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ウカミタマ ~地球奪還軍第00小隊~  作者: ろくよん
イチカ・アンチノミー
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翡翠の豪嵐と黒き刃の旋風 ③

「――ガッ⁉」


 腹部に翡翠の光が突き刺され激痛が全身を襲った。

 そしてイチカとラァ・ネイドンはそのまま地面に向かって落下していく。


「ぐっ⁉」


 大地に激突して鈍い破砕音が響く。

 この周辺は灰結晶の大地だ。当然普通の地面よりも硬い。ビルから降りてコンクリートに叩きつけられたようなもの。普通の人間なら即死だ。

 だがラァ・ネイドンは不死身のグラトニーだ。死なず痛みもない。


「イツツ……あ、危なかった……あのナイフをぶった斬れなかったら……」

 

 腹部を抑えながら立ち上がる。

 間一髪であった。

 覚悟の突撃を繰り出してきたイチカの切り札のナイフ突き刺し、それを腹部に当たるその瞬間に風の刃で斬り刻んで壊したのだ。

 ナイフの刃は腹に当たったりはしたものの、貫通せず数センチが焼け焦げただけで済んだ。これぐらいの傷ならスターヴハンガとしてのパワーも落ちていない。


「痛いよ……つらいよ……本当にあの女はいつでもボクを痛めつけやがって……どこだ! 倍返しではすまないよ! たっぷりお返ししてやるからさ!」


 イチカなら上空から落とされても生き残っているという確信がある。

 あの程度で死ぬと思っていない。

 現に地面に激突したら灰結晶が砕ける音が聞こえるはず。だが聞こえないということは地面に激突する瞬間、風を操って空気のクッションを作って生き延びた、ラァ・ネイドンはそう推測した。

 たとえその予想が外れて死んでいたとしても、その死骸を見なければ安心できない。イチカの姿を見て様子を確認しなければならない。


「うう……一体何……? なんで体に激痛が……」


 声がした。

 忌々しい殺すべき宿敵の声が。

 その声がした方向に風の刃を躊躇なく飛ばした。容態の確認をする必要なんてない。すぐさま殺してやらなければ気が済まない。

 もっと痛めつけてやりたいが、凶暴なイチカは余裕をもって虐めれる相手ではない。だからすぐにこの世から消しさってやる、その恨みを込めた射撃であった。


「キャアアア⁉」

「……ん?」


 悲鳴が聞こえた。

 風の刃があったのだろう、だが新たに疑問が生まれる。

 あの女はこんな情けない悲鳴を上げるような奴だったのか?

 どれだけ攻撃を受けて痛みに悶えても、戦う闘志が感じられるような声を上げていた。どこまで追い詰めても敵意をぶつけ続けていた戦闘狂じみた奴がこんな悲鳴を出すのだろうか。

 耳でなく、気配でなく、この目でイチカの様子を確かめる。


「な、なんで……私の体⁉ 一体どうなって⁉」


 恐怖に怯えている。

 自身の身体の異常に怯えている。

 まるで怪我をしていることを今気づいたかのように。

 異常だ。

 そしてラァ・ネイドンから見たらもう一つ、異常な部分が見えた。

 ――イチカの髪の色が深緑色になっている。


「……見覚えあるなあ」


 記憶の中に今のイチカの姿は残っていた。

 そうだ、自分が始めて自我を持ち、地球人を殺戮しようとした最初の戦闘。

 その時に部隊から逃げていた隊員がいた。

 気弱そうで、どの隊員よりも最弱そうで、いじめがいがありそうな女。追いかけて風の刃と爪でその肌に傷をたくさん刻んでやろうとした。

 その地球人がこの女だ。


「そうだった……イチカは心が二つあるんだ! 弱っちい心とつよーい心、その二つが!」


 忘れていたわけではない。

 なにせ突然豹変して殴りかかってきた地球人のことを忘れるなんて、そんな悪い頭はしていない。

 だが今になっても二人のイチカが同一人物だということは考えられなかった。そんな簡単に人の心が豹変するなんて思ってもいなかったからだ。

 しかし、今イチカの姿を見ればわかる。

 この地球人こそ、自分が殺すべきイチカであり、虐めるべきイチカなのだと。

 そして今、あの凶暴で嵐をつかさどるイチカは消えた。理由はわからないが、今は臆病で弱いイチカの方になっている。


 ――ならば、負ける理由はない。


 ラァ・ネイドンの顔はニコニコの笑顔になっていた。その笑みから見える瞳には残虐な殺意が映し出されていた。


「血が止まらない……何なのよ! 皆はどこに⁉ 指揮官さん⁉ 隊長さん⁉」

「ここにいるよ」

「へっ?」


 怯えているイチカの耳に聞き覚えのある声が聞こえた。

 ずっと記憶の底に封じていた恐怖を呼び覚ます声。

 自分を痛めつけた残虐なるグラトニーの声を全く同じであった。体を震わせながら、どうか仲間であってほしいという僅かな希望を抱いて振り向いてみると、


「やあ、久しぶりだね。イチカちゃん」

「きゃあああああ⁉」


 予想は最悪の形で当たった。

 ラァ・ネイドンが目の前にいる。急いで逃げようとすると、ラァ・ネイドンが逃がさないように腕を横に振ってイチカの両足の筋を切り裂いた。

 これでもう逃げられない。


「あぁっ⁉」

「どう? ボクの手刀? カミソリより鋭いんだ。何でも素手で切り裂く格闘術、カッコよくない? 始祖になっちゃおっかな~」

「な、なんで⁉ ここにいるの⁉」


 混乱に頭が狂う。

 なぜラァ・ネイドンがここにいるのが。

 イチカには理解できない。考えようとしても恐怖がそれを遮る。

 そんなイチカの様子を見てラァ・ネイドンは楽しそうに笑いながら、


「凶暴な方のイチカには苦労させられたよ。見て、このお腹。もとはセクシーでくびれのあるお腹だったんだよ。触ると柔らかいし、男ならメロメロになっちゃうと思うんだけどなあ」


 それが!


