合同訓練
第02小隊から申し込まれた共同任務。
それは第00小隊にとって初めてのことである。
トラノスケはこのことに心配と同時に希望を見いだしていた。
確かに第00小隊は問題を起こして懲罰部隊に入ってしまった問題隊員。それが第02小隊の人たちにとって不安と警戒を抱かせてしまうだろう。自分も他の小隊の指揮官なら同じ気持ちになってしまうかもしれない。
だが今は違う。
仲間たちは成長しているのだ。
特にリオは隊長として頑張っている。他の小隊に迷惑をかけるようなことはないだろう。
きちんと活躍すれば他の小隊も第00小隊の見る目が変わるかもしれない。
「皆、次の任務のことは耳にしているな! 相手はあのスターヴハンガになる! ゆえに、ヤツらと戦闘経験のある第00小隊と共に任務を遂行することになる! 訓練も合同だ! 失礼のないように!)
(そう、だからこそ第02小隊との共同訓練で下手なことは起こさないはず!)
トラノスケの心は落ち着いてなかった。第02小隊に迷惑をかけないかどうか、で。
共同で任務を行うのだから、最低限連携は取れた方がいい。
というわけで今日から次の任務まで二つの小隊は共に訓練を行う時間を作ったのである。
「え……本当にするんですか?」
だが第02小隊の隊員が困惑した声を上げる。
「なんだ、不満か?」
「いや、だってね……」
「あの第00小隊でしょう?」
「腕は確かだけど、また暴れられたらこっちが困りますよ」
(言いたいことはわかるが、あらためて言われるとちょっと悲しいな)
だんだんと漏れてくる不安と不満の声。怯えている人もいる。
第00小隊は懲罰部隊に入った隊員が集まってできた小隊。トラノスケが来る前に結構問題起こしていたのだ。
だから第02小隊の隊員たちからそんな意見が出てしまうのは仕方のないことであった。
「まあ、こんな反応になるのも無理ないんじゃない」
「こ、こわい……」
「やる気だしてください、イチカちゃん! 不安なら背中ポンポンしてあげましょうね」
「い、いりません……」
ちなみにマリ達はそんな言葉気にしていない。まあそうだろうなという納得な反応である。
「イチカ、大丈夫か? 気分が悪そうに見えるが」
「な、なんでもないです……大丈夫です……はい」
「不安なら俺や他の人に言ってくれ。そのほうが互い楽な気持ちになるぜ」
「……ほ、本当に大丈夫です」
だがイチカだけ青ざめている。心配になって声をかけるが空元気の返事が返ってくる。
今日の朝、いつものイチカに戻ってからいつもこの調子だ。モモカと出会ったのが原因かもしれないが、友人関係に関してはそう簡単に入り込めないし、解決できるものではない。
励ましてあげるぐらいしかできないのだ。
「まっ、いいじゃん。もし彼女たちが問題起こしたらトラン君……ごほん、松下指揮官が責任取るし、僕がすぐに止めに入るよ」
「隊長⁉」
トラノスケとイチカが話し合っていると、アスカが部下たちを落ち着かせようと隊員たちの愚痴に口をはさみに行く。
「だからさ。一緒に訓練しよ。文句なら終わったあとに言ってちょうだい」
「隊長がそう言うなら……」
不安ながらもアスカの言葉に頷いて引き下がる隊員。
マイナスな気持ちで訓練に挑んでほしくはない。そんな精神状態で訓練しても身につくものなんて微々たるものだ。
「やあ、トラン君。任務の時に君たちと共に戦ってくれるメンバーを選んでおいたよ。君の指示にも従ってくれるさ」
「わかった、ちゃんと指示してみせるさ」
「あー、あとリオン君連れて行くね」
「え?」
突然呼ばれて疑問の声を上げるリオ。
「君隊長じゃん。他の小隊もちょっとは詳しくないとダメダメ〜」
「…………それは」
「今回は僕も横にいるからさ。だから嫌な顔しない!」
「トラノスケ……」
「後で見に行くから。頑張ってきな」
捨てられた子犬のような目をしているリオを送り出すトラノスケ。人見知りとはいえリオも隊長なのだ。せめて訓練や戦闘中の時ぐらいは他人と話せるぐらいのことはしてほしい。
それにそれが隊長として成長するものだと思って、リオを見送ることにしたのだ。頑張ってもらいたいものだ。
「松下指揮官! よろしくお願いしますね!」
「松下さん! 今日の訓練、頑張りましょう!」
「ああ、よろしく頼みますね」
第02小隊の隊員たちとあいさつを交わしながら、訓練を行う人たちの顔を覚えていく。
なんかトラノスケだけに人が集まっているが気にしないことにする。
(さすがに、寺山さんはいないか)
その中でモモカがいるか確認してみたがいなかった。
