イチカの過ぎ去った日常 ①
イチカはいつ豹変したか。
時間は一つ目の嵐の大玉が飛んできた時にさかのぼる。
「あの風の大玉はいったい……肉眼でもハッキリと見えるぐらい風の刃が見えたわ!」
「あんなのに触れたりでもしたらみじん切りになっちゃうよ!」
「小笠原指揮官は無事なのか⁉」
「隊長や副隊長も心配だよ!」
トラノスケの部隊にいた第02小隊の隊員は困惑して飛来していた嵐の大玉の行方を予想していた。それと同時に他の部隊の心配もしている。
早く確認して安心したい、そんな思いでいっぱいだ。
「なあ、あれって」
「トラノスケ、間違いない。あの風玉からあの時の恐怖を感じた。ビィ・フェルノと戦った時の、あの恐怖を!」
「あの黒い風! スターヴハンガの邪悪な何かを感じたぜ」
トラノスケたちもラァ・ネイドンの嵐球について話し合っていた。
「小笠原指揮官の所にスターヴハンガがいるってこと?」
「確信はない、だがそれと同じぐらいの脅威が迫ってきている。直感だがそれを感じる!」
「感ね。いつもなら切り捨てるけど、今に限っては信じられるわ」
「トラノスケ君、どうする? どっちの嵐を止めに行く?」
そう聞かれて悩み、
「今は侵食樹の嵐を止めるしかない。自分たちの部隊ができることをしなければ」
だが、
「もし救援要請が来たら助けに行くべきだ。俺はそう考えている」
「わかった。トラノスケの指示に従う」
「指揮官さまの考えは正しいですよ!」
「小笠原さんたちが心配ですね……だからこちらの仕事も早く終わらせないといけませんね」
指揮官の作戦に隊員たちは頷き、侵食樹に近づこうとする。
「――あぁ、あっ!」
だがイチカは突然頭を抱えて蹲り始めた。
突然の異変にトラノスケはイチカに駆け寄って、
「イチカ! どうした⁉」
「あ、あの黒い風は……あ、アイツの……ああ……」
脳に針金を入れられている気分だった。
閉じ込められている『なにか』を無理矢理ほじくり出されているような。
「大丈夫か⁉ しっかりしろって!」
「イチカちゃん! どうしたんですか! わたし達が知らないうちに何かされたのですか!」
「……私は……私は」
その時、イチカの脳裏には思い出したくない、しかし忘れてはならない記憶が脳裏によぎっていった。
平泉一華は一言で言うならどこにでもいる平凡な女子高生であった。
母は飲食チェーン店のパート、父は生産工場を支えている機械の整備士、ペットにプードルがいる。
勉強は平均点より下ではあるが赤点はとらないぐらいの点数、運動は歩くのは好きだが激しい運動は苦手で体育の時間は嫌いだった。部活動は楽器の演奏楽しそうと思って吹奏楽に入ろうとしたけど走り込みをしているところを目撃してやる気をなくして、料理部に入った。
そんな普通の生活を送っていたのが彼女であった。
だが彼女の運命はグラトニーの襲来によって大きく変わっていくのである。
――グラトニーがやってくる前、私平泉イチカは京都の高校で学生生活を満喫していた。
今思えばあの時が一番楽しい時間だったし、自分が無敵だと思う時間でもあった。
私は頑張ればなんだってできるんだ。
幼いころに抱いた夢である憧れのパティシェになれるかも、なんて過ぎた夢を抱いていたけど不安なんて一片もなかった高校生一年生の時期。
「モモカちゃーん! 助けて! 勉強教えて~!」
「ええい、またか、引っ付くな! 前も教えただろう!」
よくモモカちゃんに頼っていたなぁ。あの頃はまだ仲が良かったし、小さいころから一緒に遊んでいた親友だったの。
勉強できて運動神経抜群、薙刀部では期待のエースで一年生ながら大会で個人優勝取っちゃった、もう完璧超人って言葉が似合うぐらい凄い子。
「おいおい、イチカ。お前またモモカに勉強頼んでいるのか?」
……私たちにはもう一人親友と呼べる人がいたの。
二荒山千咲。
