イチカとの話し合い
訓練が終わり、第00小隊の宿舎。
そろそろ食堂にでも行こうかと第00小隊のメンバーが話し合っていると、
「……はあ」
イチカはため息ばかりこぼしていた。
はたから見てもネガティブオーラが発せられているのがわかる。
視線も上の空。
「マズイな、どうする? 第02小隊と共同作戦を行うと言ったきり、あそこまで調子が悪くなるとはな」
まだ自主で返ってきていないリオと落ち込んでいるイチカ以外の第00小隊がこっそり集まって話し合い。流石にあそこまで暗い雰囲気を漂わせていると全員心配になってくる。
「……戻ったわ」
「おう、リオ。今日も自主訓練お疲れ様」
そして話し合いをしようと思った瞬間、隊長のリオが帰ってきた。
ちょうどいい、彼女も参加させよう、とイチカをどうすればいいかリオに聞こうとしたら、
「なんで来なかったの?」
冷たい声。
「え?」
不機嫌なリオがトラノスケを鋭い視線で睨みつけている。
(そういえば、様子を見に行くと言っていた……第02小隊の人たちを覚えて、指揮するのに必死で忘れてしまった)
忙しかったのは確かだが、それでリオとの約束を無下にして許されるというわけではない。
「すまん、訓練中に顔を合わせられなくて」
素直に謝ることにする。
「あら、寂しかったの? ならハグして頭でも撫でてあげようかしら」
「わたしもしてあげますね〜」
「隊長さんは指揮官さまに甘えたかったのですね!」
「…………三人、うるさい」
茶化してくるマリたちを黙らせてやろうかと、イラッとしたリオ。
だがそれよりも、今はトラノスケと話すことの方が大事だ。
「知らない人ばかりだった」
「まあ、第02小隊の人と初めて訓練したんだもんな」
「もう、すごい寂しかった」
「そうか……」
「約束破った」
「ごめんって! 今度は一緒についていくから! だから機嫌直してくれって!」
リオの様子がおかしい。
(なんか美羽の我儘聞いている時を思い出すなあ)
妹とのやり取りを思い出す。
今のリオは構ってほしいのだろう。寂しかった分、トラノスケと話しあったり、遊んだりしたい。言動の節々から伝わってくる。
すると、リオはトラノスケの隣に座り、肩に顔を乗せてきた。
「……リオ?」
「しばらくじっとして」
「恥ずかしいんだが……いや、わかった。気分が落ち込んでいくくらいなら、いくらでもじっとしておくぜ」
それで元気になるのならじっとしておこう。
トラノスケは微動だにせず、リオを支えた。リオは表情は変わらないが、心の中ではとてもリラックスしている。
「ねえ、あれってもうつながっているわよ。間違いないわ。エリナ、どう思う?」
「そうでしょうか……どっちかというと兄妹のじゃれ合いのよう見えます」
「もっと面白くしてあげるわ」
「やめましょう、マリさん! 今の二人に挟まるのはまずいです! リオちゃんから怒られますよ!」
「隊長さん、いいなあ……」
遠巻きに見ているマリとエリナが騒ぎ、ツムグは羨ましそうにしている。
そして苛立ちと不安が消えて、落ち着いたリオはトラノスケたちが話していることを聞いてみた。
「で、皆何の話をしていたの?」
「イチカの様子がな……どん底なんだ。心配なんだよ」
「今日の朝から調子がわるそうでしたね」
「こうなったら、わたしがいい子いい子してあげます! 行ってきますね!」
早速行動を開始したエリナ。
落ち込んでいるイチカにニコニコ顔で接近していく。それを見たトラノスケはなぜか心が震えたのは決して恐怖ではないと思っている。
「イチカちゃん。こっち向いてください」
「え?」
「最近元気がありませんね。ママに抱き着いてみたら気分が晴れますよ!」
そう言って両腕を大きく広げて飛び込んでこいと構える。
「え、やめてください」
それを冷たい視線で返すイチカ。
本当に嫌そうだ。
「じゃあ頭をなでなでしますね!」
「嫌ですよ! 変なことしないでください!」
すぐさま逃避を開始するイチカ。これ以上構っておくと無理やりやらされそうになる、そんな予感を感じ取っていたのだろう。
「駄目でした~……」
