空高くそびえ立つ嵐の大木
第00小隊と第02小隊のホバータンクが灰色の大地を進んでいく。
道中、小型のグラトニーの集団に遭遇することもあったが、特に被害を出すこと無く討伐しながら突き進んでいく。
特に目立った損傷は無し。本命と戦う前に無駄な消耗は避けるべきだ。
そして目的地より少し遠くの場所で小隊たちは立ち止まる。
『ここからタンクを降りて移動することになる』
「ああ、もしスターヴハンガがいるのならどれだけホバータンクが優秀でも動く棺桶になってしまう」
ホバータンクから降りて武装を身につけて目的地に向かうことにする。
大型のグラトニーやスターヴハンガ級の危険度を持つグラトニーと戦うとなると、ホバータンクは奴らにとっては大きな的だ。狙われたら簡単に壊されてしまう。
ホバータンクの本来の使い方は隊員を運ぶ乗り物だ。壊されたりしたら基地に帰還することが困難となる。
今回の任務は基地からかなり離れた場所。
乗り物は死守するべき。
数名ホバータンクの護衛をさせて、残りは侵食樹の破壊をしに行く。
「で、三部隊に分けさせて進軍しているけど。これってなんで?」
第02小隊の隊員が疑問を口に出した。
「前に戦ったスターヴハンガは広範囲の攻撃を仕掛けてきた。全員集まって行動したらこっちが一気に殲滅される」
「だから一部隊は十人前後に分けているってわけね」
質問を返すトラノスケの言葉にソウォンが頷く。
「よろしくお願いしますね!」
「第00小隊の人たち、強いから安心だなー」
「ちょっと、気を抜いちゃだめだよ」
第00小隊を主軸にしているこの部隊、合同訓練で集まった隊員たちで作られている。ソウォンたちがいるのもそれが理由だ。
「い、いるわけない……いるわけない……なにもない……できるわけ……」
「ねえ、いい加減コイツ黙らせられないの?」
うつむきながらぶつぶつと呟くイチカに苛立ちを隠さないソウォン。やはり不安は消えていない。
「気を落としたら豹変しないかしら」
「ぐペッ⁉」
「作戦中に何やってんだ⁉」
突然、イチカの首を絞め始めるソウォン。
そうすれば後ろ向きなこともしゃべらなくなるし、凶暴な方に豹変してくれればイラつくことはなくなるだろうな、っと考えての行動。自分勝手ではある。
「口だけでなく手も悪いのね。いいわ、私が締め落としてやる」
「ちょ⁉ ギブギブ⁉」
それをやり返しと言わんばかりに、マリが両手でソウォンの首を持ち上げて
「マリさん! 本気でやっちゃダメだって! 手加減してやれって!」
「トラノスケ、止める気はないんだな」
「かひゅーかひゅー……」
ちょっとした喧騒はあったものの、トラノスケたちはホバータンクから離れて目的地の神護寺まで進軍を開始する。
そしてカズキから通信が入る。
『松下指揮官。前方に灰色の森を発見した。注意してくれ』
「森だって? グラトニーの連中が作ったのか?」
京都付近の地上には廃墟となった建物か灰色に染まった大地がほとんどだ。
それが本当かどうか確かめてみようとしばらく前に進んでいくと、
「灰結晶が木の形をしている……」
「侵食樹ではないな」
「しかし、えぐい木の曲がり方ね。奴らの性根みたいに」
そこは灰結晶の塊が木の形をして並び建てられていた。
その木は葉っぱが生えておらず、意図的に曲げられたかのようにグニャグニャと奇妙に曲がっている。
グラトニーの連中が作り出したものなのか。
わかることは知恵を持つ人間がこのような景色を作り出した、ということだ。
「トラノスケ、敵は?」
「いない。反応はない」
索敵ドローンにはグラトニーの姿を感知していない。だが周囲の景色を見ると、どこかに隠れていてもおかしくないと考えてしまう。
自分たちは敵地の中でも危険な場所に立ち入っているのだ、警戒を強めるべきである。
そんな灰結晶の木々の中を進んでいくと、次第に木も大きくなっていく。十メートルを超える大木が並び始める。
グラトニーの親玉もいる、そんな予感がしてならない。
敵と出会わず、その大木の森を突き進んでいった。
「なんだありゃ……」
灰結晶の森をくぐり抜けた先には、第00小隊の隊員全員が目を見開くような光景が目に映った。
かつて寺があった場所には一本の灰結晶の大木がそびえたっていた。根っこの形をした灰結晶が大地を深く突き刺さっている。
だが一番驚くものはその大木の頂上にあるものである。
自分たちが破壊するもの、すなわち侵食樹だ。
