表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウカミタマ ~地球奪還軍第00小隊~  作者: ろくよん
イチカ・アンチノミー
90/93

もう一人の自分に合うために

(……万全ではないかもしれないが、もう大丈夫か)


 イチカの思いを聞き、その心の暗闇を晴らそうと自分なりの思いを伝えたトラノスケ。

 彼女の表情は笑ってはいない。だが恐怖におびえたような表情はしていない。


「俺もそろそろ向かわないとな。奴が空を飛ぶのが得意ならハイドラグンの出番だぜ。ぶち抜いてやる」


 心の不安が消えたイチカを見て、ここに置いても問題ないと判断したトラノスケ。思考を任務の方に移し替える。

 ラァ・ネイドンは強敵だ。

 リオたちが必死に戦ってくれているがそれでも心配だ。

 実力を信頼してはいる。だがそれでもスターヴハンガは災害級のグラトニー、この周辺の地形を易々と変えるほどのパワーを持っている。

 だからこそ、今すぐにでも戦いの場に戻らなければならない。

 普通の強化人間であるトラノスケではあるが、ラァ・ネイドンは空中戦が得意。ならばハイドラグンの射撃戦が活きるというもの。フルパワーのビームキャノンをぶつけさえすれば、空から撃ち落とすこともできるはずだ。


「指揮官さん、もう行くのですか?」

「イチカ、しばらく休んでいてくれ。なーに、疲れが取れるころには任務は終わっているさ」

(……本当にこのままでいいのだろうか?)


 このテントの中で一人で休んだままでいいのか?

 同じ小隊の指揮官や仲間が戦っているのに自分だけ、安全な場所に引きこもっていいのか?

 そんなの、嫌だ。

 イチカは情けない気持ちに包まれる。

 なにかしなければならない、そんな使命感を抱いてしまう。


(でも……また戦いに戻っても足引っ張るだけだ……)


 だがやる気だけでスターヴハンガを倒せるほど甘くはない。自分の実力が小隊の中で一番低いのは己自身が理解している。ウカミタマではないトラノスケもハイドラグンを使えば自分より強いだろうとイチカは思う。

 自分は弱い。

 それは過小評価ではない。

 だからこそ、考えなければならない。こんな自分でも小隊の皆の役に立てる方法を。

 イチカ自身、このような考えになっていることに内心驚きながらも、必死に頭を働かせて考える。


(もう一人の私に交代できれば……というかせめて話し合いできるぐらいになればいいのに……)


 もう一人の自分がいれば。

 そしてその自分と一緒に戦えることができれば第00小隊の皆と一緒に戦えるのに。

 色々と暴れん坊ではあるが、スターヴハンガ相手に一人で立ち回れる凶暴な方のイチカは間違いなく頼りになる存在なのだ。

 だからこそ意思疎通を取ることができればいいのに。 


「俺もそろそろ向かわないとな。奴が空を飛ぶのが得意ならハイドラグンの出番だぜ。ぶち抜いてやる」

「あ、あの!」


 ラァ・ネイドンとの戦いに赴こうとするトラノスケを止めに行く。


「どうした?」

「いや、その……もう一人の私ってどんなタイミングで現れるのかなって……」

「ん?」


 トラノスケにもう一人の人格について聞くことにしたイチカ。

 イチカ本人からしてみればもう一つの人格に対して情報が少なすぎる。指揮官のトラノスケから何か自分の知らない情報がないか聞いてみる。

 対して、突然そんなことを聞かれて首をかしげてしまうトラノスケ。


(何か理由があるのか?)


 あとで考えようとしたが、イチカの必死な表情を見て真剣に聞いているのだということを悟るトラノスケ。ならば答えるべきだ。

 しばらく黙って考えて、


「……そうだな、君がテンパっている時に変わっているような気がするような……」


 思い出してみるとそんな場面が多かった。

 初めて豹変した時も、グラトニーに攻撃を受けて、痛みの恐怖で体をピクピクと体を震わせていた。

 二人っきりで話をしている時もそうだった。焦りだしたイチカが突然凶暴になる。

 ――イチカがピンチになった時に豹変することが多かった。


「……なるほど」

「それが正しいかはわからない。でも、君が変わる場面はそのような状況が多かった。もしかしたら精神的に大きな負担がかかった時がトリガーかもしれない」


 断定できることではない。

 だがイチカが追い込まれているとき、もう一人のイチカが姿を現す。

 まるで、イチカを守るかのように。


「そうなんてすか……」

「もう一人のイチカは君を大切に思っているからな」

「え?」

「今回の任務、凄い張り切っていた。危険な任務だっていうのによ。任務が上手く行けば報酬でイチカの罪を減らせるからって言ってた。君のことを大事に思っていなければそんな言葉はでない」