トラノスケ自身、モモカは悪い印象は抱いていない。真面目に仕事をこなす隊員で実力でも頼りになる。
しかし、イチカとのあの険悪なやり取りを見ると一緒にさせるべきではない。
「…………ほっ」
イチカも安堵のため息だ。
「どきな! アタシが通るから!」
突然、第02小隊の隊員たちをどかせながらトラノスケの前に強気そうな女性隊員が現れる。左右で赤と青のツートンカラーの髪をツインテールにしている彼女は、赤と青のオッドアイでトラノスケを見定めていた。
「寺山さんと一緒にいた隊員さん、ですよね」
「そうよ。忘れるわけないわよね。第02小隊のエースを」
(まあ、これだけ派手な格好なら忘れるわけないか)
活躍も派手だった。
姿を見れば忘れるようなことはないだろう。
「えーと、確か名前は――」
「ソウォン」
「ん?」
「キム・ソウォン。ソウォンって呼びなさい。いい?」
彼女はそう名乗り、トラノスケは思い出す。
モモカは彼女のことをそう呼んでいたことを。
「わ、わかりました」
「そっちの隊員さんたちもね。ソウォンの名前を忘れちゃあだめよ」
「はい! わかりました! キム・ソオンさん!」
「ソウォン! 間違いないでちょうだい!」
どうやらツムグにとって発音しにくい名前らしい。
申し訳ございません、とツムグが謝っている。
「マリさん、彼女のこと知っていますか?」
「噂で聞いたことあるけど、第02小隊のシューティングエース、それが彼女よ。キセキ無しで隊長のアスカと同じぐらいグラトニーを討伐しているわ。口先だけの奴じゃあない」
「マジか」
第02小隊はグラトニーの討伐数がトップクラスの遊撃隊。
その中でエースを名乗るほどの自信、実力、功績を身につけている。第02小隊の中でも実力者なのがわかってくる。
「エースの私が来たのだから、足を引っ張るような真似したらアスカ隊長のところに戻るわよ」
「凄い自信ですね」
「ガンスキルはこの軍の中で一番よ。軍人だろうか関係ないわ。私が誰よりも銃をうまく扱える。どの銃だってね。ビット兵器だってそう! 遠隔操作の武器だって一番なのよ」
「そ、ソウォン! 相手に指揮官さんに迷惑かけちゃあダメって!」
詰め寄っていくソウォンを止めようとする第02小隊の隊員たち。でもそのくらいではソウォンは止まらない。
「弱い相手の下につくつもりなんてないわ。なにせスターヴハンガと戦うのよ、足手まといがいたら困るわよ」
「いい自信だ、頼りにしてますよ」
「へー、謙虚なことで」
「こっちもスターヴハンガ相手に生き残ってきたんですよ。足引っ張るような真似はしない」
どれだけ自信があろうが、こっちもスターヴハンガを相手にしていているのだ。こっちだって負けない自信はある。
そのトラノスケの態度にソウォンは面白い奴を見つけたような目をして、
「へえ……じゃあ、ちょっと見せてもらおうかしら」
「何を?」
「訓練の前にウォーミングアップよ。まずはこっちが先ね。アンタたち、何でもいいから武器を沢山用意して」
突然の武器の要求。しかも一つどころではない。
多くの武器でウォーミングアップとは、どんなことをするのか。
第02小隊の人たちはソウォンが何をするのか、わかっているようだ。
「あれやるの?」
「まあ、いいじゃん! エースの腕を第00小隊に見せてあげましょうよ!」
他の隊員たちもノリノリだ。
するとソウォンに向けてハンドガンを投げ渡す。
「狙いは外さない!」
そして五十メートル先の的に狙いを定めて引き金を引く。一発の弾丸は見事に的をとらえる。
さらにそれだけでは終わらない。
隊員たちが次々とソウォンに武器を投げ渡していく。
ライフル、マシンガン、ガトリングガンと多種多様な武器たちを使って、全て的にビーム弾をぶつけていった。一発も外すこと無く。
これにはトラノスケたちも驚くしかなかった。
「な⁉ 全ての武器で的に命中させて!」
「反動の強いガトリングガンさえも的に全弾命中⁉」
「トドメ!」
最後にキャノンで射撃。ビームでできた砲弾が的に激突して爆発を起こす。
「キャノンでもぶち当てるのか……」
「これがアタシの実力よ。実戦でも多くのグラトニーを貫いてきた。訓練だってハイスコアよ」
余裕そうな表情で胸を張るソウォン。
銃火器一つでも上手く扱えるようになるにはそれ相応の訓練が必要だ。
だが彼女はあらゆる銃火器をいとも容易く扱うことができる。戦闘では場面によって武器を変えて、臨機応変に戦っていく。
それができるのが、ソウォンの銃の腕前が一流だということの証明であった。