「もう一人のキミのせいで! 火傷できちゃった! ひどいよねえ! ザコの君が責任とってもらわないと気が収まらないなあ! ねえ!」


 歪んだ笑みを浮かべ、片手で作り出した風の刃でできている竜巻をポイっとイチカに向かって投げ落とす。

 ビームナイフで貫かれかけた腹部と同じ場所に落とした。


「いっ――あああああっ⁉」

 

 刃で腹部を斬り刻まれて悲鳴を上げた。

 腹部から血が出て、それを竜巻が巻き込んで黒い風から赤黒い風へと色が変わる。


「殴ったり蹴ったりするのつかれるしー、痛がっているところ見れないしー、やっぱ竜巻をぶつけるのが一番だね」


 風のクッションでリラックスした状態で浮かび、笑顔でいたがっているイチカを観察している。

 身動きが取れないイチカを痛めつけて、先ほどまで抱いていた怒りが消えていく。そして幸福が心を満たしていく。


「あ……」

「おっと夢の世界に逃げるのはダメダメ~。反応内ないのつまんないじゃん?」


 気を失いそうなイチカの顔に風をぶつけて目を覚まさせる。放った風はイチカの顔に大きな傷をつけ、片目が切り裂かれた。


「きゃああっ⁉」

「前ばっかじゃあ物足りないでしょ? 背中にもボクの証を刻みつけてあげるよ……キャーハッハッハ!」


 腕をクロスして上下に振ると網目の風の刃が出来上がった。それがイチカの背中に食い込み網目の傷ができてしまう。一度に十を超える刃を一気に受けたようなものだ。


「い゙ぃっ⁉」

「いや、これボクの証じゃないね! キミのだっさい証だ! キャーハッハッハ‼」


 イチカが痛みに悲鳴を上げるたびにラァ・ネイドンが笑い声をあげる。痛めつけていることに幸福を感じている。

 グラトニーが残虐だけでなく、ラァ・ネイドンのその精神性がどす黒い残虐そのものだ。

 風のクッションから降りてイチカの網目の傷をぐちゃぐちゃにするかのようにふんずける。ふむことでよりイチカをみじめにしている。それに喜びを感じる。

 自分の宿敵がここまで無残な姿にしたことに歓喜している。

 そのせいで、イチカの姿はボロボロであった。

 ボディスーツはズタボロ、見える皮膚が斬り傷だらけで血に染まり、死んでいない方が不思議であったほどだ。


(……結局、グラトニーがやってきから……幸せなこと、何一つ……なかった)


 この時のイチカは意外に冷静であった。

 痛覚がマヒして痛みを感じなくなったからだろうか。それとも死ぬという現実から目をそらしているからだろうか。

 諦観、というべきか。

 心の芯が折れてしまった。生きることを諦めてしまった。

 彼女の心は絶望に染まっている。


(トラノスケさんが来てからの第00小隊は居心地よかったけど……やっぱり逃げてばかりの私にはこういう末路が似合うんだ)


 後悔しかない人生であった。

 臆病でただただ逃げていた情けない自分。

 こんな最後になってしまうのも……納得しかなかった。

 


(――もっと勇気があれば、こんな風にならなかったのかな)



 二人の親友を置いて逃げてしまったから。

 きっとそうに違いない。

 他人の足を引っ張ってばかりだったらからこんな最後になってしまったのだ。

 体だけでなく心にも傷が入っていく。

 自分がみじめだと死ぬ間際に、そう思い知った。


「そろそろおしまい、もうキミの反応に飽きたし」


 笑顔の表情から一変、つまんなそうにして羽のスクリューを回転し始める。

 最後に『舞イ踊ル旋風』で上空に打ち上げながら血の雨をまき散らしてイチカにフィナーレを送ろうと考えたのだ。

 ――死という人生のフィナーレを。


「じゃあね!」


 スクリューから二つの刃の竜巻が発射される。

 狙いは当然イチカ。そして惨い肉片に変えてやろうとしている。

 イチカはただ動くことすらせず、その竜巻を見つめて迎え入れることしかできなかった。

 死を待つ、最悪の結末を。



「イチカ! 死ぬな!」



 イチカはその言葉を聞いたと同時に、体に熱が伝わった。

 痛みではない。

 人の熱だ。


「通信がつながらねえから焦った。イチカが死んじまったんじゃねえかってよ」


 イチカにとって聞き覚えのある声が聞こえた。

 それは出会って、ほんの少し生きることに希望を見出し始めたきっかけを作ってくれた頼りになる自分の小隊の指揮官の声だ。


「…………し、きかん?」

「その考えは間違っていてよかった。イチカ、無事じゃあないが生きているぜ、君は」


 第00小隊指揮官、松下トラノスケの腕の中にいた。

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