寂しそうにしたエリナが戻ってくる。
「残念でしたね」
「いきなりあんなことされたらそりゃ驚くよ」
「でも、不安な時こそ、人との触れ合いが大事なのですよ。親しき人と触れ合うと不安も消えてリラックスできるんです」
「……確かに」
リオが頷いている。
(前のクールな感じの彼女はどこに……)
でも素直に頼ってきてくれているのは嬉しいと思うトラノスケ。それに戦闘の時は冷静にクールで頼りになる。だからクールな部分は変わっていない。ただ甘えたがりな妹気質の部分が性格に追加されただけだのだ。
「どうする? あのままだと心配だ」
「トラノスケ君。やっぱりここは指揮官の立場として話をつけるべきよ」
「タイマンでいけるか?」
「そっちの方がいいかもしれない。イチカはちょっとビビりだ。複数人で話しかけられたら委縮してしまうかもしれない」
「わかった。もし俺が失敗したら、マリさん、エリナさん。よろしく頼む」
「私は……見守っておく」
「リオ、同じ小隊のメンバー相手ぐらいは話せるようにしておきなさいよ」
「いや、今のイチカの様子を見ると……」
「アタシは何をすればいいのでしょうか!」
「待機」
「指揮官さま! シンプルな指示です!」
話し合いは終わった。
イチカの調子をよくするには、悩みを全てさらけ出させるしかない。
おそらく次の任務が原因なのだろう。
幼馴染のモモカのことか、それとも訓練が上手くいかなくて任務のことが心配になっているのか。
それがわかるにはイチカと話し合ってみるしかない。
「やあ、イチカ。時間あるか?」
トラノスケが声をかける。
「……はあ」
だが返事は無し。
イチカはため息をついている。聞こえていない。
「イチカさん、聞こえてる?」
「――ひゃっ⁉」
もう一回、声をかけると、イチカが驚いて振り向いてトラノスケの顔を見る。
「し、指揮官さんですか……何か用件でもあるのでしょうか?」
「まあ、な。イチカ。なんか調子悪そうだが……何かあったのか?」
できる限り優しい声色でイチカに問いかける。
「なんでもありません……」
それでもイチカは話したりはしない。自分一人で抱え込もうとしている。
「話せば少しは楽になると思う」
「…………」
「それに、俺は指揮官だからさ。一応、部下の悩みとは耳に入れとかないとね」
別にそんなルールはない。
でもこういえばイチカも話しやすくなってくれるのではないかと思って。
悩みを打ち明けることは別に迷惑なことではない、だから気にしないで話してくれ、そういう意味を込めてそう言ったのだ。
「…………指揮官さん」
「なんだい?」
「もし私は、次の任務に出たくないって言ったら……どうします?」
「――っ」
その言葉にいつもとは違う雰囲気を感じた。
いつもなら任務に行きたくない、そんなオーラを出しながらも結局指揮官のトラノスケの指示に従って地上に出る。
だが今回は絶対に出たくない、任務への拒絶のようなものを、トラノスケは感じ取った。
「この小隊を抜けて懲罰部隊に逆戻り? それとも命令無視で謹慎? 罰は確実に受けますよね?」
「俺はそんなことしない」
「指揮官さんがそうしなくても……上層部がそうしますし……それが正しいから」
「まあ……」
否定はできない。
だが彼女自身も任務には出なければならないということは理解しているようだ。だがそれであっても次の任務には出撃したくない。
心当たりがある。
なぜイチカが今回の任務に限っていつも以上に拒否しているのかを。
「なあ、次の任務が不安なのか? だから、出撃したくないと」
「…………」
「寺山さんのことか?」
その名前を出すと、わかりやすくイチカがぴくっと震えた。
前のグラトニーとの戦闘でモモカと顔を合わせたときの、あの険悪さ。あれを目撃すれば、イチカが次の任務に出たくない理由がわかる。
過去に色々あって、親友から関わり合いたくない仲まで関係が悪くなった二人。イチカがモモカに会いたくない、面を向かいあいたくないのもわかる。
(……イチカも謝ってはいるんだろうけど、それで簡単に済む話ではないからな。仲間を見捨てて逃亡するなんて)
