翡翠の豪風と黒い旋風 ②
「ウオラッ!」
「チィ⁉」
拳と貫手がぶつかって旋風が巻き起こる。
とにかく距離を詰めて殴りかかるイチカ。対してラァ・ネイドンは守りの体勢。翼で守ってたまに反撃で鋭く尖らせた爪で突き手をかますも、イチカの拳を貫けることはできない。むしろ自身の爪の方が折れている。
接近戦では圧倒的にイチカの方が上である。
スターヴハンガ級の身体能力でラァ・ネイドンを追い詰めているのだ。
「クソ!」
「おっと逃げんなよ!」
「ああ⁉」
「力み過ぎだぜ!」
ならば距離を取って射撃戦をしようにも、それをイチカが『嵐気流』で逃がさないようにしてくる。風に押されて飛行速度が低下させられているのだ。音を超える速度で飛ぼうにも、イチカの風がそれを妨害してくる。
再び回し蹴りが飛んでくるが、それを何とか翼で防ぐ。それでも翼が軋んで痛みが伝わってくる。
自身の戦い方を徹底的に否定してきている。
それに苛立ちを隠せない。
「本当にしつこいね……君はさ!」
「テメーを消し飛ばしたいからな!」
怒りと疲労がどんどんたまっていく。
イチカとの戦いで肉体自体は損傷していない。天敵のウカリウムのビーム弾は受けていないから。
しかしイチカの肉弾戦で痛みは体に伝わってくる。
それが思考に、体に疲れを蓄積させていく。
このままでは前のように一方的に攻撃されてしまう。精神に疲労がたまるということは思考もきちんと行いないようになるということ。要は思考停止だ。そうなるとイチカの思うつぼ。そう考えると焦りも生まれてきた。
(おそらく奴もビーム兵器自体は持っているに違いない……ボクを確実に殺すために切り札としてとっているんだ)
でなければあそこまで自信満々に殺すと宣言はしない。
ラァ・ネイドンはイチカに自分を殺せる手段があると考えている。そしてその考えは間違いではなく、イチカの腰にはビームナイフがある。
もし自身が体の痛みで動きが遅くなり、ビームナイフを急所に差し込まれたら……。
(いくら無敵の僕でも重傷は避けられない!)
負傷して敗走するほかない。そしてイチカは逃げようとする自分を確実に捕まれてトドメをさすだろう。
戦闘センスの塊のような奴だ、やると言ったら確実にやる。
「――殺し返してやる」
その言葉に狂気はなかった。
虐めることを快楽に感じている狂人が放つにしては覚悟が決まったような決意がその瞳から伝わってくる。
ラァ・ネイドンは心の奥底ではまだ油断していたと反省する。
この平泉イチカに対して地球人と認識するのは間違いだ。殺すべき仇であり同志のスターヴハンガと同等の存在であることをあらためておかなければならなかった。
だから確実に殺しに行く。
「はっ!」
距離を取るために翼を大きく羽ばたかせて飛翔。これ以上接近戦に付き合っていたら攻撃を仕掛けることはできない。
イチカとの戦闘においてまず距離を取ること。そして常識離れした身体能力から放たれる格闘術の餌食にならないこと。遠距離での射撃戦を仕掛けるのが一番だ。
「逃げんなよ!」
そしてイチカの方もラァ・ネイドンをみすみす逃がすような真似はしない。
『嵐気流』で離れようとするラァ・ネイドンの動きを封じようとする。
――ヒュッ!
