機械人間の魂を抱き
「指揮官! 大丈夫ですか⁉」
「ああ……まだ活動限界には達していない!」
マリとツムグが最前線にいる中、後ろで隊員たちの支援射撃を行っていたカズキは膝を曲げて地面に座り込んでいた。
「血が……⁉」
風の刃に切られたカズキの体は紅い血が流れていた。
人間と同じように紅い血だ。隊員たちを怖がらせないようにウカリウム血液は紅い色をしている。
だがこの出血量、このままでは内部までグラトニーのウイルスに侵食してしまう。体が無くなり、心をもった人工知能にバグが生じてしまう。
そうなればこの部隊は終わりだ。
「落ち着け、すぐに治療すればいい。それより、他の隊員は?」
「重傷者も出ていますが、それでも戦線は崩れていません! しかし、これ以上の戦闘はこちらが押される一方かと!」
「なるほど、ならすぐに私も動きべきだな。各隊員! すぐに援護にまわる! 私の体が治るまで持ち超えてくれ!」
「指揮官! 無事だったのですね!」
「なら耐えれるぜ! やってやらあ!」
「シールド構えて! 守りを最優先よ!」
だがそれでもカズキは冷静なままであった。
それどころか他の隊員の様子を聞いていく。自分よりも他人の方を心配している。
指揮官として、カズキは行うべきことを最優先で行っていった。
「ヒールドローンだ! 機械人間用の!」
「はい!」
支援兵に指示を出してヒールドローンを要求する。
ウカミタマ用のではない、機械人間用の特殊なヒールドローンだ。
「機械人間の体は普通の人間と比べて繊細すぎるからな。常にメンテナンスをしなければ動かなくなる、ある程度の衝撃を喰らったら壊れてしまう……治せるといっても、それは治してくれる技術があってこそ我々機械人間は現代社会で生きていける」
機械の体と思考は疲れを知らない。
さらに人間にはない機械のパワーがある。人の姿をしているとはいえ、そのパワーは絶大。二十一世紀末の機械技術なら大型のトラックだってひっくり返せる。
だが機械は人間以上に繊細なのだ。
人間は軽い損傷なら自然治癒で治せる。
だが機械は毎日のメンテナンスがなければ、体の動きに支障が出る。
なにせ機械は小さな部品が組み合ってできた存在。
しかも今のカズキは、昔の生活のように外見も衝撃を吸収する頑丈な金属ではない。人間を模倣した人工皮膚だ。
グラトニーの侵食に対抗するためとはいえ、やはりダメージを負いやすい。
機械人間も万能ではないのだ。
「だが……今は違う!」
カズキの体がグラトニーとの戦闘のため肉体を変えた。だがそれは外側だけではない。内部も変わった。
生活用の軽量金属から、特殊合金に変わった。
それは堅く、そして柔らかい、戦闘用の特殊合金。
そしてその特殊合金は軍が開発した特殊な光を浴びることによって金属そのものが形を変えて、光を浴びた本人の想像通りに形へと変化していく。
「そう、この人間の英知があれば、機械人間の私でも」
カズキが想像したのはこの体の内部の設計図であった。
機械の記憶力は正確だ、キッチリ覚えてある。
光を浴びて内部の機械が元の形へと治っていく、人工皮膚がみるみるうちに塞がっていく。
「すぐに治療できる!」
そしてコードを突き刺してウカリウム血液を補充。
これによって体は完全に治療、もとい修理完了。すぐさま戦場に戻れるようになった。
「いい気になるなよ、化け物どもが!」
チャージライフルの充電を開始させる。
極大の一撃をかますためにフルチャージだ。
「お前の行いが、どれだけ機械人間の尊厳を奪ったか、わかっていないようだな!」
正義を胸に怒りをたぎらせてグラトニーを睨みつけた。
無機質な機械人間とは思えないほどの重圧。
その殺気にグラトニーたちが思わず一瞬動きを止めてしまうほどだ。
(私たち機械人間は……グラトニーの襲撃によってバクを起こした危険生物へとなってしまった。ただ街を破壊し、人々を壊し……そして異常が起きていない機械人間は、心に罪悪を抱いた。同胞が他者を傷つけてしまったことに! 共に暮らしていた街の人々を傷つけてしまったことに!)
