翡翠の豪嵐と黒き刃の旋風 ①
二つの嵐がにらみ合っている。
この場の空気が乱れ狂い、互いが相手の風を喰らいつくそうとしている。
イチカとラァ・ネイドン。
まだ両者、風の力をぶつけあっていないのに、風が吹き荒む。
(この空気は⁉ 空間そのものが圧縮されているかのような……)
この場に居るモモカもその空気に冷や汗を流した。
心臓を掴むような大きなプレッシャーがこの空間を支配している。モモカのそのプレッシャーを本能で感じ取っているのだ。
吹き飛ばされてしまったアスカを助けに行くべきだが、体が思うように動かない。
そんな状態のモモカにイチカが声を掛ける。
「おい、モモカ」
「な、なんだ?」
「さっさとどっか行け」
問答無用の一言であった。
率直にそう言われてモモカも戸惑うしかない。
「な、なにを‼」
「邪魔だ。オレの風はどんなものでも連れ去っていく。テメーがいるとフルパワーで戦えねえ」
「私が戦えないというのか⁉」
「『嵐気流』に巻き込まれるつってんだよ。それに、知っているだろ。オレとコイツの因縁を」
「忘れるわけないじゃん。イチカ」
「名前で呼ぶんじゃねーよ、気色わりー」
「キミの名前もボクに何をしたかも覚えているよ。あの時、キミを殺そうとしたときに突然姿が変わってさ。驚いたね」
懐かしそうに、しかしイチカに恨みをぶつけるかのように睨みつけてくる。ラァ・ネイドンの憎しみが目から伝わってくる。
「そこからボクを……ボコボコに何度も殴りつけてきてさ。風もぶつけてきた! 痛かったよ……だからお礼をしないとねえ」
「ほざけ、この体にデケー傷をつけやがってよ。ウカリウムの武器があればあの時テメーをぶっ殺せることができたのにな!」
互いに因縁を思い出し、殺気を強まっていく。
(あの時……)
モモカも過去にイチカとラァ・ネイドンの戦いを見ていた。
ラァ・ネイドンの初遭遇、そして戦いを行って負けた後、ラァ・ネイドンは逃げたイチカの方を探しに行った。
起き上がることもできず、ただじっとしていることしかできなかった。
だが突然、モモカの耳に轟音が。
――髪色の変わったイチカがラァ・ネイドンをひたすらに殴り飛ばしていたのだ。
あまりにも衝撃的過ぎる光景であった。
そして殴られ続けたラァ・ネイドンは恐怖の表情を浮かべたままその場から去った。殺されないけど殺せない、痛みを受け続けることに恐怖を抱いたのだ。
イチカも逃がさないように追いかけようとしたが、斬り裂かれた胴体の出血多量で気を失いかけたため追いかけることができなかった。
互いに痛み分け。
それでもラァ・ネイドンはある一部の人間に対して恐怖を、そしてイチカはラァ・ネイドンに対して強い怒りを持つようになった。
そしてその二人が再びこの場で相まみえたのだ。
「モモカ。正直、オレはテメーのことなんざどうでもいいんだがよ」
「……貴様、何を言って」
「でももう一人のオレがお前のことを大事に思っているからな。テメーが消えたらアイツもなくだろうしよ。だから今すぐこの場から消えろっつってんだ」
雑にそう言ってくる。
凶暴なイチカにとってモモカはただの他人だ。ちょっと喧嘩を吹っ掛けてくる、自分より弱い、どうでもいい他人。
無関心といっていい。
だがもう一人の臆病なイチカはモモカを大切に思っている。
ならば、死なないようにするぐらいはする。この場から生かして帰すことならば協力はする。
なぜならもう一人の自分を悲しませたくないからだ。
「……イチカめ」
「もう一人の私のやさしさに感謝しな。さっさと逃げろ」
「逃がすと思うかな? ボクに傷をつけた奴をさ!」
当然、ラァ・ネイドンはモモカを逃がすつもりはない。
前方、左右上下隙間なく鋭い風の刃がモモカへと迫りくる。
「逃げれるさ、オレが邪魔するからよ」
それをイチカは雑に腕を振って巻き起こした暴風は風の刃を打ち消していく。
逃げる隙はできた。
「ほら! さっさと逃げろ! アスカを助けに行ってこい!」
「……わかった。隊長の安否を確認出来たらすぐに戻る!」
不本意ではあるが、隊長であるアスカが心配なのは確か。
通信もつながらない以上、自身の眼で安否を確かめる他ない。
(……邪魔、か)
「『友往邁進』!」
