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ウカミタマ ~地球奪還軍第00小隊~  作者: ろくよん
イチカ・アンチノミー
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勇敢なる兵士へ

 マリたちが侵食樹の破壊をしている時、トラノスケはイチカを抱えて空を飛んでいる。


「もう少しだ、もう少しだから耐えろよ、イチカ……」

「…………うぅ」


 未だに体の怪我にうなされているイチカ。治療薬の効果でも治らないほどの怪我を負っているのが原因だ。

 なおさら早くエリナのもとに向かって治療を頼まなければならない。


「エリナさん! 応答願う!」

『はい! なんでしょうか!』

「怪我をしたイチカの治療を頼む! 重傷なんだ!」

『やっぱりそうでしたか……お願いします、すぐに連れてきてください! わたしの力で治しますので!』


 治療の準備をお願いしておくようにして、できる限り速く移動する。ハイドラグンの飛行スピードは最大に近い。後は事故らないように慎重に運転して目的地にだどりつくだけだ。


「――見えた! おーい! エレナさん!」


 エレナたちの姿が見える。

 遠くからビームスナイパーライフルでラァ・ネイドンを狙い撃ちしていたエリナのチーム。彼女たちの援護によってトラノスケたちはラァ・ネイドンから逃げ延びることができた。

 急いでイチカを彼女たちのもとに連れていく。


「指揮官ちゃん――っイチカちゃん⁉ どっちもひどい怪我じゃないですか!」

「スターヴハンガ相手にしたら。生き残れただけで儲けもんだ」

「早く治します! トラちゃんも早く!」

「俺よりイチカの方を頼む。彼女、まだ苦しそうなんだ」

「二人とも、同時に、治します!」

「いやあの。一人に集中して治したほうが……」

「治します」

「オーケー、従おう」


 殺気に近い圧を感じたトラノスケ。こういう時は素直に従おう、トラノスケはイチカと共にエリナの治療を受ける。


「……大丈夫、怖くない」

「深呼吸して」


 男性への恐怖を抱きながらも、怪我人を治すことをない優先にして、


「はい、痛くありませんからね。すぐに治りますからね〜」


 エリナが二人に触れると、手が淡く輝く。翡翠の光とはまた違う緑色の光。

 エレナのキセキ、『無傷の祈り(メメントララバイ)』だ。

 それを受け入れていると、ビームの刃で燃え溶けた肉体がみるみるうちに治っていく。イチカの怪我も消えていく。

 録画ビデオの逆再生を見せられているかのように、トラノスケのなくなっていた体の肉が少しずつ増えていき、しばらくすれば元の体に戻っていた。


「イチカ! 大丈夫か?」

「…………うう……ここは……?」

「イチカ!」

「ああ、よかったです!」


 目を覚ますイチカ。

 怪我も治りトラノスケも安堵の息を漏らす。

 エリナもイチカが生きて、怪我が治ったことに喜んだ。


「よかった! 体は動かせるか? 意識はあるか? この指何本に見える?」

「……え、三本」

「よしっ!」

「指揮官さん、念の為しばらく休息させては?」

「簡易テント、すぐに建てれますよ」


 隊員たちが円盤を地面に置きスイッチを押す。

 するとすぐに形を変えて、黒い布でできたテントができた。

 あの円盤はキャンプ好きも軍人も使っている即設テント。布は隊員たちが着ているボディースーツと同じ物を使っているためとっても頑丈だ。


「助かる! イチカ、こっちだ!」

「わたしたちはここで周囲のグラトニーを警戒しておきますね」

「ああ!」


 グラトニーの戦闘は任せて、今はイチカの容態を安静させるべきだ。

 テントの中に入り、イチカを横に寝させる。


「大丈夫か? あれほど酷い怪我したんだもんな。」

「……もうだめかと思いましたが……」


 体の傷はなくなっても、イチカは怯えた様子。上の空で視線が安定していない。

 無理もない。

 彼女からしてみたら、目を覚ましたらいきなりラァ・ネイドンは目の前で現れて、一方的に痛めつけられたのだ。

 普通の人間ならばトラウマになってもおかしくない。


(化け物の中でも悪辣だぜ、スターヴハンガは……っ)


 炎のスターヴハンガ、ビィ・フェルノの時もそうだ。執念深くリオとトラノスケを痛めつけてきた。

 他者を傷つけたい残虐な精神、そして自身が生物ピラミッドの頂点に君臨しているというプライド、その二つが他の人に何してもいいという自意識過剰な考えを抱くことになっているのだろう。