「あれぐらいの的、一発で命中させるぐらい楽勝よね? 基礎の力を見せてちょうだい」
簡単そうに言ってくるが、目標の的までの距離は五十メートルはある。そう簡単に当てれる距離ではない。
ビーム弾でも銃口が少し傾ければ、定めていた狙いとはまったく桁外れな所に飛んでいく。狙いをきちんと定めてなければ当てることはできない。
しかも一発も要求してきた。プレッシャーもかかる。
「いいじゃない。訓練前の準備体操にしては楽しそうよ」
最初にマリが出てくる。そしてビームソードを手にして、的に向かって斬撃波を放った。
無駄のない綺麗な一振りで放たれたビームの斬撃波は的の中央に命中する。
「楽勝ね」
「えっ、ソウォンいいの? 銃器じゃないよ!」
「射撃の腕を見れたらいいの。だから別に何だっていいわよ。ソードでもナイフでも」
隊員たちが近接武器の使用はありなのか疑問に思っていると、ソウォンは受け入れていた。
得意の武器を使って実力を示してくれた方が実力を判断できるし、同じ小隊のモモカがビームスピアで戦っているから近接武装でも問題ない。
「じゃあ、次はわたしですね〜」
次はエリナが前に出る。
そしてスナイパーライフルを手に持ち、的に狙いを定めて――
「待って、スナイパーライフルで撃つの?」
ソウォンが止めに入った。
「ダメですか?」
「あの距離ならスコープなくてもいいでしょ! 猛者はスコープを使わないものよ!」
「なるほど……確かに的の距離近いですからね」
そう納得し、スコープから目を外してそのまま片手撃ちであっさりと的に命中させた。
「これならどうですか?」
「やるじゃない! アンタ、そんなトリックショットもできるのね。いいじゃない」
ソウォンも今の射撃には満足。いいショットを見れたと合格点を上げていた。
「よし、次はイチカちゃんですね」
「え⁉」
目を見開いて思わずエリナの方に目を向けるイチカ。
てっきり自分の順番は最後かと思っていた。
だが呼ばれたのならやるしかない。
「が、がんばります……」
「なんか頼りないわね。モモカから聞いた通りの奴だわ」
「えっ、モモカちゃんから……」
その名前を聞くと、わかりやすく動揺するイチカ。
思わず体が緊張して引き金を引いてしまう。狙いを定めていないビーム弾は的外れに飛んでいき、目標の的に命中せずに終わった。
その結果に冷や汗が零れるイチカ。
「え? 素人が銃握っているの?」
「いや、ちが……」
「イチカ、落ち着け! ただのゲームみたいなもんだ、外れても問題ねえって」
涙目で縮こまるイチカを落ち着かせようとするトラノスケ。それでもイチカは震えたまま。
怯えている子供にしか見えない。
「もううじうじしちゃって、イモムシかしら」
「最近、色々あってな」
「あんなんでスターヴハンガと戦えるのかしら」
イチカだけ懐疑的な視線を向ける。
「戦えるわよ。一緒に戦って生き延びたから」
「ああ、なんでもそつなくこなせる頼りになる隊員だぜ」
だがマリとトラノスケはイチカを頼りにしている。
凶暴な方のだけでない。いつものイチカも頼りになる小隊のメンバーなのだ。
それは他の隊員だってそう思っているだろう。
「ふーん」
未だなお怯えてるイチカを見て、本当に頼りになるのか? ソウォンはそんな思いを抱かずにはいられない。
だが他の隊員の実力はある、隣に立たせても問題ない。
「まあいいわ。スターヴハンガから生き残った実力はあるみたいね。いいわ、一緒に組んであげる」
「そこまで言うならあなたも頑張ってもらおうかしら。活躍すれば、お礼にマッサージでもしてあげるわ」
「……なにか邪な視線を感じたのだけど」
「ソウォンさん、頼りにしてますよ~。頑張ったらいい子いい子してあげますね」
「私はあなたの子供じゃないわよ!」
第00小隊の大人たちに戸惑いながら強気に言葉を返すソウォン。
指揮官はこいつ等をうまく指示できているのか? 別の方向で心配になってくる。
「まあ、互いの実力は知ったんだ。早速訓練、始めようぜ」
「ええそうね。アナタの指揮、期待しているわ」
次の任務、大物のスターヴハンガを狩るために、互いに訓練に励んでいく。
「…………私……無理かも……」
思わずこぼしてしまった黒い心。
幸いなのか、イチカのその言葉は誰にもその言葉は誰の耳にも入ってはいなかった。
(トラノスケ……来ない)
「白神隊長! 今の動き、どうでしたか?」
「……いいわ」
「隊長! すごい射撃ですね! 私にもできるでしょうか?」
「……そうね」
「相槌BOTになってない? リオン君」