「……そんなことを」


 自分のことをそんな風に思っていたことにイチカは驚く。

 イチカはもう一人の自分のことを日記や写真でしか知らない。乱暴な人だとしか思っていなかった。

 だが、実際は自分のことを守ろうとする強気で優しい人でもあるのだとイチカは思った。


「……暴力沙汰起こさなかったらすんなり受け入れたのに」

「それはそう」


 納得いかなそうな顔をしているイチカに頷くトラノスケ。

 イチカの罪が増えている原因にもう一人のイチカがかかわっているから二人とも頭を抱えてしまう。イチカからしてみれば意識のない間に身の覚えのない罪が増えているのだ。文句の一つも言いたくなる。

 乱暴で凶暴な印象はこれっぽっちも変わっていない。根は優しいが茎や葉は刺々しい。それが凶暴な方のイチカである。


「ともかく、もう一つの人格に入れ替わるには気を失いそうなぐらいのストレスを感じることかもしれない」

「な、なるほど」

「だからといってこれはあくまで推測だ。決定的なものではない」

「そうですね……」


 これはトラノスケがイチカの様子を見て、そう思ったことだ。あくまで想像の中、不確定なもの。


(でも……その推測しか頼れるものはないんたよね……)


 しかし、今のイチカにとって頼れるものはそれしかない。

 そしてトラノスケが思ったことを元に自分はどうすればいいか考えて、


「トラノスケさん!」

「なんだ?」

「私を……気を失うぐらいまで殴ってください!」

「却下!」


 問題発言の頼み事を即答でやらないと言った。

 何言っているだ、そしてため息をつき、


「いきなり暴力してくれって……誰がやるか! なんでそんな選択肢が思いついたんだよ!」

「で、でも……気を失ってみないと、彼女と入れ替われない……」

「それでその発想になるのかよ」


 ヴァイオレンスな発想だ。

 オドオドしているけど、目には強い決意がみなぎっている。

 絶対にもう一人のイチカに入れ替わってやる、そんな意思が見える。


(すごいやる気だ。そんなやる気はたいてい空回りするぞ!)


 そしてトラノスケは内心、マズイことになるな、と危機を察して焦っていた。

 たぶん、自分が殴らなくても今のイチカなら頭を地面にぶつけてでも気絶しに行くだろう。イチカの精神状態は未だ不安定だ。


「イチカちゃん! 指揮官ちゃんとそんな関係だったのですか! 駄目ですよ!」

「あーもう、ややこしくなってきたぜ。違う違う!」


 エリナもやってきてテント内がさらに騒がしくなる。トラノスケも面倒くさそうな表情を浮かべる。


「指揮官さんに殴ってもらおうかと……」

「しねーよ! そもそもこんな危ない地上でアホみたいなことやってられっか!」

「……殴るのがだめなら首絞めて落とす、とか」

「暴力反対だって言っているだろ! 犯罪者になりたかねーぜ!」

「イチカちゃん、なんだか荒れてますね~」


 もっと、こう、穏便に済む方法はないのか?

 場の空気がヒートアップしていくたびにトラノスケの心は冷たくなっていく。そうでなければこの収集を終わらせることができなそうだからだ。


「つーかそもそも君の首には分厚い首輪があるじゃねーか。チョークスリーパーかけても首絞まらないぜ」

「…………あ」


 第00小隊の首には特殊な首輪がつけられている。

 これは過去に罪を犯したウカミタマが付けることを強制されているもので、命令違反を犯したりしたら電流が流れる代物。

 トラノスケは電流流しはあまり好きではないため滅多にしない。そのためその機能は使われることはない。

 そしてウカミタマでも取り外せないように特殊な技法で作られた頑丈な首輪でもある。例え首を絞めようとしてもその首輪が守ってくれるため絞め落とすことはできないのである。


