昔見た、己の姿
合同訓練が終わり、訓練所も人が少なくなっていた。
トラノスケたちの合同訓練は途中イチカが明らかに調子は悪そうにしていたが、それでも訓練自体は無事に終えた。トラノスケたちには初めての他の小隊との訓練。
他の小隊の動きを見習い、それに合わせて、練度を高めていく。
そもそも第00小隊は人数が他の小隊より圧倒的に少ないのだ。
大人数で訓練を行える機会が少ない。
なので今回の合同訓練はいい経験になった。
あとは任務の日までこの訓練を続けていく。
一方、リオはどうなっているかというと。
「……トラノスケ達、来なかった」
不貞腐れていた。
過去のトラウマが原因で人見知りなリオ。というか知らない人が苦手。顔を合わせるだけで内心は焦りと恐怖で頭がいっぱいになる。
それなのに、アスカは自分が誰も知らない第02小隊の隊員たちに合わせてきた。
リオの精神的疲れは半端ではなかった。
少ない言葉数でも元気に言葉を返してくれた第02小隊の隊員たちには感謝しているが、それでも見知らぬ人に囲まれていたリオの心境に大きな疲労を残していた。
表情も暗い、目にも光がない。
少し前まではひとりでも寂しくなかったのに、今は知っているがそばにいないと不安になる。随分と寂しがり屋になったものだとリオは思った。
「無理だ……知らない人たちと組むなんて……」
「白神隊長、少しよろしいか?」
うなだれていると、声を掛けられる。
第02小隊副隊長、モモカであった。
「……なにかよう?」
リオは警戒しながらなぜ自分に声をかけたのかを聞いた。
まだ彼女なら話せはする。
アスカが紹介してくれたからだ。
――リオン君は隊長だから、副隊長のことも知っておこうね。ほら、モモちゃん、挨拶どうぞ!
と、こんな感じに紹介されて、合同訓練でも終始隣にいたのだ。
だからモモカ相手には最低限の言葉を交わすことはできる。
「この後、自主訓練でもするのか? もしよければ共に腕を鍛えないか?」
まさかの訓練の誘い。
モモカがリオに誘った理由、リオの実力を見てもっと訓練に励みたいと思ったからだ。
先ほどの合同訓練でリオの銃の腕を見た。
華麗な空中での高速移動、からのイリュージョンのような動きで銃を撃ちながら敵を撃ち貫く。一方的に敵を狩るその姿は、モモカにとって目指すべき強者の姿であった。
リオと共に鍛えれば、自分はもっと成長できる。ならばこそ、自主訓練に誘ったのだ。
モモカの心は強くなりたい、その向上心によって燃え上がっている。
(自主訓練は一人でしたいな。でもせっかく誘ってくれたのに……)
対して、リオは困っていた。表情はクールなままだが、内心はどんな言葉を返そうか悩みに悩んでいる。
いつも自主訓練は一人でするか、トラノスケを誘って行っている。だからこのあとは一人で自分の体の状態を確かめるトレーニングでも行おうかと考えていた。
だがそこにモモカが一緒に鍛えようと誘ってきてくれた。
どんな言葉を返せばいい、頭の中で思考を繰り返す。断ったほうが楽ではある。
(……こういう人との関わりは大事にしろとアキラさんも言っていたわね)
だが……この軍の人たちは高校の同級生とは違う。優しい人たちばかりだ。厳しい人も、自分と同じように深い悲しみと傷を心に抱いている人だ。
せっかく誘ってくれたのだ、ならばその誘いに乗るべきであろう。
「……わかった」
「そうか、よかった」
モモカの提案を受け入れて、訓練の準備に取り掛かる。
「白神隊長。訓練の前に、一戦してくれないか?」
「一騎打ちのことか?」
「ああ……隊長の座についているあなたの実力をもっと知りたい。それに、こういったことをするのが自主訓練の特権だ」
それはリオにとってはその方が好都合であった。
他人と目を合わせて話し合うのも、己の技術を教えるのは苦手だが、実力をぶつけ合う一騎打ちの勝負ならそういったことはしなくていい。
それに、第02小隊の副隊長の座にいるモモカの実力を見てみたい。次の任務で隣に立ってくれるかもしれない。動きを知れば連携をうまくとれるようになれるだろう。
ならこの提案を突っぱねる理由はない。
「なるほど、わかりやすい。その一騎打ち、乗ったわ」
「よし!」
訓練場のバトルフィールドに二人が立つ。
リオはツインビームサブマシンガンを握りしめ、モモカはビームスピアを手に持った。
「先に急所にビームをぶつけた方が勝ち。これでいいかしら」
「ああ、いつもの一騎打ちのルールだ。それと、『キセキ』の使用は無しだ」
「『キセキ』の使用を禁止……」
「純粋の銃の腕を見せてほしい」
「いいわ。鍛えるのが目的だから」
戦いのルールを決めて両者一定の距離を取る。
そして互いに気を引き締めて武器を構える。
「シッ!」
先に動いたのはリオだ。
両腕を前に伸ばして、銃口をモモカに向ける。そして引き金を引いてビーム弾が放たれる。サブマシンガンの弾幕がモモカに迫ってくるも、
