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ウカミタマ ~地球奪還軍第00小隊~  作者: ろくよん
イチカ・アンチノミー
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嵐は全てを連れ去っていく

 イチカの脳裏にあふれる過去の記憶。

 彼女は忘れたわけではない。

 思い出すたびに呼吸が乱れるほど心がズタズタになる。ゆえに思い出さないようにしてきた。

 だが先ほどの嵐の風がその記憶を無理矢理脳裏に刻み付けてきた。

 恐怖が蘇ってくる。


「やだ……殺されちゃう……」

「イチカ! 落ち着け! 深呼吸しろ! なっ!」

「凄い汗だ……トラウマを刺激させられたのか。とりあえず安静にするべきだ」

「ああもう! うだうだ後ろ向きな事ばかり言って! うざいのよ!」

「ソウォン! あまり刺激するなって!」

「自虐的な奴がだいっ嫌いなのよ! 聞いててイラついてくるわ! 前向きな事言えばいいのにさあ!」

「待て!」


 騒ぎ出す隊員たちを止めるトラノスケ。


「……おい、静かにしろよ」

「イチカ、お前……」


 そしてイチカの方に異変が起きた。


「髪の色が……!」

「あっ、イチカが変わった!」

「――ここはどこだ? 指揮官!」


 声色が変わる。怯えている声ではない、戸惑いながらも凶暴性を秘めた力強い声。

 凶暴な彼女に豹変したのだ。

 トラノスケは今の状況を伝えることにする。


「今は任務中だ。イチカ、任務は覚えているな?」

「侵食樹の嵐を止めろ、だろ? 楽勝だ、さっさとぶっ壊してやるよ!」

「え? コイツあのイチカ? 前顔合わせたけど、同じ人だったの?」

「まあ、ちょっとややこしいんだ。イチカの体質は」


 もう一つの人格に目覚めたイチカは吹き荒られる嵐を見て目を細めた。


「ああ? あの嵐……この嫌な風の流れ……」

「イチカ?」


 だんだん険しい表情になるイチカ。

 彼女はどこかこの風に引っ掛かりを覚えていた。

 それは臆病な方のイチカがラァ・ネイドンの風に恐怖を抱いていたように、今のイチカもその風に見覚えがあった。

 しばらく見つめていると、


「アイツか! アイツがここにいるのか!」


 突然怒鳴り声を上げて、そのまま風の力で空を浮かぶ。

 そして上空まで高く上がり、そのまま周辺を見渡し始めた。


「イチカ! 待ってくれ! どこにいく⁉」

「あのグラトニーがこの近くに絶対にいる! オレを傷つけたあのクソッタレが! オレの手でぶっ殺してやらねえと気が済まねえ!」

「おい! 任務はどうした!」

「知るか! グラトニーぶち殺す方が先決だ!」


 任務を無視して先に黒い嵐を起こしたグラトニー、ラァ・ネイドンを見つけて討伐することに思考がいっている。

 スターヴハンガをぶっ飛ばす、イチカの頭の中はそれでいっぱいだ。

 それで勝手な行動をするようなものだから他の隊員も困惑しながらも止めに入る。


「あら、嵐を止めることができないからごまかしているの?」

「今、テメーの挑発に乗っている気分じゃねえよ、マリ」

「なによコイツ! こっちはこっちで指示聞かなくてダメじゃない!」

「おい、口を慎めよ。テメーなんかオレにとっちゃ羽虫を潰すことと大差ないんだぜ」

「はぁっ⁉」

「お二人とも、喧嘩しないでください!」

「指揮官さまが困っていますよ!」


 イチカとソウォンが一触即発の空気。部隊内で争っている場合ではない。グラトニーと戦っているのに無駄な消耗は避けるべきだ。


「あの侵食樹の嵐を消したら、そのグラトニーは怒るだろうな」

「あん?」


 リオがそうつぶやく。

 それを聞いたトラノスケはリオの意図に気づき、


「なるほどな、侵食樹の嵐が突然止まったんだ。不安になるだろうなあ。そしらたあっちから来てくれるかもな。嵐を止めたやつを探してさ。むやみやたらに探すよりも楽だろうな。そっちの方が速く戦えるかもよ~」

