私』が生まれたときだ。

 そして凶暴なイチカが『私』を守ろうとして必死に戦っているのだ。


『なんだ? オレをイジメるんじゃなかったのか?』

『わ、悪かったわ! 許してよ! ちょっと間が刺しただけで……これ以上殴らないで……』

『ビビんなよ、お前らの真似しただけだぜ、オレは』


「この人たちって、私に……痛いことしてきた人たちだ」


 場面が変わり、凶暴なイチカが隊員たちを殴り飛ばしている記憶が映った。

 地面に倒れているのはイチカと同じように首輪をつけている人たち、すなわち地球奪還軍で罪を犯した者、犯罪者だ。そういう人たちは皆懲罰部隊に強制的に入隊させられる。

 イチカも敵前逃亡の罪で懲罰部隊に入れられて、しばらくした後に他の懲罰部隊の隊員たちがイチカを虐めようとしてきた。

 気が弱く、グラトニーとの戦闘で精神が弱っていた状況だったあの頃、懲罰部隊の隊員たちに痛めつけられて涙を流していたのだ。


「だけど……ある日を境にあの人たちは私に優しい態度で接してくれるようになったんだよね」


 急に優しくなったときは気持ち悪さを感じた。

 なんで急にそんな態度を?

 そう聞いたら怯えながらごまかすように言い淀んでいた。


『もうオレにちょっかい出すなよ。ここの上官よりも痛い目に合わせてやるからよ』


 だが今理由が分かった。

 もう一人の自分が懲罰部隊の隊員たちを返り討ちにしたのだ。そして二度と逆らわないように徹底的にボコボコにしたのだろう。


「……不器用なりに守っていてくれたのかな」


 乱暴で問題ばかり起こしているもう一人の自分。

 だが全ての行動は『私』を守るために行っている。

 臆病な自分を守ろうと力を振るっている。


「なんだ? この記憶は……昔のオレか?」


 記憶を見ている時、近くから聞き覚えのある声が聞こえた。


「……あなたが、もう一人の私?」

「んあ? えっ、イチカだ!」


 もう一人のイチカがいた。

 臆病のイチカとは髪も目も色が違う。眼鏡もつけていない。だが顔立ちは全くそっくりだ。まさしく鏡合わせのように。

 その姿を見た瞬間、まるで姉妹であるかのように強いつながりを感じる。

 血のつながりではない、魂のつながり。

 目の前にいる彼女は自分の半身だということを強く感じ取った。


「なんだ、ここは一体⁉ オレの知らない場所だし、もう一人のオレが目の前にやってくるし!」

「お、落ち着いて……」

「お、おう……お前が言うなら……」


 素直に言うこと聞く『イチカ』。

 意外と話がしやすいと思った臆病な方のイチカ。


「しかし、なんかここ落ち着くな。『私』が来たからか?」

「えーと、学校知らないの?」

「学校? ああ、ここが学校っていう場所なんか。言葉だけ知っているぜ。何をする場所なのかもな」

「知識だけ?」

「おう。オレは学校に行ったことねえからな。ってそんなことより! まさか『私』と話せる時が来るなんてよ! 何やったんだ?」

「……寝た」

「……なんだって?」

「あなたのことを考えながら寝たら、この場所に」

「そんな方法で? マジかよ!」

「指揮官さんの方法で」

「はー、なるほどなぁ。つーことはここはオレたちの精神と夢の世界って所か」


 もう一つの『イチカ』がそう推測した。

 この世界がイチカの夢の世界だということを。この学校の景色もイチカの記憶から再現されたものだということも。

 ここまで夢の世界で意識がはっきりしているのも、二つの人格あってのものであろう。


「ねえ、お願いがあるの」


 緊張の面持ちでイチカはもう一つの自分に頼み込む。