グラトニーの侵食は機械人間にとって普通の人間よりも厄介であった。
普通の人間なら侵食された体がなくなるか、それとも身体灰結晶病に陥ってしまうか、だ。
だが機械人間の場合はもっとひどいことになる。
一つは普通の人間と同じように身体が消失するが、もう一つが人工知能にバグが生じてしまうことであった。
グラトニーに侵食されてしまった機械人間は制御を失い、知能がグラトニーの飢餓状態と同じようになる。
そして本能のまま暴れ狂い、人間や建築物をその体で壊していく。
グラトニーと機械人間が同時に暴れたため、大都会の街は一気に崩壊していった。
しかも機械人間の侵食は普通の人間よりもなりやすい。
ウイルスだけでなく、汚染された電波によって人工知能にバグが生まれてしまうのだ。
そのため機械人間はほぼ絶滅しかけており、さらに生き残ったニュー・キョートシティの機械人間は人目から隠れるように生きるようなってしまった。
グラトニーが侵略したことによって、生き残った機械人間は畏怖と嫌悪の視線を向けられるようになってしまったのだ。
それがカズキには許せない。
――グラトニーさえこなければそのようなことは起きなかったのに。
このような事態を招いたグラトニーは殺さなければならない。
機械人間でありながら地球奪還軍に入った理由は、それであった。
「機械人間は人類の科学技術の象徴だ! お前らを殺し切るまで私は止まらないぞ!」
――チャージ完了。
最大出力のビーム弾が放たれる。
極光が辺りを強く照らし、触れたものを消し去るほどの熱量が押し寄せていく。
「ヴァイセン! 富岡! 倒れろ!」
「そんなことより疾くぶっ殺したいんだけど!」
「言うことを聞かないと死ぬぞ!」
「チィ、わかったわよ!」
とにかくグラトニーを消し去りたりマリ、しかし指示は従っておこうと地面に倒れる。ツムグも、横になった。
二人が倒れたことを確認したカズキは、
「――薙ぎ払う‼」
照射したビームをそのまま横に振った。
自身にくるチャージライフルの反動なんか気にしないと言わんばかりに豪快にビームを横に薙ぎ払う。
「ナンダ⁉」
「シャガメ!」
「トベ!」
前方のグラトニーが翡翠の巨剣に巻き込まれていく。
膨大なエネルギーを溜めて放たれたビームは一瞬にしてグラトニーの体を灰にして消滅させていく。
その脅威に気づいたフェイスはすぐさま緊急回避。
『ストーム・マンティス』も自身の命の危機を感じ取ったのか空へ跳躍して避けようとして、
「そんなに慌てて飛んで! 飛んで火にいる夏の虫とはお前のことね!」
空にはマリがビームソードを構えていた。
実力のあるグラトニーが回避するのは想定できていた。
わざわざこちらに向かって飛んできた『ストーム・マンティス』の足に向けてビームの刃が振り下ろされる。
『ラギャァッ!?』
空中で斬られた『ストーム・マンティス』が体勢を崩して地面に倒れる。
あまりにも大きな隙ができてしまう。
「ぶった斬ってやるわ!」
ソードの出力を最大に。
瞳を翡翠に光らせた。
この隙を逃すような戦士ではない。
狂気に満ちたその顔で、マリが『ストーム・マンティス』に狙いを定める。
「閃光の斬撃から逃げる手はない! 『残光空裂刃』!」
マリの姿が消えたとき、無数の斬撃が軌跡となって仇なす敵を斬り裂いていく。閃光となったマリの神速を超える斬撃が『ストーム・マンティス』の体に傷をつけていった。
「マリさん! 下がってください!」
「私は止まらないわよ!」
そう言いながらも後ろに下がり、周囲のグラトニーを通り過ぎる度にぶった斬っていく。血に溺れた彼女は止まることを知らない。
「『断ち切れぬ糸』!」
交代したツムグは紅い糸で『ストーム・マンティス』を巻き捉える。
驚異の切れ味を誇る『断ち切れぬ糸』でも斬れないのはすでにわかっている。
だがそれでいい。
「頑丈なのが仇となりましたね! 皆さん! 爆発物を地面に!」
「わかった! 特大の地雷を用意するよ!」
第02小隊の隊員に頼み込み、隊員はすぐさま地面に大きめの地雷を設置。
そこにツムグは『断ち切れぬ糸』で巻き捕らえた『ストーム・マンティス』をぶん回しながら、
「ダンク! ダウン!」
仕掛けられた地雷へと思い切り叩きつけた。
斬れないのなら、身動きを取れないように使えばいい。
そしてウカリウムの兵器にぶつけてしまえばいいのだ。
『ラギャァァ⁉』
悲鳴とともに巨大な爆発が起き、翡翠の炎が『ストーム・マンティス』を燃やし尽くす。マリが刻んだ傷からウカリウムの光が入り込み、爆発の熱が全身に回る。
そうなればもう終わりだ。
『ストーム・マンティス』は爆発とともに灰となって、爆風によって塵になり吹き飛ばされる。
巨体のカマキリは一瞬にして爆発と共に消えたのだ。
「爆破! 完了であります!」
「ナニ⁉」
消えていく『ストーム・マンティス』を見てフェイスは驚愕、なんとか生き残った小型のグラトニーも怯えた様子。
戦いの流れは確実にカズキたちの部隊がつかみ取っていた。
「マ、マズイ……!」
フェイスも冷や汗がこぼれる。
本当は逃げて体勢を整えたい。
だがこの侵食樹は自分たちのリーダーであるラァ・ネイドンが作ったもの。
それを守れず壊されました、となれば地獄のような折檻が待っている。
侵食樹を守るグラトニーたちに逃げ道はもうないようなものであった。
「クソ! ダガ、イマノヤツラ、ダメージオオキイ! タオシキル!」
――ザシュン!