まあ、それは今は関係ない。
大事なことは落ち込んでいるイチカを励ますこと。そして不安に思っていることを聞き出して、その不安を消すようにすることだ。
「…………か、関係ないです」
「そうか? 小笠原指揮官から聞いたぜ。寺山さんとイチカ、幼馴染で仲が良かったと」
「……それは」
「一緒に居たくないのか」
「そ、そうですね……まあ……」
「共同で任務に出ると言っても、一緒に戦うってわけじゃない。俺たちの小隊に合流するのはソウォンたちだ。だから寺山さんと共に行動するというわけじゃない。それでも不安か?」
「そ、そうなんですか……」
トラノスケの言葉に頷く。
だが目がわかりやすいほど泳いでいる。言っている言葉も曖昧だ。
(よほど追い込まれているようだ……落ち込んでいる理由は寺山さんとの関係だけではない)
モモカと共に戦うのは嫌だ。それも理由だろう。
だが落ち込んでいる理由はそれ一つではない。
理由は一つだけが真実ではない。二つ三つ、重なり合うこともある。
だからこそ、いつも以上にイチカは追い込まれている。
(昨日今日で彼女にとって色々起こりすぎたのだろうな)
平泉イチカは思ったより普通側の人間の感性をしている。
もう一つの人格を宿して、『キセキ』も使えて、そして懲罰部隊から選出された第00小隊のメンバーとなっている。
だが本人は臆病で、戦いそのものが嫌いなのだろう。経歴が複雑でも、不思議な力を得ても、人間の性というものは案外変わらないものだ。
そう考えると、イチカが抱いている不安というものは、
「今回の任務で、大役を任されたことに対しての不安か」
「――っ⁉」
さっきよりもわかりやすく目を見開くイチカ。
図星だ。
やはりそうか、とトラノスケは納得する。
イチカは任務で大役を任されたことに恐怖を抱いているのだ。
そう言い当てられたイチカはうつむいて、しばらく黙りこみ、
「だって……できるわけないじゃないですか……」
せき止めていた思いを吐き出すように、怯えた声を発しながらも止めることはせず、トラノスケに思いをぶつけていった。
「私は『キセキ』を使えても、そよ風を起こす程度……それなのに、かまいたちだの嵐だの止めろなんて……しかもあれほど苦労したスターヴハンガもいる可能性もあるって……そんなの、死んで来いって言っているようなものですよ!」
彼女の不安、その一番の理由は死への恐怖。
自分は他の隊員たちと比べても弱い。
なのに次の任務では重要な場面を任されて、さらに自分を殺しかけた災役のスターヴハンガもいる可能性もある。
そんな任務、出たくない。
出たところで死ぬだけだ。
そんな恐怖と諦めがイチカの心を支配していた。
「イチカ。落ち着いてくれ。そりゃあ次の任務は大変だ。だけど、俺たちも、第02小隊もいる。上層部だって装備や道具をたっぷり用意してくれる」
それでももし、
「本当に無理だと思うなら、俺が総司令官に言ってみるよ。だから……」
「そんなわけない……絶対に出ないといけない……私がそうじゃなくても、もう一人の私がそれを望んでいる!」
もう一人の私、それは凶暴な方のイチカであろう。
彼女は戦いを望んでいる。
「私が出ないといっても、彼女が出てくるんだ……あの子が暴れたがっているから……また私に覚えのない罪が……増えちゃう」
「イチカ、深呼吸しろって! もう一人のお前が出てきても、俺が抑えてみるからさ!」
「……死にたくない。痛いのは嫌だ。任務に出るのは……いや!」
「待ってくれ!」
トラノスケから逃げ出すように、背を向けて走り去る。
その背中からは怯えが見えた。
止めようとするトラノスケ。
「ふんぎゃ⁉」
――そしてイチカは勢いよく地面に倒れた。
こんな危ない止まり方は予想外で、トラノスケは一瞬呆気に取られてしまう。
「大丈夫か⁉」
よほどテンパっていたのか、足元もおぼつかないため見事な勢いで転んだ。
頭から地面にぶつかっていったように見えたため、心配になったトラノスケはイチカの容態を調べようとする。
「――あっ?」
するとイチカの髪の色が変わっていた。