「なんだ?」

「私と共に、トラノスケさんたちと一緒に戦ってほしいの。私一人じゃあラァ・ネイドンに戦うことすら無理だから……あなたの力が必要なの! お願い!」


 必死に頭を下げて共に戦うことをお願いする。

 ラァ・ネイドンに強い因縁があり、さらに闘争心がむき出しな『イチカ』ならばこの頼みを受け入れてくれるはず。

 一緒に戦いラァ・ネイドンを討伐できる、はずだ。


「…………無理だ」

「えっ⁉」


 だが予想外の言葉であった。

 勝利して当然、そんな態度をいつもとる『イチカ』が無理と諦めている。苦しい表情を浮かべて首を横に振っていた。


「な、なんで……?」

「勝てるのか? アイツに」


 それは凶暴なイチカから出るとは思わなかった言葉であった。


「ラァ・ネイドンはオレが思っている以上に強くなってやがった。オレの『嵐気流』と対抗できるほどに」

「そ、そんなこと……」

「情けねえ話だ。オレは無敵だと思っていたのに、今は勝てないって思っちまっている……お前に酷い目に合わせちまった。ごめんな、本当に」

「……っ」


 申し訳なさそうにしょぼくれた顔で謝る『イチカ』。

 もうすでに諦めているかのような雰囲気を漂っている。


「違う」

「え?」


 だがイチカはその言葉を否定する。


「あなたはラァ・ネイドンに勝てないから戦いたくないんじゃない。ラァ・ネイドンが私を痛めつけることを嫌って戦うことを放棄しようとしているからでしょう?」

「……それは」


 イチカはもう一人の『イチカ』はラァ・ネイドンとの戦いをしたくない理由は勝てないことではないと察した。

 イチカに酷い目に合わせたことに罪悪感を抱いている。

 自分が守るべき者の罪を減らすために戦った、だがそれ以上にイチカを地獄のような辛い目に合わせてしまった。

 先ほどの言葉を聞いて、イチカは彼女の思いを察したのだ。自分を傷つけたくないから戦いを放棄したのだということも。


「優しいね」


 素直に思った事を言うと、


「オレは……お前に傷ついてほしくないんだよ」


『イチカ』が思いをさらけ出す。


「さっきお前の記憶を見た。懲罰部隊にいた頃の時、第00小隊ができたとき、松下トラノスケが指揮官になった時……色々な。そしてついさっきのことも」

「……私がラァ・ネイドンに痛めつけられている時の?」


 静かに頷く。


「オレがこの世界で生きれるようになったのは『イチカ』がオレに助けを求め、そして生み出してくれたからだ。オレは今の生活が楽しいんだぜ」


 笑みを浮かべてそう言う。

 戦うために産まれた、たとえそう言われてもどうだっていい。

『イチカ』はこの世界に産まれたことが辛いだなんてことは一度も思ったことがない。地上がグラトニーに侵略されようが、それが原因で何かを失ったり絶望したわけではない。

 グラトニーがいる、彼女にとってそれが常識だ。

 だからこそ、この世界で生きれるようにしてくれた主人格のイチカに強い恩を抱いている。彼女のためならなんだってできる。


「そんなオレを……作ってくれた『イチカ』が……これ以上傷つくとこは見たくねえ……」


 だからこそ、自分の親のような存在であるイチカを傷つけたくない。

『イチカ』本人が戦う意思があっても、この体はイチカの体だ。

 普通のグラトニーならまだ軽い怪我ですむ。出血しようがウカミタマだからすぐに治療できる。

 だがスターヴハンガはそうでない。

 身も心もズタズタにするほどに暴力を振るってくる。

 その記憶を見た『イチカ』はスターヴハンガと戦うことを拒んでいた。