「その程度で!」
それを避けつつ、ビームスピアで斬り落としながらリオに接近していく。
モモカの武器は槍である以上、近づかなければその刃は届かない。斬撃波もあるが、リオのビームサブマシンガンの方が速く撃てる以上、撃てるチャンスが限られてしまう。
ならば確実に接近戦で仕留める。射撃は不利でも、近づけさえすればこちらが有利。
リオのツインビームサブマシンガンには近接モードのビームダガーがあるが、槍の方がリーチが長い。近接戦ではモモカの方が分があるのだ。
「ならば!」
だがそれはリオも理解している。
モモカを近づかせないために、足のジェットブーツに火を吹かせて空を飛ぶ。そこから得意の空中殺法。空という不安定な空間でも体を巧みに動かして、銃を乱射。狙いはモモカの進む方向を予測しての射撃。動きを封じ込めにいく。
「くっ⁉」
リオの射撃はモモカの足元を狙っている。止まっていたら足を射抜かれる。相手の射撃より早く動かなければならない。
足を止めず近づこうにも、リオはモモカの動きを見ながら常に一定の距離から射撃を行なっている。
モモカの武器が近接戦闘に特化している以上、近づかせないように牽制しながらビーム弾をぶち込む。
対してモモカは距離を離されながら撃たれ続けているため防戦一方。このままでは何のダメージを与えること無く、防御に徹したまま負けてしまう。
(激しく動いているのに射撃が全くぶれていない……ソウォンしかこういった芸当はできないと思っていたが!)
やはり隊長を任されている者は実力もそれ相応だとビーム弾を弾きながら感じる。
しかも、第00小隊の全メンバーは隊長並みと評されている。一人場違いがいると、モモカは思うが、リオの実力を肌で感じて実感していた。
じっくり攻めようにも、リオ相手にそれは己の体力を削るだけの愚策。
ならばここは――
「強引に進むしかない!」
一撃必殺にかけるしかない。
ビームスピアの出力を上げて空を斬り裂くかのように、ビームの槍を真下から真上まで振り上げる。その一振りから巨大な斬撃波が大地を走りながら、リオの射撃を消しながら飛んでいく。
「……っ⁉」
猪突猛進ともいえるフェイント無しの一直線の攻撃。
それを止めようとサブマシンガンを連射していくが、
「この距離なら!」
モモカの足は止まらない。
前方を槍の回転によって生まれた盾で、ビーム弾を弾きながら前に進んでいく。
「もらった!」
走った勢いを利用して、そのまま槍を突き出す。最高速の突きがリオの体を狙って襲い掛かってくる。
「甘い!」
その槍に対して、リオは体をひねらせながら、足で槍の持ち手の真上から踏みつける。最速の突きではある。だがどこに飛んでくるかわかれば対処は楽だ。
「なっ⁉」
ビームの刃は地面に刺さり、モモカの体勢が崩れてしまう。膝が崩れて立ち止まり、頭の仲が真っ白に染まってしまう。
その時間はわずか。
だがわずかでも隙であり、その隙はリオ相手にとっては致命的であった。
踏みつけた槍を蹴り飛ばし、右手に持ったサブマシンガンの銃口をモモカの首元に、もう片方のサブマシンガンは腹部に。
「あなたが動きより先に、私の指が引き金を引く。どう?」
「……私の負けだ」
素直に降参と両手を上げた。
武器を飛ばされ、銃を突きつけられている。ここから反撃しようにも、リオはすぐに封じるだろう。
「白神隊長。あなたから見て私の動きに何か悪いところはあっただろうか?」
「……大振りが多い。槍のリーチを活かすためにそのような攻撃になっているのかもしれないけど、そのせいで隙が大きい。勝負において、一瞬の隙が敗北の可能性になる」
「なるほど……では動きをコンパクトにすれば」
「いや、大ぶりの技は威力がある。動きを治すのではなく、動きを増やすように訓練した方がいい。あなたの実力なら、技が増えても戦いの択を迷うことはない」
攻撃とは、ただ当てるだけでは意味がない。
相手の意識を奪うような大技を当てる必要もある。それは前に戦ったビィ・フェルノとの戦いで嫌というほど実感できた。
スターヴハンガを相手にするなら大技は大事だ。
そしてその大技を当てるために隙の小さい小技で揺さぶっている。
戦闘において、小技と大技、どちらもなければ相手を倒し切ることはできないのだ。
だからそれを消すのはやるべきではないと、リオはモモカに教えているのだ。
それを聞いてモモカはなるほどと頷く。
技の択を増やす。
自分はグラトニーをすぐに倒したいあまり、大技ばかり振っていたことを思い出す。戦いは常に冷静であれ、よくアスカ隊長にも言われていたこと思い出した。
やはり隊長ともなれば、一つの戦闘で多くのことを考えることを実戦でできているのだなと心の中で称賛していた。
(格闘ゲームでも弱攻撃と強攻撃、どちらも強いと強気に攻めれるから)