「…………」


 ようはイチカのやる気をスターヴハンガから侵食樹の方に向けさせるのだ。

 わずかでもいい。

 あの嵐をまず止めなければならないのだ。それがトラノスケの部隊の仕事なのだから。

 イチカはトラノスケとリオも言葉を聞いて考え込み、


「なるほどな! アイツのイラつかせるのも悪くねえ!」

(なんとかなったな)

(ナイスね、トラノスケ)

(君もな、リオ)


 二人は心の中でガッツポーズ。

 何とか嵐を止めるほうに誘導することに成功できた。

 怒りと共に獰猛さをむき出しにして侵食樹の黒い嵐に目をつける。

 見ていると怒りがわいてくる。

 さっさと止めてやる、そしてこの風を起こしたグラトニーをボコボコにしてやる! 

 今のイチカは怒りと共にあった。


「じゃあ、さっさとぶっ壊すか! あんな風! オレの『嵐気流(タービュランス)』の前にはそよ風だぜ!」


 イチカの周りの風が激しくうなる。

嵐気流(タービュランス)』の出力が上がっている。イチカの体を浮かばせる程度の風が、今や全てを連れ去っていく嵐へと変わっていく。


「す、すごい風です!」

「ひ、平泉にこんな力があったなんて……」

「怖いし嫌いだけど凄いパワー!」


 隊員たちも姿勢を低くしてイチカの風に警戒していた。


「ぶっ飛ばせ! 『暴嵐警砲(レイジングストーム)』!」


 彼女の両目が翡翠に光り、その手から全てを吹き飛ばす豪風の嵐が放たれた。

 イチカが飛ばした嵐は一直線に侵食樹を包み込む嵐に激突して、一瞬にして穴を開ける。そこから旋風が黒い嵐を巻き込んでいき、次第に侵食樹の姿ははっきりと隊員たちに見えるようになっていく。