 イチカを傷つけさせないために。


「……もう一人の私」


 そしてイチカにはわかる。

 それは彼女なりの不器用な優しさだということを。

 そして自分が彼女の足を引っ張ってしまっていることを。

 己の弱さが彼女の戦う選択肢をなくしてしまっていることを。

 情けないのは自分だ。

 仲間だけでなくもう一人の自分まで足を引っ張っている。

 自分がいなければ彼女はもっと自由に戦えることだってできただろうに。


「私は……私なんかあなたじゃない」

「……いきなりなにを言って?」

「あなたみたいに強くなくて……大第00小隊の皆と比べても弱くて……臆病で……」

「そんな、悲しいこと言うなよ」


 自分を責め続けるイチカ。

 止められようとも一度溢れ出す後悔は止まることなく漏れ続ける。


「今でもずっと後悔している。自分だけ助かろうと思って、親友を置いて逃げて……だから、いろんな人に冷たい視線を向けられるのは当然だと思っていた。私なんか生きていていいのかって……親友を見捨てるような人間が、のうのうと暮らしていいのかって」


 今でも夢に出てくる己の過去。

 自分の罪はどれだけ時間がたっても逃れることはなく、自分の心を押しつぶしてく。

 あの過去を思い出すたびになぜ自分は今もまだ生きているのだろうか、そんな思いが心を黒く塗りつぶしていく。

 親友の代わりに自分が死ねばよかったのに、そんな思いがよぎってしまう。

 だが死ぬのが怖い。

 そんな自分に嫌気がさしていく。


「……私は他の皆のように強くないから! なにもできないから! だから!」

「そんなこと言うんじゃ――っ」


 後ろ向きすぎる言葉に口を閉ざしてやろうかと思った『イチカ』だが、彼女の顔を見て止まってしまう。

 イチカは――涙をこぼしていた。

 その涙は過去の後悔と自分の弱さに対する劣等感から出た涙であった。


「でも……自分の罪を向き合える、そう思ったの」


 思い出す第00小隊の皆の顔。

 結成されて一月も経っていないできたばかりの小隊。だがその小隊とともにいることに安らぎを感じていた。

 トラノスケはこんな罪まみれの自分に対しても優しく接してくれる。

 隊長のリオも最初は刺々しいものの、今は戦闘に困ったら頼りにしてくれと言ってくれる。

 他の皆も……こんな自分に普通の人間のように接してくれる。


「こんな私でも信じてくれる指揮官さんを……安らぎをくれる第00小隊の皆も……もう失いたくない! 信頼も! 絆も! その人の命も!」


 戦うことを放棄したら、ラァ・ネイドンとの因縁に逃げてしまったら、全てを失ってしまう。

 自分に向けられた優しさを失ってしまうことが何よりも怖かった。

 その優しさを向けてくれたトラノスケや第00小隊の皆のためなら……なんだってする。

 死が隣り合わせての戦いに恐怖していたイチカ。

 だが今は仲間が死ぬかもしれない、そのことに恐怖していた。


「だから……お願い……一緒に戦って……」


 涙を流しながら、もう一人の自分に戦いの場に出てほしいと頼み込むイチカ。

 それを見て『イチカ』は戸惑ってしまった。


 ――イチカは本気でラァ・ネイドンと戦おうとしている。


 あれほど死ぬことに怯えていた彼女が、だ。

 今の言葉を聞き、『イチカ』の心の中に迷いが生まれていたのだ。

 イチカが戦うのと決めたのに、それを止めていいものだろうか。

 ここまで決意を見せているのに、それを無下にするかのように戦いから逃げるのはいいのか。


 イチカを守ることって――ラァ・ネイドンから逃げることなのか?