現実でもゲームでも攻撃の択は多い方がいいと、リオは心の中で強く思った。
「やはり隊長格はウカミタマとしての実力も別格だな」
「あなたは『キセキ』を使える。戦いでも冷静だ。隊長を任せられても問題ない実力を持っていると思うわ」
「そこまで評価してくれてありがとう。だが私はまだ足りない。『キセキ』を扱う技術も、兵器を扱う技術も、どちらも隊長たちには届いていない」
己を卑下するように、拳を強く握りしめる。
その拳にリオはモモカから力への渇望を感じた。
「……そこまで強さを求めるには、なにか理由が?」
向上心のような真っ当なものではない。殺意がにじみ出た絶対にその力を得てやるという執念のような何かをリオは感じ取った。
モモカは隠すことなく、自身が力を得たい理由を答える。
「倒すべき敵がいる。この手で討たなければならない相手を、この目に傷を付けたグラトニーを……」
「傷を?」
(そういえば……地球奪還軍の医療なら傷なんて痕も残さず綺麗に消せるはず……)
二十一世紀末の科学技術とウカリウムによって地球奪還軍の技術はグラトニーの侵略に襲われても、劣化することなく保たれた。そしてそれは医療の技術も失われることもなく、さらにいえばウカリウムのおかげて治療に関してはグラトニーに侵略される前よりもレベルが上がっている。
なんならリオの小隊にはエリナがいる。彼女の『無傷の祈り』はどんな傷だって治せる。それこそモモカの右目の傷も難なく。
だからこそ、あえて傷を残していることに疑問を抱いた。
「なぜ?」
「なぜ……とは? なにを聞きたい?」
「……えっと、残しているのはなぜかと」
「自分の未熟さを忘れないため、そして倒すべき敵を忘れないため……そして奴がしでかした罪を忘れないために」
「…………」
その言葉を口に出しているモモカの表情には怒りが滲み出ていた。聞いているリオも彼女の様子を見て、
(まるで、少し前の自分みたいだ……)
トラノスケに出会ってスターヴハンガと戦う前の自分に重なって見えた。
グラトニーに強い憎しみを抱き、それをさらけ出しているその姿に。
そう思っていたリオに、モモカは自身の右目に指さした。
「この目はバイオ義眼でもない。ウカリウムの培養液によってできたものだ。私のもう片方の目から細胞を取って、私の右目を医療班が蘇らせてくれたのさ。その代わり、目の色は翡翠色に染まったままだが」
「失った目を一から作り出した……キセキを使わず、科学力で」
「ああ、そうだ。この目の色も、傷も、私にとっては忘れてはならないものを思い出させてくれる証だ。消してはいけないものだ……」
その傷跡に触れて、痛みに苦しむように顔を歪ませる。
「この目を鏡で見ると、今でも痛みが蘇ってくる。無力の痛みが。隊員の中には斬り放された腕をよみがえらせてくっつけても、幻肢痛に襲われることがあるらしい。不思議なものだ、腕自体は動くのにな」
「……寺山」
今もモモカは苦しんでいる。
自分の大事な物を奪い去られて、その喪失感と己の無力さに。
自分を過小評価しているのも大切な物を壊されてしまい、心にできた傷がそうさせている。
本来なら戦いから遠ざけるべきだろう。
だがこの痛みは戦わなければ治らないものだとリオは思っている。
スターヴハンガと戦うまで、復讐だけが心を支配していた。それを消すには頼りになる仲間と共に奪い去っていった物を倒すしか無かった。
モモカの心も同じなのだ。
復讐するべき相手と戦うまで彼女の心の暗い闇は消えることはない。
「……訓練の話だったのに無駄話に脱線してしまったな」
「いえ、あなたの戦う理由が聞けて、よかった……」
「ただ、吐き出したかっただけだ。問題を起こしたとはいうが、誰よりもグラトニーを討伐し、スターヴハンガから生き残ったあなたには尊敬の念を抱いている。だから……話したかったんだろうな」
モモカはリオが懲罰部隊にいたことを知っている。
だがモモカがリオに向けていたのは軽蔑ではなく強者への憧れであった。
懲罰部隊にいながらも、多くのグラトニーを狩ってきたことは耳に入ってきた。そして第00小隊の隊長となった。
そのグラトニーを狩る姿にモモカは憧れを抱いたのだ。
尊敬の念を向けられていることに気づいたリオは、ちょっぴり恥ずかしくなりながらも、モモカが強さと仇を討つ、その二つを求めていることに気づき、
「あなたには小隊の仲間がいる」
彼女なりのアドバイスを送った。
「え?」
戸惑うモモカにリオは言葉をつづけた。
「その人たちを頼れば、討つべき敵を倒せる……はずよ」
自分がそうであったように。
そして姉のように心の底から頼りになる、トラノスケのことを脳裏に浮かべた。
「……なるほど。わかった」
「訓練を始めましょう。次の任務を達成するために」
「ええ」
二人は自主訓練を再開させた。




