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ウカミタマ ~地球奪還軍第00小隊~  作者: ろくよん
イチカ・アンチノミー
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風を切り抜け、ハイドラグン

 イチカにとって救いの手がやってきた。

 トラノスケに救出された、死ぬ間際の奇跡だと彼女は思った。


「……しきかん……私は……もう」

「大丈夫。死なせはしない。絶対にな」


 安心させるようにイチカの眼に手を置いて瞼を閉じさせる。彼女はもう限界であった。トラノスケの大丈夫の言葉を聞いて、イチカは意識を失う。


(ハイドラグンのカメラがなかったらイチカの状態がわからなかったぜ)


 トラノスケは自分たちの部隊と共にラァ・ネイドンのところへと向かっていた。途中の小型グラトニーを討伐しながら、トラノスケはハイドラグンで周囲を捜索していたところ、イチカとラァ・ネイドンの姿を発見。そしてイチカが痛めつけられているところを見て、ハイドラグンの最大スピードで救出しに行ったのだ。

 現に今トラノスケはハイドラグンに搭乗している。

 間に合ってよかった。

 少しでも遅れていたらイチカは死んでいただろう。

 そして目の前で一番楽しい時間を奪われたラァ・ネイドンは不機嫌そうにトラノスケを睨みつけている。そしてしばらく顔を見て何か思い出したかのように手をポンッと叩き、


「指揮官? それにそのおもちゃ、ひょっとしてビィ・フェルノを虐め返した男?」

「へー、俺のこと知っているのか。そっちじゃ有名人かい?」

「うん。ビィ・フェルノがうるさくてうるさくてさ。キミを殺すのは止めろっていうんだ」

「おいおい、アイツよっぽど頭に来てんだな」


 自分の手で殺したいのだってことがラァ・ネイドンの会話からわかった。本当にはた迷惑なヤローだとトラノスケはため息をこぼす。あと相変わらずハイドラグンをオモチャ呼びしてくることに呆れている。

 そして会話の中、手際よくウカリウム治療薬をイチカに投薬。回復を最優先は忘れない。ハイドラグンのヒールドローンも忘れずに。

 しかし、イチカはぐったりとしたまま指先一つ動かない。

 そしてイチカの体も治りが遅い。


(怪我の治りが遅い……致命傷のダメージを受けていたからか?)


 ウカリウム治療薬の注射針をイチカに刺したが、出血の量が少なくなった程度で完治はできていない。前にリオに刺したときはすぐ直ったが、あれはひどい火傷や骨折とウカミタマならまだ致命傷になりえないダメージだったから治せたのだろう。

 イチカを見れば至る所に刀で斬られたような傷が多くある。

 彼女は瀕死に近い。


(ウカリウム治療薬だけじゃあダメだ。エリナさんの力があれば、この傷もすぐに治せるはず)


 治療薬で完治できないほどの傷を負ったのなら、それを超える治療をすればいい。

 そのためにはエリナの力が必要だ。


「ねえ、お願いがあるんだけど。その女を置いてどっか行ってくれない? キミを殺すとビィ・フェルノが怒っちゃうの。アイツさ、すっごく口うるさいんだよね。ね、お願い?」