やんちゃで勝ち気な頼りになる子。
モモカちゃんのいとこで小さい頃はよく喧嘩してたって。しかも口喧嘩とかじゃなくて拳と蹴りが飛び交う。怖い。
そんな彼女も部活動では空手部に入って、先輩たちを倒して空手部代表として出場するんだって。強い。
「ぶー、チサキちゃん! 私より勉強できないのに。どうせ課題まだ終わってないんでしょう?」
「問題ない。モモカの宿題を模写すればいいさ」
「いい加減にしろ、お前!」
「痛っ! 頭グリグリするな! 野蛮なんだよ! お前!」
どっちもだと思うなぁ、なんて口に出したらこっちに怒られるから口にはしない。
この二人のやりとりはいつものことだ。
「知るか! それとイチカ、勉強するって気概はいいことだが、たまには一人でやろうとしないのか? いつも私が教えてばかりで――」
「ねえ、お願い! 今度駅前の洋菓子店のケーキ! おごるからさ!」
「そんなものでつられるか!」
「おいマジ? 貰う貰う! イチゴの乗ったミルクレープな!」
「チサキちゃんにあげるなんて言ってないよ!」
なんてことない、いつものおしゃべり
とっても平凡な日常。
こんな日が続くんだなって、そう思っていた。
……そう、思っていたけど、そうじゃなかった。
空の上からグラトニーがやってきた。
他の国がグラトニーに侵略されている様子をニュースで見て私は怖かった。
だからお父さんたちと一緒に地下シェルターに避難した。幸い、私たち家族は全員無事で、身体灰結晶病にかかることもなかった。
不安しかなかったけど、それでもニュー・キョートシティで安全に暮らせる。
環境は変わって、地上からのグラトニーの侵略に怯えながらも、前と同じように日常を送れるようになればいいな、なんてことを考えていた。
でも、そんな思いは叶わなかった。
少しの間はそんな生活は送れた。
でも地球奪還軍がいきなりやってきて私を連れていった。
軍はグラトニーと戦えることができる存在、ウカミタマになれる素質のある人を集めていた。
年齢なんて関係ない。
とにかくグラトニーと戦えることができる人間が欲しかった。
そして私はその素質があった。
だから無理やり招集された。
ちょっと武器の使い方を教えられて地上に行かされた。私と同じように招集された人たちと固まって。
「なんでこんなことに……」
「イチカ、逃げたい気持ちはわかる。いきなりこんなことに巻き込まれてしまったのだからな」
「まっ、生きのびるしかねえよ。たくっ、上の連中も無茶しか言わねえ。ちゃんと戦い方教えろよな」
モモカちゃんとチサキちゃんも一緒にいたけど、それでも不安は消えない。むしろこの二人の足を引っ張るんじゃないかって思ってしまう。
「モモカちゃんとチサキちゃんは怖くないの?」
「怖いさ、だがそれ以上にグラトニーと戦う使命がある。
「なっちまったもんはしょうがねえ。やるだけやるさ。グラトニーどもをぶっ飛ばしてやる」
「二人とも、強いね……」
「アタシたちが異常なだけさ。戦うことに恐怖を感じない、アタシとモモカがな。なあ?」
「同感だな」
やっぱり強いなって思った。
こんな危ない場所に言っても不安や恐怖を表に出さないなんて。
「しかし妙だ……グラトニーってやつは地上にたくさんいるんだろ? こんなに出会わねえなんて珍しくねえか?」
「ああ、心がざわめく……」
「出会わないってことは運がいいってことじゃないかな?」
「楽観的過ぎるぜ、イチカ」
楽観的というよりかは願望というべきか。
グラトニーに会わないように願っているだけというか。
そんなふうに地上を歩いていた。
――ヒュゴォォッ!
突然、風の音が響いてくる。
「な、なに?」
不安な気分になって空を見上げてみると。
――大きな黒い風の塊が私たちへと落ちてきた。
「――えっ」
驚く間もなく風の塊が私の目の前に着陸して、大きな爆発を起こしたのであった。