その侵食樹が――回転している黒い風に包まれていたのだ。
『あーあー、マイクテスト。トラン君。侵食樹を見たのかな?』
「アスカさん! はい、今目にした」
『ヤバいでしょう。嵐に包まれた侵食樹! 近づいたら吹き飛ばされるのか? それとも斬り刻まれるのか? わからないけど、危険な事だけはわかる』
「これを見たら、スターヴハンガが近くにいるかもしれないって思うのもわかるぜ」
嵐が侵食樹を守るように包み込んでいる。
間違いなくグラトニーがこの樹を守るために、何かしらの力を使っているのだろう。
そしてこのような災害の力を使えるのは、スターヴハンガしかいない。
「こ、ここからあそこまでそちらホバータンクのキャノンで狙う……とかできないんてすか?」
「やってるならとっくにしてるわよ。でもね、侵食樹ってのは根本にアレをぶち込まないと消えない。どんなに強力な兵器をぶつけても時間が経てば再生するわ」
「ウカリウム濃縮弾のことか」
侵食樹はこれだから厄介だ。
そう簡単には壊せない生命力を持っているのが質の悪い。
『松下指揮官、アスカ、聞こえるか?』
『うん、バッチリ』
「ああ、ハッキリと」
カズキも通信を繋げてくる。
『各部隊の役目をあらためて確認する。私の部隊は侵食樹の破壊を専念する。アスカの部隊は周囲のグラトニーの討伐、そして松下指揮官の部隊は侵食樹の嵐を止めることを最優先にしてくれ』
『相手が誰であろうとぶっ飛ばしてやんよ、ってね』
「了解」
通信を切って再び嵐渦巻く侵食樹に目を向ける。
あれを消さない限り、侵食樹を破壊するのは無理だ。ゆえに責任重大だ。
「イチカ、いけるか?」
「ど、どどどどうしましょうか……」
「落ち着いて、そりゃあ不安になる気持ちもわかる。だけどやる前からそんなんじゃあうまくいかないぜ」
「指揮官って介護の仕事もこなしているの?」
ガタガタ震えているイチカを落ち着かせるトラノスケ。予想以上に大きい嵐を見ておびえているのだろう。
「できなかったらどうするのよ。なにも策がないってわけじゃあないわよね」
「その時はアスカさんがどうにかしてみせるって言ってはいる。だが、イチカならあの嵐を止められるさ」
「今の彼女の状態を見てよくそんなこと言えるわよね」
ソウォンの文句は止まらない。
「指揮官さま! これからどうしましょうか!」
「まずはあの嵐に近づこう。突然風が飛んできても対処できるように、警戒しながらゆっくりと」
「了解!」
「トラノスケ、お前はハイドラグンに乗るんだ。あの灰結晶は不気味だ。触れてしまったら侵食されるかもしれない」
「ああ、わかった」
いくら侵食を防ぐ装備をしているとはいえ、トラノスケは普通の強化人間。念の為ハイドラグンに乗って行動することにした。
「きちんと乗らないと落っこっちまうから気を付けないとな」
「落ちてもすぐに私が助けにいく」
「そういえば、ハイドラグンちゃんの乗り心地っていったいどんな感じなのでしょう?」
「空飛ぶ板ことホバーボートに乗っているようなものじゃないでしょうか?」
「アタシも一度、乗ってみたいです!」
「私は乗りたくないけど」
「マリさん、乗り物苦手だからな……」
ハイドラグンに乗り込む。自分だけ乗り物を使っていいのかと一瞬思ったが、この灰結晶の大地を歩いて皆に余計な心配をさせるほうが迷惑だ。
指揮官らしく乗ることにする。
「ここから先はグラトニーも多くなるだろうな。先手必勝を心掛けたいものだ」
灰結晶の大木に踏み入る。地上の中でも危険な場所だ。なにせグラトニーが誕生する侵食樹がてっぺんにあるのだから。
トラノスケは上空に小型の索敵ドローンを飛ばして、皆と共に灰結晶の大木を登っていく。
「今はまだ坂道程度だけど。途中からは崖よ。どうするのよ。アタシは空を飛べれるからいいけど」
「木の中身を壊して道を作ろう」
「指揮官、脳筋すぎるでしょ!?」
「――待て、止まってくれ」
トラノスケがその場で止まり、リオたちも武器を手に持つ。
第00小隊のメンバーはこの後の展開がなんとなくわかる。
「いるよな! やっぱり! 反応あり! しかも大勢だ!」
トラノスケが敵を見つけて、その敵と戦うことになることに。
「侵食樹が近くにあるんだ。そこから生まれているのなら数が多いのは当たり前か」
「皆さん! 構えてください!」
エリナの言葉に全員武器を構える。
トラノスケたちは武器を敵に向けたのであった。