モモカは『キセキ』の力をもってこの場から離れる。
戦力外扱いされたことに怒りを抱きながらも。
「あーあ、どっか行っちゃった。でもいいか。ボクのお目当てはキミだし」
「はっ、それに関してはオレも同感だ。テメーに用があってここに来たわけだしな」
逃げられたがすぐに切り替えてイチカの方を睨みつける。
モモカに恨みはあるが、一番恨みを晴らさなければならない相手がここにいる。心のよどみを消すには恨んだ相手を消滅させるほかない。
「あらためて名乗ってあげるよ。ボクはラァ・ネイドン。主に選ばれたグラトニー、『エレメンツフォーズ』の一人!」
「『エレメンツフォーズ』ねえ。テメーらにも組織があったとはな」
ただ地上を無秩序に徘徊している害獣だと認識していたが、グラトニーにも組織やチームが存在していることに驚いたイチカ。
だがそれは考える必要はない。
そう言ったことは指揮官のトラノスケに任せればいい。
己がやるべきこと、それは目の前にいる嵐を消し飛ばすことだ。
「平泉イチカだ。お前を殺しに来た」
「奇遇だね。ボクもキミを殺したかったんだ」
話は終わりと言わんばかりに両者が豪風を放つ。
戦いの開始の合図だ。
「あの時のボクとは違うんだよね! この風の力も完璧に操作できるようになった! どっちの風が強いか! キミにわからせてあげるよ!」
「オレの嵐に吹き飛ばされるのがおちだぜ」
暴風とかまいたちがぶつかり合っていく。
両者、風使いではあるがその性質は全く違う。イチカは圧倒的なまでの風力をそのままぶつけていく、対してラァ・ネイドンは切れ味を鋭くした風の刃を飛ばしていく。
風の打撃と風の斬撃。
重い一撃か鋭い一撃か、その違いだ。
そして両者の風を扱う技量は互角に近い。
イチカの暴風をラァ・ネイドンが斬り裂いては、逆にかまいたちの風を圧倒的な暴風で押しつぶして消していく。
互いに風を放つもその一撃が当たることはない。
「遊んであげる! 『舞イ踊ル旋風』!」
しびれを切らしたラァ・ネイドンが羽のスクリューを回転させて、横向きの竜巻を放っていく。かまいたちと共に放たれる旋風が空気を斬り刻みながらイチカの胴体に無数の傷をつけに行く。
「あめえ!」
やってくる旋風に対してイチカは自身の足に風をまとってそのまま背中を向けてバク転。そして向かってくる黒い旋風に対して両足をぶつける。
普通ならば刃の群れであるラァ・ネイドンの旋風にこんなことすれば足はズタボロになるであろう。
だがイチカの風がそれらを相殺し打ち消し合う。さらにそこから両足からの風の球体をお返しとばかりに発射。触れれば爆発級の衝撃を与える、まさしく嵐の爆弾。
「シッ!」
さらに追加とばかりに旋風と共に放たれる剛力の右ストレート。空間が唸るほどの威力で繰り出しラァ・ネイドンの体を風がえぐりにいく。
「雑な風で!」
その豪風を自身の翼で防いでいく。金属のように鈍く光る翼は旋風をも遮り、ラァ・ネイドンはそよ風を浴びたような涼しげな顔で防いでいく。
ラァ・ネイドンの武器は風だけではない。
グラトニーとしての体も武器なのだ。
「空はテメーの領域じゃねえ!」
風が効きづらいなら他に手はある。
ジェット噴射で空気を切り裂きながらラァ・ネイドンに急接近。
――イチカから考えてみればラァ・ネイドンに対しては接近戦を維持し続けることが大事だと考えている。
理由は簡単、風では対してダメージを与えられないからだ。
グラトニーの体質的にいくら『キセキ』の力が宿った風をぶつけても痛みを与えるぐらいしかできない。
(今回はウカリウムの武器をもっているからよ、隙を見せたら一撃を叩き込むぜ!)
そう、臆病なイチカが元々持っていたビームナイフでしかラァ・ネイドンに対して致命傷を与えることができないのだ。
だからこそ接近戦。
至近距離で風と拳をぶつけていって大きな隙ができたらビームナイフをぶち込みに行く。そうすれば勝てる。それしかイチカに勝ち過ぎはない。
(リオの奴だって油断したビィ・フェルノにビーム弾をぶち込んだ! そして胴体に穴を開けた! いくらスターヴハンガはビームに耐性のある肉体に変化できても、精神的に追い込んでやればちっぽけなビームナイフだってダメージを与えることができる!)