「ミギッ⁉」
マリとツムグを狙い撃ちしようとしたその瞬間、胸に身を焦がすほどの灼熱がやってくる。その熱が痛みを与えてくる。
あらゆるものを浸食するグラトニーが痛みを感じる、それはウカリウムの光であった。
「さんざん斬ってくれやがって……お返しよ! どりゃどりゃどりゃ!」
フェイスの胸にビームソードを刺した隊員が反撃とばかりに全力で振りまくる。
右肩、左肩、脇腹、とにかくダメージを与えるためにがむしゃらに振ってビームの刃をグラトニーに当て続ける。反撃の時間さえも与えない猛攻撃だ。
「ギャ、ギャ、ギャ――!?」
「とりゃあ!」
締めに突き出し蹴りで吹き飛ばし、
「皆! トドメを頼む!」
「わかっているよ!」
「これでおしまい!」
後ろにいた仲間の隊員が一斉にグレネードを投擲。
四方からの爆撃に挟まれて、
「ギャアアア⁉」
爆発によってその身を燃やし消された。
「ナンダト⁉」
「キュウニゲンキニ――」
――ヒュー! ドカン!
「ウゲッ⁉」
「クリティカルヒット!」
第02小隊の反撃は止まらない。
ウカリウムを燃料としたエネルギーミサイルを発射するミサイルランチャーで見事フェイスの頭部に命中させる。
頭部に当たった瞬間、大爆発を起こし上半身が吹き飛んだ。
「撃て撃て! 指揮官たちが作り出したチャンスを逃すな!」
「第00小隊の人たちの頑張りに負けるなよ! こっちも血反吐吐いて頑張んだよ!」
「ランチャー撃って、ライフル撃って、ビームソードで斬りまくるのよ!」
一転攻勢。
巨大グラトニーを討ち取り、浮足立った敵に猛攻を仕掛ける。
闘争心をむき出しにしてグラトニーを討ち取りにいく隊員たち、まさしく戦乙女だ。
勢いに任せてグラトニーたちを次々と葬っていく。
「わお! 過激! 素敵ね!」
「ひるんでいます! 流石遊撃隊の第02小隊!」
「なら、さっさと反撃と行きましょう! この死闘に身を流して! 死と踊りましょう!」
「何言っているかわかりませんが、残りのグラトニーを討伐しに行きましょう!」
血の匂いに酔っている狂気に染まっているマリを尻目に、ツムグは二丁のビームハンドガンに持ち替える。
二人とも残ったグラトニーに向けて走り出す。確実に仕留めにいくために。
この場面、侵食樹を破壊できるまたとない好機。
カズキが味方に任務達成への指示を繰り出した。
「流れはこっちだ! ウカリウム濃縮弾を侵食樹に放て! 敵の悪あがきは私が止める!」
「「「了解!」」」
第02小隊の隊員の一人が大きなライフルを背負って仲間と共に侵食樹に向かって走り出す。ウカリウム濃縮弾が入った実弾ライフル、これを侵食樹にぶち込めば破壊できる。
「ヤメ――」
「よそ見か?」
「ウギャッ⁉」
それを止めようとするフェイスだが、それを見逃さずにカズキがヘッドショットを決める。
まっすぐ向かっていくと、周囲のグラトニーも襲ってくるがそれらは周りの隊員が撃っては斬って消し飛ばして破壊要因の隊員を守っていく。
後ろからのカズキの援護射撃もグラトニーに命中していく。
「アハ……まだまだ斬り足りないわ! 雑魚ばっかじゃない! これじゃあ燃え上がらないわ! もっと殺しにきなよ! さあ!」
「こ、怖い……」
「侵食樹の破壊! 侵食樹の破壊! 任務は絶対! 指揮官さまの命令は絶対!」
「こっちもこっちで怖い!」
「でも敵がどんどん消えていく!」
「これなら侵食樹に楽々と行けるね!」