だが突然、別方向から風の刃が飛んできた。
「なっ⁉」
ラァ・ネイドンば逃げに徹していた。なのに攻撃が飛んでくる。驚異の反射神経でなんとか対処できたイチカであるが、顔には汗が流れている。それほど焦った。
攻撃された方向を見ると、
「他のグラトニーだと⁉」
カラス型のグラトニー、『ヤタ』の群れが現れた。このグラトニーの集団もラァ・ネイドンの風の力を植え付けられている。『ヤタ』がイチカの妨害をしてきている。
「いつのまに⁉」
「キャーハッハッハ! 数の戦いは支配者の特権だよ! ボクはグラトニーの中でも主に認められた存在なんだ! 他のグラトニーに命令を出せば文句も言わずに従ってくれるよ!」
この周辺は灰結晶に囲まれた大地、そして侵食樹がある。近くには当然グラトニーだっている。ならばこの場所に呼び出すのは簡単なこと。
ラァ・ネイドンはグラトニーの集団を呼び出したのであった。
「だが雑魚が集まったところで!」
小型のグラトニーならいくらでも対処できる。嵐を操って地面に向けて滝のような勢いで風を落とした。『ヤタ』たちはその風の流れに逆らえることができず一瞬で地面に墜落される。
たった一瞬で蹴散らされた。
だがラァ・ネイドンにとってその一瞬の時間で十分であった。
「ザコでも時間は稼げるんだよね! ザコの唯一の頑張ったところかな、他のグラトニーたち、偉いねえ!」
翼を前に持っていき両手は上下に突き出す。翼と手で中心を挟み込むようにし、四方向から凶悪な黒い風を生み出した。
「今までの技は結局は風の刃を飛ばすだけ、だがこれは違う! ここがキミの葬式会場さ!」
そしてその風を手と翼でひたすら回転させる。すると黒色の風は闇を深くしていき、黒い風が暗黒の球体へと姿を変えていった。
「――ッ⁉」
イチカはそれを見た瞬間、体が震える。
本能が危険を伝えている。
「侵食技法! 『旋風葬塵』! 亡くなれ!」
作り上げられた黒い球体を翼で弾き飛ばす。その球体は音をも超える速度で飛んでいき、黒い軌跡を残しながらイチカの元へと飛んでいく。
「速い⁉ だが『嵐気流』で吹き消せば!」
避けるのが困難なほどのスピード。
ならば必死に避ける必要はない。暴力的な風で打ち消せばいい。
片手に溜めた嵐を飛ばし、その風で黒い球体を吹き飛ばそうとした。
あれが風で作り出されたものは見てわかる。ならば同じ風で打ち消せるはずだ。
――だが黒い球体は暴風なんて障害とすら思っていないかのように、速度を落とすことなく空を進んでいく。
「なっ⁉」
消すどこか勢いがまったく衰えていない。イチカの『嵐気流』自体を喰らってすらいない。
そしてそのまま飛翔して、イチカの体にぶつかっていく。
それでも何とかイチカは体をひねらせて避けるも、
「うおおおっ⁉」
削り取られた方から血が勢いよくあふれる。肩が削り取られた。イチカの半身が赤くなっていき地面に向かって血液がしたたり落ちる。
一体なんだ、あの球体は?
自慢の一撃である暴風が全く効いていない。そのことにイチカは困惑を隠せない。
「削れた! どう、痛い? 悔しい? 怖い? ねえねえねえねえどうなの?」
ようやく焦りだしたイチカを見てここぞとばかり煽りだすラァ・ネイドン。さっきまでの殺意に満ちた表情とは一変、楽しそうに殺意を振りまいている。
そんな態度に怒りを抱くのがイチカ、だが今はそれより焦りが心を支配していた。
(この球体……! 肉体を削り取ってきた⁉)
「ボクの風は細かい灰結晶がたくさん混じっているの。その風をとんでもなく早く回転させたら、空間ごと削り取る竜巻ができるのさ!」
暗闇の球体は目にも止まらぬほど回転させた竜巻。そして風にはラァ・ネイドンが生み出し砕いた灰結晶が大量に混じっている。
その塵風を高速に回転させれば細かい灰結晶が空間そのものさえも削り取っていく。
いうならば風の粉砕ミキサー。
触れれば一瞬で形を失うほどの鋭い刃の群れの竜巻である。
(オレの風をものともしてない! 光さえも削り取る暗黒空間! オレの風じゃあ……)
とにかくあれを喰らってはいけない。
あの技は防御不能だ。打ち消すことも不可能。
絶対に敵を殺す、その殺意によって作られた風刃のミキサー、それが『旋風葬塵』。
二度以上喰らったら体が持たないことを理解したイチカはとにかく黒い球体から逃げながら戦うことにする。というかそれをしなければこっちはやられてしまう。
その作戦を実行しようと飛ぼうとしたら、
「コイツ! 味方のグラトニーごと巻き込んで!」
