任務、風砕作戦
任務の日がやってくる。
基地内では今回の任務に出撃する隊員たちが武装の準備をしていたり、ホバータンクなどの整備もしている。
全隊員が緊迫した面持ちで行動していた。
なにせ今回の任務は大物がいる可能性がある重大な任務。
生きて帰ってこれるかどうかもわからない。
皆、覚悟を決めて任務に挑もうとしている。
「そこで、スターヴハンガは急接近して風を放つ。全てを断つ真空波をな」
「とくかく避ける。そしていいようにされないようにするために、リオとマリさんを前に出して接近戦を仕掛けさせる」
そんな中、トラノスケとカズキはイメージトレーニングをしていた。
もし相手が風を操るスターヴハンガだとしたら、それを想定して小隊を動かしていく。実際の戦闘ではイメージ通りにいくことは少ない。戦う相手の情報も少ないのだ。
だが、指揮官というものは常に隊員たちに指示を出すもの。小隊を常に動かして、勝利に導かなければならないのだ。
「……無茶な戦い方じゃないか?」
「いや、リオとマリさんならできるぜ」
「……ならここで全方向に暴風を放ってくる。戦っている空間丸ごと吹き飛ばすぐらいの風をだ」
「そこはイチカに任せる」
「もし、普通の方の彼女だった場合は?」
「やられる前にやる。俺がハイドラグンで錯乱して、エリナさんが狙撃でぶち込んで、体勢を崩させて集中砲火だ。できるできる」
「…………あのな」
呆れてため息をこぼす。
「松下君、少し隊員を信頼すぎだ。信じることは悪いことではない。だが無茶をさせ過ぎる。そんな破天荒な指揮をあまりしない方がいい」
「俺の小隊は戦闘で頼りになる人ばかりだからな。乗り越えられるはずだ」
「戦略のイメージトレーニングで根性論を入れないでくれ」
イメージトレーニングは整理された情報でやるものだ。
「しっかし小笠原さんが動かしてくるスターヴハンガ、手ごわいな。」
「私は君より先輩だ。指揮と取った数も多いんだ。上手でなければ隊員たちにも申し訳ない。だが君は指示に迷いがないのがいい。迷うのは間違った指揮を出すより悪手だ。間違った指揮はリカバリーが効く。ゆえに常に隊員を動かさなければならない。その判断力はいい」
「ビィ・フェルノとの戦いは迷ったら死んでたからな」
「度胸あるな」
「死ぬわけにはいかないんでね。家族のためにも」
「それが君の戦う理由か」
カズキの言葉に頷く。
「ああ、家族が病気でね。グラトニーのせいでな」
「そうか、まだ君は若いだろ」
「あなただって機械人間が生まれた年代を考えたら、俺よりちょっと年上ぐらいじゃないの?」
「製造年は二千七三年。今年で二十七になるな」
「やっぱ結構大人じゃないか」
その年で製造された機械人間はかなり年を取っている方だ。人類の歴史で機械人間の歴史は三十年にも満たないのだから。
「……君の家族もグラトニーの被害者だったか」
「まだ、生きているのが幸い……生きているうちにその病気を治す方法を見つけないと」
「……そうだな。命あっての物種だ。それは人間でも、機械でも変わらない」
「……ああ」
機械の体を持った人間だ。彼も大事な何かを失ったのだろうと、トラノスケは察する。
この世界だ、誰もがグラトニーから何かを奪われている。
それを終わらせるために、自分たちは地球奪還軍にいるのだ。
「そろそろ行こう。皆が待っている」
「基地に帰ることができたら玩具を一つ奢るよ」
「玩具か……私にはいいチョイスだ」
二人は自分たちの乗るホバータンクに向かうことにした。
「ああ……結局出撃しなけれはいけないんですね……」
第00小隊のホバータンクの中で縮こまっているイチカが絶望の表情を浮かべた。
結局出撃することになった。
(あ、あんなに信頼されたら断れないよ……)
第00小隊のメンバーから滅茶苦茶励まされるし、滅茶苦茶頼りにされる。
仲間の信頼を裏切るのが苦しい。
でも自分の身を危険にするような任務には出たくない。
そんな正反対の二つの考えが頭の中でこんがらがって、今日の任務までそれらが離れることはなかった。
で、結局辞退することなく今回の任務に出撃することになったのだ。
自分の優柔不断さに嫌気がさしてくるイチカ。なんで出てしまったんだと後悔している。
「でも……」
ポケットの中から手帳を取り出す。