「オレ一人じゃあ勝てねえよ」

「…………」

「だがよ」

「?」

「オレとイチカ、人格を二つ同時に出せれば勝てるかもな」

「え⁉」


 まさかの提案にイチカは驚きの声を上げる。

 というか、そのような提案を出すということは――戦うことを決めたということだ。


「で、できるの? 人格を二人同時に出すことが?」

「この場所でお前と話すことができた。ならできるかもしれない。それどころかお互いの人格を切り替えることだってできるかもな。オレたちは今、互いの心を知り合えたんだからよ」

「じゃあ……一緒に戦ってくれるの?」

「そこまで戦場に行く覚悟を見せたんだ。その覚悟に逃げるような臆病者じゃあねえよ、オレは!」


 もう一人の『イチカ』も覚悟を決めた。

 イチカと共に戦うことを。

 それを聞いてイチカもぱあっと笑顔になっていく。


「本当に⁉」

「ああ。それにオレ一人で戦って守るより、イチカがグラトニーを戦えるようにする方がよっぽどお前の身を守れるってことに気づいたのさ」

「ちょ、ちょっと前までは戦える勇気はなくて……」

「何不安になってやがる。オレがお前の一番近くにいるんだぜ、今までも、これからも。問題ねえよ」


 不安になっているイチカに喝を入れるもう一人の『イチカ』。

 イチカが決意を決めようが、自分のやるべきことは変わらない。彼女を守る、これだけは。


「今まであなたが私を守ってくれてた。ありがとう、でもこれからは……私も頑張るから。一緒に戦おうね」

「おう! お前が戦うって決めたのなら、全力で支えてやるよ」

「でも……その、あまり乱暴はダメだよ。ついカッとなって他人を殴っちゃダメ」

「な、なんでだよ! 他のヤツラがイチカをイジメてきたのが悪いんだよ! オレは悪くねえよ!」

「あなたに親切している人にも迷惑かかっちゃう。そういう時は上司に報告するの。わかった? 隊長や指揮官は親切な人が多いから」

「…………おう、わかったよ」


 不貞腐れた顔をしながらもイチカの言葉を受け入れる。

 子供を相手にしている気分になってくるイチカ。よくよく考えたら産まれて二年ぐらいしか経ってないから『イチカ』は幼女なのかもしれない。

 そうなると暴れん坊なのもなんとなくわかる。


「なあ、イチカ。目が覚める前に我儘を聞いてほしいんだ」


 戦いに行こうとしたら、『イチカ』がそう言ってきた。


「いいよ、なにかな?」

「オレに名前を、与えてくれないか? オレも、イチカみたいに自分だけの証が欲しいんだ」

「な、名前か……確かにそれは大事だけど……」


 名前は自己を確立するための証だ。名前があってこそ魂が宿り、己を認識できる。

 今まではイチカのもう一つの人格として彼女は存在していた。

 でも彼女はイチカではない。イチカとは別のちゃんとした人間だ。魂が違う人間なのだ。

 なら自分の魂の証である名前が必要である。


(簡単に決めることじゃあないし、ちゃんと考えないと……)


 だからこそ、もう一つの自分に相応しい名前を考えなければならない。

 必死に頭の中でどんな名前にしようか考えて、



「十華」



 考えついた名前を口に出す。


「あなたの名前は平泉十華。どうかしら? 気に入ってくれた?」

「トオカ……十華か」


 貰った名前を感慨深く何度も呟く。名前を言えば言うほど笑顔になっていく。


「いいな! 気に入ったぜ!」

「よかった……私の名前も一部入れてみたけど、どうかな?」

「なおさらいいぜ! なにせオレはイチカの半身なんだからな! トオカだから、日付で決めたのかとちょっとよぎったけど、イチカがちゃんと考えてくれてさ、オレ嬉しいぜ!」

「もう、ちゃんと考えたんだよ!」


『イチカ』、あらためてトオカが名前を貰い大いに喜ぶ。そんな彼女の姿を見て、自分が考えた名前を受け入れてくれて良かったと安堵する。


「じゃあ、いっちょやってみっか。目を覚まして、そして人格をうまく切り替えれるかどうかを。それさえできれば問題ねえ」

「うん!」

「やってやろうぜ、トラノスケたちに目にもん見せてやろうじゃねえか!」

「うん‼」


 共に戦うことを決断した二人は現実の世界へと戻っていくのであった。

 宿命のグラトニーと決着をつけるために。

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