飛ぶ方向に再び『ヤタ』がいる。
奴らは風の刃を飛ばしはしない。ただ鋭いくちばしをイチカに突き刺そうと己自らを弾丸として飛んできているだけ。
それだけなら普通に対処できるものの、今はラァ・ネイドンが作り出した暴食技法、『旋風葬塵』がある。イチカの命を奪い取る防御不能の球体が向かってきているのだ。
しかも味方のグラトニーも一緒に削り取りながら飛んできている。
情けも容赦もない無慈悲な攻撃でイチカの命を取りに来ているのだ。
「どうせ死なないもん! ボクが他のグラトニーをどのように扱ってもいいんだよ!」
基本、グラトニーはウカリウム以外の武器ではそう死なない。
だから味方ごと巻き込む戦法をとっても問題ない。
もっともダメージや痛みは入るのだが自身が頂点にいると思っているラァ・ネイドンにとって他のグラトニーのことなんてどうでもいい。
自分の目的さえ達せれば。
黒い玉はカラスのグラトニーの体を削り取りながらイチカの体も削り取っていく。
「ぐおおおおっ⁉」
「二回目! 死なないなんて運がいいねえ!」
さらにそこから追加攻撃、ジグザグに直角に曲がりながら削り取ろうとしてくる。
周囲にいるヤタもイチカの肉体をついばもうとしてくる。そのヤタを殴り飛ばしながら球体から避けようとしても、無理な避け方であった。
ただ無常にチクチクとイチカの体を削られていく。
その度に激痛が体に走る。
「ぐっ⁉ まずい……これ以上喰らったら再起不能だ!」
「キミ相手に遊ぶつもりはないんだ、残念だけど。ざっさとくたばってね! キャーハッハッハ!」
命を削り取るまで『旋風葬塵』を操るラァ・ネイドン。
油断はない。
容赦はない。
狂気に取りつかれながら、イチカを痛みと死を送ろうとしてくる。
楽しそうに笑いながらも、その戦い方はまさしく獲物を確実に仕留める狩人の戦い方。味方さえもイチカを殺すための道具にする悪辣なる戦法。
そんな戦い方にイチカは敗北に追いやられていた。
(あの黒い玉はどうやっても消せねえ……本体を叩こうにも『ヤタ』が邪魔だ)
確実に追い詰めてくる非道のラァ・ネイドンの戦い方にイチカの体は限界を迎えていた。
このままではなぶり殺しにされてしまう。
あの残虐な笑みを最後に見ながらこの身は朽ちてしまうだろう。
――そんなこと、させてたまるか!
「やらなかったら死ぬ! ならフルパワーの『嵐気流』で切り抜けるしかねえ!」
もう一人のイチカのために戦っている自分がこのようなことを考えることはまずいことだと思っている。
自分の半身を死に巻き込むことなど。
だがここで全てを出し切れなければ死んでしまう。
ならばかけるほかない。
「ここで負けたらイチカの罪を減らすことができねえ! オレはもう一人のイチカの! ヒーローであるためにこの地上にいるんだよ! その希望は消させねえ!」
体に激しい風が集まってくる。
全てを巻き込んでいく嵐の激風だ。
「精神力を使い切るほどのパワーを込めた、全力の『嵐気流』で!」
最大限の風を上空に向かって放ち、そこから大地へ向かって嵐が下る。
風が轟音と共に空を動かし、重力が風と共に落ちていく。
その身に風を浴びた者が一瞬で押しつぶされながら地面へと急降下し、そのまま真っ平らになって灰へと変わる。
嵐が空から落ちてくる、それはあらゆるものを巻き込んで大地へと向かっていくのだ。
「ぐあっ⁉ このボクが、動けないほとの風⁉」
あまりの豪風に思わず動きを止めてしまうラァ・ネイドン。
そして黒い球体も動きが止まる。操作に集中できないために。
これが全集中力を使い切るほどのパワーを込めた嵐。
そしてトドメを決めるために体を風で吹き飛ばす。
「グググッ⁉」
いつもの制御を無視した最大出力のジェット噴射。当然、体に大きな空気抵抗と重力がのしかかる。
体が軋む、出血がひどくなる。
それでもこの場面を生き残るための決死の覚悟を決めた行動だ。
「竜巻より疾く‼」
腰につけていたナイフをこの手に握りしめて、勝利を得るために突貫する。自らがビームの弾丸になったように、音を超える速さでラァ・ネイドンに接近。その速度に他のヤタも反応できない。ラァ・ネイドンも目では終えても豪風のせいで動けない。
「こ、ここまでしぶとく反抗して‼」
「貫けえっ‼」
動きを封じられ翼も動かせないラァ・ネイドン。
もう避けることはできない。
そのまま体をぶつけて、連撃にビームナイフをラァ・ネイドンの体に突き刺したのであった。