 キラキラ輝く笑顔でおねだりするラァ・ネイドン。

 彼女の本性を知らなければ頷いてしまいそうなほど可憐な仕草。


「誰がお前の言うことなんて聞くかよ!」


 だがトラノスケは冷ややかにそう返した。スターヴハンガの残虐な精神を知っているトラノスケからしたらあんなおねだり、どす黒い笑顔を浮かべているようにしか見えない。

 そんな奴の言う通りになってたまるか。

 すると殺意を漲らせるラァ・ネイドン。


「言うことは聞くべきだよ」

「どうせ殺さないからと言って虐めるんだろ? お前らスターヴハンガはそんな性根の腐った邪悪な化け物ばかりだろな」

「……キミは他人を怒らせるのが得意のようだね」

「どの口が言うかよ」


 一触即発の爆発寸前の空気だ。


「ダルマにしてあげるよ! それなら死なないから問題ないね!」

「やっぱ邪悪な奴だな! お前は!」


 先に仕掛けてに来たのはラァ・ネイドン、怒りを爆発させてトラノスケを再起不能にしようとしてきた。

 手足を斬り飛ばしてこようとしてきて、やはりスターヴハンガは邪悪な存在だと再認識した。

 ハイドラグンを加速させて空を飛ぶ。


「空はボクの領域だよ! 逃がすわけないじゃん!」


 当然、そのまま見逃すわけはない。

 ラァ・ネイドンも翼をはためかせて飛翔し、トラノスケを落とそうと風の刃を飛ばしてくる。


「くそ……風の刃の障害物か! これじゃあ音速を超える速度で飛べねえ!」


 背後からだけでなく左右や目の前から螺旋の竜巻槍が飛んでくる。曲射しながら飛んでくる空気のスナイパーライフル。体にもハイドラグンにも当たったら墜落は免れない。

 さらに言えばトラノスケはウカミタマではない。

 普通の人間より身体能力が高いだけでの強化人間だ。

 もしラァ・ネイドンの風の刃にかするだけでも侵食されてしまうだろう。そうなれば一瞬でおしまい、己の命もイチカの命も終わりだ。

 ゆえに避ける。

 避け続ける。

 飛行しながら周囲を見て、ラァ・ネイドンの射撃の軌道を推測、それで何とか避け続けていた。


「避けるのうまいな……人間の癖に」

「ドローンの扱いは得意なんだよ!」


 とにかく逃げ続けるが、それでもラァ・ネイドンとの距離は離れない。

 一定の距離を保ちながら追いかけてきている。

 それほどラァ・ネイドンの飛行技術が高いということでもある。


「クソッタレ!」


 追いかけてくるラァ・ネイドンにビームピストルで撃ち落としにいく。バルカンは無理だが、ビームキャノンなら撃てるため、それも追加して射撃する。

 だがそれをラァ・ネイドンが面倒くさそうにピストル弾は腕で弾き、キャノン弾は当たるスレスレの僅かな隙間で避ける。

 空中でも楽々とビームの攻撃を避けて、スピードを落とさずにトラノスケたちを追いかけている。


「避ける必要もないね! 最短でぶった斬る!」


 お返しに風の刃を飛ばしてハイドラグンを真っ二つにしてやろうとする。あのドローンさえなければトラノスケも動けない、そのまま墜落させて落下しさせてやろうほくそ笑む。


「え⁉」


 だがそこにした方向からビームの群れが飛んでくる。ラァ・ネイドンは何とか反応して避けたが、翼のスクリューに集めていた風が消えてしまった。


「トラノスケ! スピードを上げろ! 早く逃げ切るんだ!」


 地上でリオがそう声を張り上げる。

 リオがラァ・ネイドンの攻撃を妨害したのだ。


「おう!」


 トラノスケの部隊が追いついたのだ。

 トラノスケがイチカを救出して脱出、そしてリオ達がラァ・ネイドンを食い止める。これが作戦。

 リオはツインビームサブマシンガンを空に向かってでたらめに撃ちまくる。


「『光刺す道(ライトニングカレイド)』!」


 リオにとって今の状況は狙って撃つことは得策ではない。とにかく弾幕を敷いて、それを『キセキ』の力でビーム弾を操作してラァ・ネイドンにぶつけることの方が大事だ。

 現に地上からの弾幕にラァ・ネイドンは避けることに集中して飛行速度を落としている。


「また面倒な連中が……⁉」

「アタシも忘れていないでしょうね!」


 リオについてきたソウォンも射撃体勢を取る。


「いきなさい! ガンビッド!」


 背中に装備されていた遠隔操作武装、ガンビットが空に向かって放たれて、ラァ・ネイドンの姿を捉える。


 そして六つのガンビットが一斉射撃。

 何発も連射してビームを落としていった。

 天と地から撃ち落とそうと狙ってくるビームの群れにラァ・ネイドンはだんだんとイラついてくる。

 邪魔ばかりしてくる地球奪還軍に怒りを抱いていく。

 自分の思う通りにならないことに癇癪を起して、


「ああもう! 邪魔! イチカ以外どうでもいいの! アイツを殺さないと!」


 翼のスクリューを地面に向けて、そこから竜巻を発射。

 地面に着陸したあと、刃の竜巻となってリオたちの体を細切れにしようと近づいていく。


「くっ⁉ これは⁉」

「避けることだけ考えてくれ! 私はトラノスケを支援する!」


 ソウォンに回避しろと伝えたあと、

 リオがジェットブーツで飛び上がりラァ・ネイドンを追いかけ、そこからサブマシンガンを連射。それらを操作してラァ・ネイドンの行く道を遮るように光の弾幕壁を作り出した。