これが今のイチカがもう一人のイチカと会話できる唯一の方法。この手帳にその人格はもう一つの人格に伝えたい情報をこの手帳に書き込んで伝えているのだ。
イチカは手帳を開いて、
『オレに任せとけ! スターヴハンガなんて俺がぶっ飛ばしてやるよ!』
そう書かれている文字を読んで顔を俯かせる。
なぜ、今になってそんなことを書いてきたのだろう。
前のページを確認する。
『イチカをバカにしてきた奴をボコボコにしてやった』
『でっかい奴倒してやった』
『なんか防衛ばっかり、つまらねえ』
見ていると胸の鼓動が速くなる。ついでに胃も痛くなってくる。
たまにとんでもない問題行為を書いてくる時がある。それを読んだ時、何もしていないのになぜか罪が増えている。そんな理不尽に頭を抱えたこともあった。
「あれだけ私に迷惑かけて……でも、私よりよっぽど強いんだからなあ……」
前にトラノスケから自分が知らないもう一人のイチカの戦闘映像を見た。
あのグラトニー相手にあまりにも一方的に敵を屠っていた。しかも、『キセキ』の扱いも自分の何十倍も上手い。
指先をちょいっと動かすだけで暴風がグラトニーたちをなぎ倒していくのだ。
まさしく嵐を体に宿している。
「……私っていらないよね」
もう一人の人格に嫉妬よりも、自分に劣等感が沸き上がってくる。
今回の任務だって皆が必要としているのはもう一人の人格の方だ。
いっそ自分の人格がいなくなった方が、皆のためになるのだろうか、そんな後ろ向きな考えがよぎってくる。
(消えるって死ぬのと同じだなあ……死にたくないよ)
「ああ! 部屋にこもりたい! そして今日の任務が無くなってほしい! こうなったら罰受けるのを覚悟で基地まで戻って……いや、他の皆さんに迷惑かかっちゃうよ!」
どうすればいいか、考えてはだめだと叫び続ける。
イチカは混乱している!
「チィ、うるさい奴。ここまで聞こえているぞ」
「ごめんなさいねえ、うちのイチカちゃんが……あとであやしておきますからねえ」
「……イチカの奴、そこまで墜ちたか」
「エリナ、寺山相手にそれはやめておきなさい」
モモカのイチカに対する扱いがこれ以上悪化させないために、エリナのママ的行動を止めさせようとするマリ。
最底辺の信頼が、底を貫いてしまう。
「ホントに大丈夫なの? あんなビビリ、連れていって。訓練中でもあんなんだったし、自分たちの小隊が心配になってくるわ」
「アイツに関しては同感だ」
「へー、言ってくれるじゃない。出撃前に軽く揉んでやろうかしら」
「皆さん! 暴れたら指揮官さまに迷惑ですよ!」
ソウォンとモモカの言葉にイラついたマリ。一触即発の空気をツムグが止めにかかった。
それでもソウォンは口を閉じない。
「事実を言っているまでよ。雑魚の味方が一番の敵よ。どれだけ強いエースがいても、弱いやつがそのエースの足を引っ張る。あの女と共に戦うくらいなら一人で戦ったほうがマシね」
「好き勝手言ってくれるわね」
「アタシの小隊にはそんな役立たずはいないわ! だから一人で戦う必要はないけどね! ホント、なんであんなヤツを連れて行こうとしたのかしら……最初っからオレンジ髪の方になればいいのに」
「またスターヴハンガとの戦いが起きる、か」
自分の武器である『ジャック&エース』を整備しながらリオは今回の任務について考えていた。
(私は、隊長としてやっていけるのだろうか……スターヴハンガとの戦いはいけるのか……第02小隊との連携は、イチカや他の仲間たちの体調は……トラノスケと共に任務を……)
「なーに、難しい顔してるの。リオン君」
頭の中でグルグルと自分がするべきことを考えていると、アスカが声をかけてくる。
「アスカさん、軽装で……そんな装備で大丈夫なのか?」
「大丈夫だ、問題ない。僕はいつだって、戦いの準備はできているのさ。これが一番いい装備だ」
腰に付けたビームマグナムを見せつけてくる。高威力の単発ビーム銃器。反動が強く一部の隊員しか身につけることを許可されていない
アスカにとって身に着ける武器はこれで十分だ。
「それよりさ、リオン君どうしたの? 戦いに行く人間の顔をしていないね。迷いに迷っている人の顔だよ」
「アスカさんにはわかるのか」
「僕、隊長だからね。隊員の表情はなんとなくわかるのさ」