 黒い嵐は姿を消し、無防備の侵食樹となった。

 イチカの嵐は黒い嵐さえも連れ去っていったのだ。


「はっ、ちっぽけな風だ。おい、指揮官! 止めてやったぜ!」

「見事だ! すげーよ、イチカは!」

「だろ!」


 称賛の声を浴びて喜ぶイチカ。

 凄いと思ったのはトラノスケだけでない。他の皆、全員その嵐の強さに誰もが度肝を抜かれていた。


「シンプルにぶっ飛んだ『キセキ』のパワー……台風でも体に収めているのかしら」

「一人で巨大な竜巻を起こせるわよ、イチカならね」


 他の小隊のソウォンも素直に褒めるしかなかった。

 そしてイチカは指をポキポキ鳴らして臨戦態勢。

 スターヴハンガを待ち構える。絶対にぶっ倒してやる、その闘志に満ち溢れている。


「さっさときやがれ。オレの嵐が暴れ狂うぜ」

「こちらも小笠原指揮官に連絡を送るか。各隊員はグラトニーの襲撃に備えてくれ」

「「「了解!」」」


 トラノスケも指揮官の仕事は忘れていない。侵食樹の嵐を消し去ったことを他の部隊に連絡しなければ。侵食樹を見たらわかる。でも報告は大事なのだ。


「おい! 指揮官! あれ見ろ!」

「なんだ! 何があった!」


 報告を送ろうとしたその瞬間、イチカが焦るようにトラノスケを呼び掛ける。


「さっき見た嵐の球だ!」

「なにィ⁉」

「なんですって?」


 トラノスケだけでなく、全ての隊員は空に目を向ける。

 そこには黒い嵐の球体があった。それがトラノスケたちの舞台とは違う方向に向かって飛んでいくのを目にする。


「トラノスケ、あの黒い玉は……」

「ああ、どこかの部隊が戦っているんだ」

「そこに居やがるんだな! スターヴハンガはよ! ぶっ潰す!」

「おい、待てって! 単独行動は止めろって!」

「指揮官の命令だ、止まれ! 隊長としても部隊で行動するべきだ!」

「オレの近くによるな! 嵐に巻き込まれても知らねえぞ!」


 トラノスケの指示を無視して単独でラァ・ネイドンを探しに出る。

 ぶっ潰したいという怒りの欲望に逆らうことができず、イチカは風とともに黒い嵐玉が現れた場所まで一気に飛んでいった。

 あまりの我儘っぷりにトラノスケも唖然とした。


「たくっ! イチカの奴、横暴が過ぎる!」

「隊長どころか指揮官の指示まで無視するの? いつもどうやって制御していたのよ、指揮官は」

「気分次第さ。いや、本当に」

「我儘な子どもですよ! 指揮官さまに迷惑かけて!」

「あとでメッ、ですね」

「「…………」」


 ツムグとエリナがプリプリと怒っている中、リオとマリは気まずそうに視線をどこか遠くに向けている。

 トラノスケの言葉が自分たちに向けて行っているように聞こえたのだ。もっともトラノスケはそんなつもりはない。勝手に行動したイチカに対して言っているだけだ。


「で、どうすんのよ、指揮官。まさか追っかけるつもり?」

「そうしたいが、まずは他の部隊の報告だ。さっさと伝えないと。報連相は迅速だぜ」


 こちらの成した仕事について報告を行う。

 ヘルメットの通信機能を使ってカズキに通信を送る。


「小笠原指揮官! 聞こえるか!」

『――松下指揮官! ああ、聞こえている!』


 つながった。


「侵食樹に包まれていた嵐は消し飛んだ! こっちの部隊の仕事は終えた! そっちはどうだ!」

『今、スターヴハンガとの戦闘中だ!』


 やはりそうか、とトラノスケに冷や汗がこぼれる。

 災害の化身ともいえる存在、スターヴハンガがこの場所に現れた。

 こんな短期間で二度も出会うものなのか、トラノスケは心の中でため息をつくしか無かった。


「そのスターヴハンガの特徴は?」

『名前はラァ・ネイドン。黒い風を使いあらゆる物を切り裂くかまいたちの使い手だ』

「今度は風使いか……」

『あとは……かなり性根の悪いガキっぽい奴だな』

「いるか、その情報? なあ、そっちに合流するべきか?」

『そうだな……スターヴハンガが現れた以上、合流してラァ・ネイドンを

「……なあ、一つ聞くが。アスカさんから通信が来ないんだがよ。電波が悪いってわけじゃあねんだろ? 何か知っているか?」


 不安になって聞いてみる。

 トラノスケとカズキの距離はかなり離れている。電波を妨害するグラトニー粒子も濃いがそれでも何とかつながっているのだ。

 ならばアスカにもつながってもおかしくない。

 だが彼女の声が聞こえない。

 そのことにトラノスケは嫌な想像が頭によぎっていく。

 それを聞かれたカズキはしばらく黙った後、


『……ラァ・ネイドンの風に巻き込まれた』

「だ、大丈夫なのかよ!」

『不安しかない。だがアスカはそう簡単には死なない。なにせあらゆる危機を潜り抜けてきた第02小隊の隊長だ。消えたと思ったら生きている。そういうやつだ……いつも心配させるがな』


 その声にはアスカに対しての大きな信頼を感じられた。

 アスカの強さ、そしてどんな危機をも潜り抜けていく頼もしさに。

 第02小隊の指揮官がそう言っているのだ、トラノスケもそれ以上は追及しない。

「そうな……そっちの方が長い付き合いだもんな。信じてみるぜ」

『ああ、アスカは必ず生きている。戻ってくるまでは私たちでこの場面を切り抜けよう』


 今考えるべきはラァ・ネイドンを討伐すること。

 スターヴハンガは災害級の強敵だ。

 だからこそ、討たなければならない。奴らの存在が地球人の存亡に危険を与えてくるのだから。


「あー、あとだな。もう一つ報告が」

 絶対に伝えなければならない情報があった。

 これを伝えておかないと面倒なことになる。


『なんだ?』

「平泉イチカ隊員がラァ・ネイドンにたった一人で向かっていった」

『………………』


 長い沈黙が訪れる。

 それだけでカズキの心情が察せられた。

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