「アタシだって援護できるわ! ガンビット!」


 さらにソウォンも操作しているガンビットを自動操縦に切り替える。そしてラァ・ネイドンを追尾していき自動的に射撃する。ガンビットは手動で使う者だけはない。

 とにかく足を止めさせる。

 イチカを殺させないために。

 そして邪魔されたラァ・ネイドンは怒りのまま周囲のグラトニーを呼び寄せて、


「ねえアンタたち! さっさとボクを手伝ってよ! 役目でしょ!」


 狙ってくるリオ達にけしかけた。


「邪魔を⁉」

「ちっ! アタシたちなんて眼中にないってわけ⁉」


 地上にも空にも集団のグラトニーたちがリオの攻撃を邪魔しに行く。

 少しだけ時間を稼げばいい。

 この場で誰よりも速く飛べるラァ・ネイドンにとってわずかな時間さえあれば突き放さすことができる。


「どうせビィ・フェルノのお目当てはあの白いのだ! そこの男は殺したところでちょっと頭を下げてあげれば問題ないね!」


 今度はトラノスケごと風の刃を飛ばしていった。

 もうトラノスケの命のことなんてどうでもいい。ラァ・ネイドンにとって大事なことはイチカをこの場で引導を渡すことだ。

 黒い風の刃が無数に飛び散り、トラノスケたちに襲い掛かる。


「なんと!」


 トラノスケはすぐさま周囲を確認してどこが手薄か確認。そしてそのルートを導き出しハイドラグンを操作して切り抜ける。さらに真上から降ってきた風はハイドラグンを反転させて真下のビームキャノンで撃ち貫く。


「反重力装置あってよかった!」


 ハイドラグンを浮遊させる反重力装置は、ハイドラグンに乗っている者にも影響が出てどんな体勢でも地面に落とされないようにすることだってできるのだ。

 それでも揺れるためあまり乱暴な運転はおすすめしないのである。


「無駄なあがきを!」


 避け続けるトラノスケに苛立ちながら、スクリューから螺旋回転の風を飛ばす。


「おっと⁉」


 それも難なくよけ――


「くっ⁉」


 ――ることはできなかった。

 避けたと思ったら、その螺旋回転の風から追加の風の刃が飛び出る。

 ラァ・ネイドンお得意、二段構えの風刃の竜巻だ。


「当たった! やっぱり人間はザコ! さあイチカを渡して! その侵食を止めてあげてもいいんだけどなあ!」

「どうせデタラメだろうが!」

(しかしどうする⁉)


 横腹から流れ出る血を見て焦る。

 侵食が始まっているからか痛みもいつもより強い。

 この痛みが全身に回った時、自分の体は消える。侵食というものはそういうことだ。

 このままでは死ぬ。

 トラノスケは焦りながらも、この斬られた横腹をどうすればいいか悩み、


「…………やるしかねえ」


 覚悟を決めたその目でビームナイフを握りしめた。


「何を?」


 さっきの凶暴なイチカのように自爆特攻を仕掛けに行くつもりなのか。

 警戒しながらトラノスケを追いかける。



 ――ジュッ‼



「ぐぅうおおおお‼」

「え⁉」


 叫ぶトラノスケ。

 驚愕するラァ・ネイドン。

 そして肉が焼ける音。

 トラノスケがしたこと、それはビームナイフで横腹を突き刺したのだ。

 侵食した肉体は体全身にまわり消滅してしまう。ならばどうやってそれを防げばいいか。

 簡単な理屈だ、体全身に回る前に侵食した部分に肉体を消せばいい。

 ビームナイフでの切腹。それで侵食された細胞を消したのだ。

 だが、それをするのはあまりにも無茶な行動。なにせ刃よりも刺されたら痛いであろう灼熱の刃の自身に突き刺すのだ。刺される痛みだけでなく炎に肉体を焼かれる痛みを同時にやってくる。