 スターヴハンガにあらためて怒りを胸に抱くトラノスケ。

 そう考えていると、イチカが辺りを見渡して、


「あれ、眼鏡はどこに……」

「俺が持っている。ラァ・ネイドンとの戦闘で外れたんだろう。返すよ」


 拾っておいたメガネを返す。


「……あ、ありがとうございます」

「目、悪いのか?」

「少し前から軽い色弱で……いや、グラトニーと戦う時になくても問題はないんですけどね……」

「……そうか」


 詳しくは聞かなかった。

 グラトニーに襲撃された後でも、ニュー・キョートシティの医療技術なら異常が起きた眼を治すことができる。

 低下してしまった視力も、色を認識できなくなってしまった眼も。

 トラノスケはそのことを知っている。

 だがイチカは今も色弱のままということは、精神的な問題なのだろう。

 過去のトラウマ……それが彼女が色を認識する能力を奪っているのだと。


(これも、過去に起こした敵前逃亡が原因なのか……いや、今大事なことはイチカが無事だったこと! そしてラァ・ネイドンを討伐することだろう!)


 なすべきことを優先しなければ。


「ともかくだ、無事、とまではいかないけどイチカが生きてくれてよかった! 仲間が死ぬと子なんて見たくもないし聞きたくもないからな」

「……すいません」

「君は悪くないよ。悪いのは勝手に行動したもう一人の君さ」

(手柄欲しいとはいえ単独行動はな……)


 本当に好き勝手暴れまくってくれるな、と頭を抱える。

 指揮官としてはそういった暴れん坊な隊員も指示を下して勝利に導くべきなのだが、言うこと聞かないのだから手がかかる。


「それに、君は役割を果たしたんだ。十分仕事したぜ。今ごろマリさん達が侵食樹を壊しに行っているだろうからよ」

「……でも、それは私じゃないですよ」

「イチカ?」


 うつむかせながら、イチカは自嘲気味に、


「私は何もしていません。したのはもう一人の方……私はただ意識がないままもう一人の私に任せっきり」


 それに、


「ラァ・ネイドン相手に何もできていない。アイツの姿を見たとき、体が全然動かなくて……そのせいで指揮官さんに大きな怪我を負わせてしまった」


 結局、


「私自身はみんなの足引っ張ってばかりじゃないですか……」


 暗い思いをこぼしていく。今にも死にそうな顔を腕で覆って。

 ネガティブな言葉をよく口に出していたが、ラァ・ネイドンとの戦いによって過去のトラウマと新しいトラウマがイチカの心に傷がつけて大きく開いていく。

 もう戦う気力がわかない。

 勝てるとか勝てないとかの問題ではない。

 もう戦えない、彼女の心は恐怖によって縛られてしまった。


「強いのは自分じゃない……私は死ぬのが怖い、戦うのも怖い、弱い臆病者です……」


 僅かに残っていた自信も消えた。


 


「そうか? 君は勇気ある隊員だと思っているが」

「……え?」


 だがトラノスケは彼女の言葉に首を横に振った。


「そ、そんなこと……いつも泣き言ばかりだし……出撃したくないって文句も言ってしまいますし……」

「でも、君は今ここにいる。戦うことを選んで地上に出ているじゃないか」

「それは……断れなかっただけで、結局勇気がないのと変わらなくて……」

「俺は君がグラトニーから逃げた姿を見たことがない。常に銃口をグラトニーに向けていた。勇敢な戦士じゃないか」

「でも……他の皆さんと比べても弱いですし……」

「同じスターヴハンガのビィ・フェルノの攻撃を避け続けていたのに? 普通の隊員ならそんな事できない。君は俺が頼りにするぐらい実力あるさ」

「……っ!」


 自分が悪いとネガティブな言葉もトラノスケか優しい口調で否定していく。

 過去のいざこざが原因でイチカがマイナス思考になったのはわかっている。それが原因でもう一人の人格が生まれるほど精神に大きな負担がかかったことも。

 それでもイチカは戦うことを選んだ。

 それは間違いない。

 自分の罪と向き合い、死の恐怖にも向き合い、そして恐怖の象徴ともいえるグラトニーと戦う。それがどれだけ大変な事か。

 イチカに勇気がないなんて、そんなことはあり得ないとトラノスケは心の底から思った。


「後ろ向きな気持ちにならないでくれよ。君は強い、そして第00小隊の大事な隊員だ」


 己を卑下しないでほしい。

 自分のことを攻めてあげないでほしい。

 頼れる第00小隊の仲間なのだから。


(こんな私に……期待してくれているの?)


 イチカは自分の心を見つめるように目を閉じた。


(敵から逃げて……そんなこと、もう二度とないと思っていたけど……)


 でも、信じてくれている。

 期待してくれている。

 自分は単純だと思うイチカ。

 だが、それがとても嬉しい。

 心の中にほんの僅かだが勇気が湧いてくる。なくなっていた希望が湧いてくる。

 戦うのは怖い。

 でも、自分が安らげる居場所がなくなってしまうのは……もっと怖い。


(友達を見捨てるような私を……信じてくれる人が、まだいたんだ……)


 ただの隊員ではなく仲間だと思ってくれている。

 そのことにイチカはうれしく思った。

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