「イチカちゃん、危ないことを指揮官ちゃんに頼んじゃだめですよ」

「ちょっと冷静になって頭を冷やすんだ」

「……これ、ただの首輪じゃないんですよ」

「電流流そうとするのもだめ!」


 イチカの考えていることはすぐにわかった。

 落ち着かせて止まらせなければ話は次に進まない。

 やる気に振り回されているイチカをなだめるためにトラノスケは落ち着いた声色で語りかけてきた。


「イチカ、色々と頑張ろうとするのはわかる。この状況をどうにかしたいってな。だが自分を傷つけたっていみないだろ」

「ですが……」

「気を失う、それに近い行動をすればいいんだ。その行為に痛みを伴う必要はないと思うぜ」

「そうですね〜」


 わざわざ自傷する必要はない。

 ようは意識がない状態になればいいのだ。


「……そのようなこと、できるんですか? どうやって?」

「寝るか」

「ね、寝る⁉」


 まさかの睡眠である。


「気絶するのも寝るのも目を閉じてるだろ? 似たようなものだって」

「そ、そうでしょうか……」

「気を失うために傷つくより寝た方がいいぜ」

「地上で寝るのですか……」

「地上で暴行働くことに比べたらずっとマシだろ」


 いくら他人に頼むとは言え、無理やり殴られて気を失うより自分から寝た方がいいに決まっている。その方が絶対に穏便に事が運ぶ。


(まあ、うまくいかなくてもこの戦いが終わるまでゆっくりさせることもできるし)


 正直言えば、あれほどの怪我を負ったイチカをこれ以上戦わせたくない。ラァ・ネイドンとの戦いが終わるまで休息を取ってほしい。

 ゆえにイチカが寝て、もう一人のイチカと入れ替わったり話したりしなくても問題はないのだ。


「もう一人の君のことを強く思って、そして寝ればいいんじゃないかな。今まではもう一人の自分を無意識に避けていたから出会えなかったのかもしれない」

「無意識に避けていた……確かに」

「距離をおきたい気持ちはわかる。だが会ってみたくなったんだろ? それに気絶するより寝たほうがよっぽどいいぜ」


 トラノスケの提案にイチカは悩ましげな表情を浮かべて、


「……わかりました。指揮官さんの言う通り、寝ます!」

「よし、早く寝ようぜ」

「やってみます!」


 早速行動に移る。

 イチカを寝かせるために色々と準備をして、


「…………あの」

「なんだ?」

「なんで私、エリナさんに膝枕されているのですか?」


 危険なグラトニーはびこる地上で、イチカはエリナに膝枕をされていた。


「俺じゃなくてエリナさんがやりたいって提案したんだ」

「はい、枕があると気持ちよく寝れると思いますので~」

「まあ、納得はできるぜ」

「いや、他の皆が戦っているのにこんなことしていいのかと言いますか……顔が見えない……」


 寝ることなら後で必死に説明すればいい。多分納得してくれるはずだと思う。

 でも膝枕で寝ているなんて端から見たらふざけているとしか思われない。イチカはこの状況は恥ずかしいし、もし他の隊員がこのことを知ったら怒るかもしれないと戦々恐々の二つの思いがぶつかり合っていた。どちらもなくなってほしい気持ちだ。


「真剣に寝れば問題ない!」

「大丈夫ですよ~、ぐっすり寝かせてあげますからね」

「……後でマリさんたちに言っておこう」

「やめてください!」


 マリに知られたら一日中からかわれること間違いなし。

 恐ろしいことを企んでいるトラノスケの思惑を止めさせて、イチカは緊張しながら目を閉じる。

 仲間とは言え血のつながっていない他人の膝を枕にして寝る。

 どんなことがあってこんなことになっているのか?

 イチカの思考は困惑に染まっていた。


「いいこいいこ~リラックスリラックス~」

「……」


 凄まじい睡魔がイチカに襲い掛かってくる。

 思えばいつも何かに怯えて生活していた。

 今この瞬間、恐怖に縛られることもなく解放された気持ちで横になっている。

 気分が極楽。

 こんな気持ち、久しぶりかもしれない。

 すぐに船をこいで眠たくなる。


(……はっ! 流されちゃあいけない! もう一人の私のことを考えないと)

 もう一人のイチカのことを思って寝なければ。

 それでもう一人の自分に会えるかどうかはわからない。

 だが、今自分が睡眠を行っているのはそのもう一人の自分に合うためだ。

 トラノスケの提案を無駄にするわけにはいかない。

 イチカは必死になってもう一人の自分のことを思いながら、


「――すぅ」


 そしてイチカは睡魔に誘われて寝るのであった。

「なあ、とても地上で聞くような内容の会話が聞こえてきたんだが……」

「何してんだろうね」

「殴る? 寝る?」

「平泉の奴、指揮官にとんでもない要求しているのか?」

 外にいる第02小隊の隊員たちは困惑していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