 普通ならショック死するだろう。


「な、何やっているの⁉」


 これにはラァ・ネイドンも困惑の声を上げてしまう。

 突然自分の体にビームの刃を刺したら誰だって驚くだろう。


「……体に穴開けるのも! 燃やされるも! 経験済みなんだよっ!」


 歯を食いしばりながらビームの刃を抜き取る。

 横腹は完全に抉れていて見るも無残な火傷痕。肉の焦げ溶ける嫌な臭いがヘルメット越しに感じ取れる。

 だがトラノスケは生きていた。

 これもビィ・フェルノにやられた拷問の経験があったからこそである。


「それで耐えられるって……」

「じゃあな!」


 人間とは思えない耐久力に驚いているラァ・ネイドンを尻目にすぐさまハイドラグンを最高速まで上げて空を逃げ駆ける。

 困惑していたラァ・ネイドンは飛行速度を落としてしまっていたため、すぐに距離が離れていく。

 これはしまった。


「あっ⁉ 待て――」


 すぐに追いかけようと翼を動かそうとしたとき、右胸に鋭い光が突き刺さってきた。


「ぐへっ⁉」

「当たりました! 皆さん! 続いて射撃を!」

「はい!」

「姫路さん!」

「ドンドンぶっ放せばいいんだね!」


 数キロ離れた場所からエリナがスコープ越しに命中したことを確認。そして他の隊員もラァ・ネイドンにビームスナイパーライフルの援護射撃。超遠距離から絶え間なくライフルのビーム弾が飛び交う。


「もう! このまま追っていたら面倒なことになる!」


 空から、そして地上から飛んでくるビームの群れに嫌気がさす。


「逃がしはしない!」


 さらにリオがそのスナイパーライフル弾の軌道を操作して確実に当てに行く。

 味方の弾を操作できるリオだからこそラァ・ネイドンを止めに行く事ができるのだ。


「ああ、もう!」


 ラァ・ネイドンは空を飛ぶことをやめて地面に着地。そして自身をとことん狙ってきたリオに対面する。

 トラノスケの方向を見るともう米粒になるまで離れてしまった。このまま追いかけようにも地球奪還軍の連中がそれを邪魔するだろう。 

 ならばここにいる奴らを全員ぶっ殺して、あとでイチカの後を追えばいい。

 逃げられてしまったのなら……八つ当たりすればいい。


「トラノスケ……ほんと無茶ばかりして」

「この……よってたかって……」

「他のグラトニーと連携できない貴様が悪いのでは?」

「言ってくれるね……ビィ・フェルノがイラついているのもわかるよ。指揮官がいなかったらビービー泣いてた奴だ、なんてことも言っていたけどさ」

「そうだな。トラノスケがいなければ私はここにいない」


 不思議な感覚であった。

 グラトニーの、しかもスターヴハンガを目の前にして怒りが燃えたぎっている、しかし頭の中は冷静だった。

 トラノスケのために戦う、その勇気が怒りという感情を抑えている。


「だから、ここで貴様を撃ち貫く」


 トラノスケのために足止めをする、あわよくばラァ・ネイドンを撃ち倒す。

 それこそが第00小隊隊長としての使命だ。


「ちょっと! アタシもいるんだ、けど!」


 人型グラトニーの『ガキ』をビームナイフで斬り飛ばしながらソウォンもラァ・ネイドンにガンビッドの狙いを定めていた。


「頼むぜ……二人とも! すぐに戻る!」


 二人がラァ・ネイドンと戦ってくれている。

 足止めをしてくれている。

 生き残ってくれと願いながら、イチカを落とさないように抱きしめてハイドラグンを飛ばしていくのであった。

 目的の場所はエリナがいるところである。

 



(……まずい、急に痛みがぶり返して来やがった)


 トラノスケ自身も治してもらったほうがよさそうである。


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