グラトニーはウカリウムで傷つく。
それは今まで覆されることのなかった絶対のルール。
だからこそ、その一撃を叩き込むために風をひたすら放つ。一方的な暴力を叩き込んで勝てないと思わせないぐらい痛みを与え続ける。
ならばどうすればいいか。
「――殴り壊す!」
身体能力のゴリ押しであった。
拳を強く握りしめて、全身のパワーを右腕に一点集中。風と共に空を飛翔し、その勢いも鉄拳の威力を上げていく。
竜巻をまとった拳をラァ・ネイドンへ突き出した。
「ぐっ⁉」
ハイスピードの接近からのジャンピングストレートにラァ・ネイドンは自慢の翼で防衛しようとするも、その翼が軋んで悲鳴を上げる。
拳の衝撃に痛みを感じる。
どんな金属よりも堅いと自慢にしている翼で、だ。
「かってえなあ!」
さらに翼の表面は鋭い刃の鱗でおおわれている。これで薙ぎ払えばその鱗で相手の肉を削り落とす削ぎの大剣。
なのにイチカは拳が壊れることなく、ただ殴った箇所から出血する程度におさまっている。
「ちょっとの出血で済むなんて、ほんと化け物みたいな体!」
「化け物にそう評されるなんてな。こりゃ自慢できるぜ!」
拳が赤く染まろうが関係ない。
ただひたすら拳を突き出していく。全力のラッシュでラァ・ネイドンの堅固な翼をへし折りにいく。羽さえぶっ壊せば機動力も落ちる。再び翼を作ろうものならその隙を狙ってビームナイフを叩き込む。
とにかく強烈なダメージを与えるために攻撃を繰り出し続けた。
「くっ……君も一方的にボクを虐めるのか? ふざけないで!」
一方的にラッシュされて怒りが募っていくラァ・ネイドン。
奴にとって虐殺こそが勝負の楽しさ。ただひたすら一方的に蹂躙していかなければイラついていく。
ラァ・ネイドンにとって『勝負』はつまらないものだ。こちら側が攻撃し続けて敵を虐め続ける『狩り』こそが至福の楽しさ。最大の娯楽。
翼で防いでいたラァ・ネイドンがそのまま飛翔して、イチカの頭上から拳と翼からの螺旋回転の風弾を連続発射。風のアサルトライフルとキャノンの乱れ打ち。黒い風の弾幕がイチカの目の前に展開されていく。
「しゃらくせーっ!」
避けれない、いや避ける必要なんてない。
風の暴力的なカーテンがそれらを吹き消していく。かまいたちやドリルのような風さえもイチカの嵐が全てを巻き込んでいく。
さらに暴風はラァ・ネイドンの空の動きさえも縛っていく。
「え⁉」
「オラッ!」
さらにそこから連続回転蹴り。
一撃、二撃、三撃――。
竜巻の回転を味方につけた旋風の連続蹴りで鋭い蹴りを何度もラァ・ネイドンの体にぶつけていった。
「イッ⁉ うぐっ⁉ ウゲッ⁉」
「まだまだ止まらねえ!」
「いい加減にしてよ! 楽しくない! 『舞イ踊ル旋風』!」
翼のスクリューが高速回転。そして刃の竜巻を生み出しそれをイチカに向けて放出。至近距離での螺旋槍だ。回転蹴りは隙が大きい、避けられないはず。
「おっと!」
それをイチカは自身に風をぶつけて緊急回避。
当然、それをやってくるのは読んでいた。ラァ・ネイドンの翼は常に警戒している。
すぐさま反撃を移ろうとしたら、二つの竜巻は上空でぶつかり合い、大きな黒い嵐を作り出していく。
「さっき見た大玉嵐、これが本命かよ!」
「さあ! 細切れになっちゃえ!」
そして黒い嵐を自分ごと巻き込むように引き寄せていく。グラトニーの肉体であるラァ・ネイドンならばどれだけ鋭い刃の嵐だろうがノーダメージ。イチカに一方的に傷を負わせることができるということだ。
不死身の肉体を持っているからこそできる自傷のない自爆戦法である。
大玉の嵐、普通ならば誰にも止まられない。
嵐という存在には人間は無力だ。
「デケー嵐はオレだって作れるぜ」
だがイチカは違う。
なぜなら彼女は嵐そのものなのだから。
「ぶっ飛べ! 『暴嵐警砲』!」
全てを連れ去る巨大な嵐が天に飛ぶ。
黒い嵐と翡翠の嵐がぶつかり合った。その衝撃は爆発を産み、周囲に大地を揺るがすほどの振動が広がっていく。
「うおっ⁉」
「キャ⁉」
その衝撃に巻き込まれてイチカとラァ・ネイドンの体も吹き飛ばされてしまう。
さらにイチカの方は『暴嵐警砲』によって相殺されるも残った小さな風刃が体に突き刺さっていく。
吹き飛ばされながら紅い鮮血をまき散らしていった。ダメージという点ならイチカの方が大きい。
「刃の風だが……なまくらすぎるぜ」
だが彼女は落ち着いていた。
体が赤くなっていようが、所詮は皮膚が斬れた程度。
しばらくすると傷がふさがり出血が収まった。
イチカが持つ驚異的な身体能力は自然治癒力さえも高い。軽い傷ならすぐに治る。
「……本当に人間?」
それを見たラァ・ネイドンは疑問を抱いてしまう。
自分たちよりもこいつの方がよっぽどおかしい生命体ではないか。人格が変わっただけで肉体が変質しすぎている。
まさに戦うために生まれたような存在というべきか。
「お前よりかは、な」
不適に笑うイチカ、その姿は人の姿に化けた怪人のように恐ろしさがにじみ出ていた。