伊達に軍が設立されたころから入隊してはいない。
長くグラトニーと戦い、そして隊長の歴も長いため、部下の隊員のことは顔を見れば考えていることはなんとなくわかる。リオがポーカーフェイスだとしても、その表情から発する雰囲気でわかるものである。
言い当てられたリオは考えていることを口に出す。
「私は隊長になった、だけど今の今まで隊長らしいことができていない。いつだって自分勝手だった」
だから、
「第02小隊との共同作戦……他の小隊と共に任務を遂行するのが不安になってきてしまったの。隊長としてうまくいけるかどうか……」
「なるほどねえ」
それは隊長としての不安であった。
リオが隊長としての責任感を抱くようになったのはビィ・フェルノとの戦いの後であった。
あの時は隊長なんてものは飾りで、ただ適当に指示を出し、自分だけで行動することばかりをしていた。
だが今は違う。
隊長として同じ小隊のメンバーを仕切っていかなければならないのだ。
「隊長は強いのが前提だけど、強いだけじゃあいい隊長ではないからね。時には指揮官の代わりを務めないといけない。前線での指揮官だからね、この軍の隊長は」
「だからこそ不安になってくるのよ」
「問題ないよ」
「え?」
アスカはそう言い切った。
へらへらとしていた顔から一変、真剣なまなざしでリオの悩みに答えようとする。
「君は仲間のことを思って、隊長としてどう立ち回ればいいか悩んでいる。でも味方のために思って考えているなら、自然と隊長らしい行動をとれるようになるさ」
「仲間を思うこと……」
「今の君は輝いているよ。黄金の精神、正義の心にね。それを忘れなければ、隊長としてやっていける」
「……そう」
今ので答えを得たかと言えば素直に頷けない。
だがそれでも道しるべは見つけたような気がする。
この答えは戦いの中で見つけるしかない。
答えだけは自分で作り出すしかないのだ。
「そろそろ出撃準備だ。生きて帰ってくれば君もいっぱしの隊長になっているよ」
アスカが眼鏡を取って、黒いレンズのゴーグルを装着する。
本気の時に身に着ける彼女お気に入りのゴーグルだ。
「今日はガチだからね。気合入れる時はやっぱゴーグルっしょ」
気合を入れたアスカは、さらにタブレットを取り出して、
『マリア! 団長! 共同戦線よ! 雑魚どもぶっ飛ばして親玉をぶっ殺す!』
自分の大好きなアニメ、『傭兵騎士カシア』を見ることにした。
(……ルーティーンなんだろうけど、カッコつかないわね)
「どしたん? リオン君も見る?」
「任務が終わった後で」
正直トラノスケが話していたロボアニメの方が興味あるのだが、せっかく進められているしそっちもあとで見ようと思ったリオである。
そして出撃の準備が整った。
「第02小隊! 今回の任務は前から伝えているとおり、前に目撃した侵食樹の破壊! そしてその周辺のグラトニーを殲滅する! 作戦名、『風砕作戦』! 今回はいつも以上に危険な任務になるだろう! 松下指揮官! そちらの様子はどうだ?」
「問題ない! いつでも行ける!」
全隊員がホバータンクに乗り込み、エンジンをつける。
「奴らを叩き潰す……何よりも、あの女に負けていられない」
「モモちゃん、リラックスリラックス。皆、危なくなったら僕を呼んでね。すぐに駆け付けて助けちゃうよ」
「今日のMVPもアタシで決めるわ」
「ウォンちゃんはいつも通りだねえ」
第02小隊も気合が入っている。
「よし、皆! 久しぶりの大仕事だ! 達成して生きて帰ってくるぞ!」
「ええ。どんな敵でも、私が倒してお前たちを守る。誰も死なせはしないわ」
「指揮官さまの命令は絶対死守! ですね!」
「敵が強いほど、燃える物よ。前はちょっと怖かったけど、今はスターヴハンガ相手でも問題ないわ!」
「皆さん、怪我したらわたしがすぐに治してあげますからね!」
「……ああもう! ここまで来たら、絶対に生きて帰ってきますよ! うまくいかなくてもあまり責めないでくださいね!」
一人のぞいて、第00小隊のメンバーもやる気は十分だ。
「第00小隊! 出るぞ!」
全てのホバータンクが地上エレベーター付近の防衛施設から外に飛び出していく。
目的地の神護寺まで走っていく。
目指すは異常に成長した侵食樹である。