さらにはマリとツムグもグラトニーを一方的に屠っていくため、侵食樹を破壊するチームの隊員たちは安全に進むことができた。
敵の切り札である『ストーム・マンティス』を討伐できた時点で勝敗は決していたのだ。
「装填は完了済み! ぶち込め!」
「はい!」
カズキの指示を聞いて、ウカリウム濃縮弾を侵食樹の根元にウカリウム濃縮弾を撃ち放つ。
大きな発砲音と共に侵食樹に弾丸が命中。
灰結晶で出来た侵食樹にヒビが入り、それがどんどん広がっていく。そのヒビが大きくなって侵食樹が大きく震え始める。
そして侵食樹が木の枝の先から粉々になっていき、
「終わりだ!」
カズキがトドメとばかりにチャージライフルの引き金を引いた。
極大のビームが侵食樹の中心に激突し、その光に飲み込まれて消えていくのであった。
「壊れました!」
「終わりは呆気ないものね。体の火照りが冷めちゃったわ」
ツムグは任務が達成できたことに喜びそう、マリは周囲の敵がいないか確認したあとつまらなそうに武器をしまう。
侵食樹が壊れた後の戦闘はまさしく処理の一言である。
『ギギッ⁉』
「ああ! 普通の個体になっています!」
自分たちの守るべき樹が壊されて、グラトニーたちは地球奪還軍がよく見る姿へと変わっていた。
あの嵐に包まれた侵食樹から力を得ていたみたいだ。あの樹はラァ・ネイドンが作り出した物。ただ嵐を作り出すだけでなく味方のグラトニーに自身の力を与えるように侵食樹に工夫を入れていたのだ。それが壊されたから力も失ってしまったのだろう。
普通のグラトニーでは多くの戦闘を繰り広げてきた第02小隊の前には弱小の存在と変わらない。一瞬で灰にされていったのだ。
「ラァ・ネイドンも一体ですからね。いちいち一体一体に力を与えるのは大変だったのでしょう」
「もしくは侵食樹の周りのグラトニーだけそうしていたのかも」
「ラァ・ネイドンと戦ってみないとわからないじゃんね」
いろいろ推測が飛び交うが、それは後でいい。
「各隊員! よくやった! 見事侵食樹を破壊してくれた!」
自分たちの任務を達成したことを告げるべきであろう。
嵐の侵食樹を壊し、この周辺のグラトニーを弱体化させることができた。
だがしかし、まだ勝負は終わっていない。
「だが、まだ私たちはもう一つの任務を終えていない! スターヴハンガがまだ残っている!」
ラァ・ネイドンがまだ残っている。
災害をその身に宿す、スターヴハンガがまだ自分たちの命を奪い取ろうとして来ている。仲間もまだ戦っている。
自分たちの戦いはまだ終わっていないのだ。
「寺山副隊長やソウォン隊員も頑張っているだろう。松下指揮官の部隊もな。だからこちらも彼らのもとに向かわなければならない!」
それは隊員たち全員わかっていた。
侵食樹の破壊も大事だ、だがスターヴハンガという大物を討つことも大事だということを。
ゆえに皆武器を握りしめることを止めず、気を引き締めて、
「「「了解!」」」
戦闘を継続するのであった。
それはマリ達も同じだ。
「トラノスケ君たち、どうなっているのかしら。さすがに心配だわ」
「早く向かうべきです! 行きましょう!」
「あー、こら。お二人さんはまずは治療ね」
「血だらけじゃん。早く治療するじゃん」
「隊長並みにタフだわ」
「えー、私はまだ動けるわよ。むしろ血が流れている方が興奮してより激しく動けるわ」
「さっさと治療されろ」
「もう、真面目ね」
だがさすがに重傷に近い傷を負った二人は支援兵に連れていかれる。
まずは治療が必要であった。