地上エレベーター付近の殲滅戦 ⑤
「スターヴハンガに関わる任務だって?」
第02小隊の指揮官、カズキの言葉にトラノスケは驚愕する。
まさかグラトニーの災害、圧倒的上位種のスターヴハンガの情報がこの場で聞くことになるとは。
まさか、逃げて姿を隠しているビィ・フェルノを発見したのだろうか。
「ビィ・フェルノを見つけたのか?」
「いや、私たちが見つけたのは違うグラトニーだ。だが実力はスターヴハンガ級はある」
「なに?」
ビィ・フェルノとは違うスターヴハンガ。
あんな災害の化身と同格のグラトニーが他にもいるという事実に戸惑いを隠せないトラノスケ。
「おい、小笠原! めっちゃ重要な話じゃねえか!」
「ああ、だから第00小隊とこの話をしたかった。スターヴハンガ級のグラトニーと戦闘経験のある君たちと」
ビィ・フェルノと戦ったことがある第00小隊にこの話を持ちかけた。強大な力を持つ存在と戦って生き延びたことがある。確かな実力を持っているからこそ、共同作戦を持ちかけに来たのだ。
「そして……そいつの力が必要になるかもしれないからだ」
カズキがイチカに指をさした。
「オレか?」
「イチカの?」
「指揮官、本当に言っているのですか⁉」
カズキの言葉に反対の声を上げるモモカ。
「イチカに頼むなど……どうせスターヴハンガを目の前にしたらまた逃げ出すに決まっている。信用できません」
(……イチカの過去のことか)
イチカが犯した罪、それが敵前逃亡だ
第00小隊は指揮官のトラノスケ以外懲罰部隊に入れられた訳ありのメンツで集まった小隊だ。隊員の罪に関しては他の小隊の面々も知っていておかしくない。
だからこそモモカは反対している。
だがカズキはモモカの意見に首を左右に振って、
「これは萩隊長と話し合って決めたことだ。それに懲罰部隊の頃でも、今所属している第00小隊でも逃走したという記録は残っていない。逃げることはしないだろうし、そんなことはそちらの指揮官がさせないようにしてくれる」
「それは……」
モモカは納得できないでいた。
確かにカズキの説明を聞くとイチカが逃げることはないだろう。
もし再びそのようなことを犯したら懲罰部隊に戻るどころではない。ずっと檻の中に入れられる可能性だってある。
それに、今は指揮官のトラノスケがきちっと見張っている。
結局、イチカに否定的なのは個人の感情による判断だ。
共に戦いたくない、それが一番の理由である。
「はっ、そちらの指揮官さんは話がわかるじゃねーか」
「なんだと?」
逃亡する、そう馬鹿にされるようなことを言われても涼しい顔をしているイチカ。モモカの言葉なんてどうでもいい、負け惜しみみたいなものだと思っているからだ。
「そうだろ? このオレを使うという最善手を選んでいるだぜ。それをテメーの都合で邪魔してるの馬鹿だろ、モモカ」
「貴様!」
怒りのままイチカの胸倉をつかんで睨みつけるモモカ。
だがイチカは怯えることなく逆にガンつけていく。
二人の周囲の空気は火花が付くだけでも燃え上がりそうなほど敵意と嫌悪に満ちている。
「オレは逃げるつもりなんてねえ。だってテメーより強いからな。模擬戦でオレに勝ったことあるか?」
「今ここで証明してやろうか? 実戦なら私の方が上だと」
「やめとけ、無様な格好晒すだけだぜ」
「止めろ、寺山隊員! 君がコイツに怒りを向ける気持ちはわかる! だが他の小隊に敵意を向けるな!」
「イチカ! 挑発するんじゃねえ!」
一触即発の空気。
指揮官の二人が感情が爆発しそうなイチカとモモカと止めに入る。
「止めないでください! 小笠原指揮官! コイツはどちらも信用できん! 臆病で! 乱暴で! そんな奴は小隊に迷惑をかけるだけだ!」
「なんだと⁉ テメーなんかいっつも暴走してやがるだろ! オレがいないときにネコ科ぶりやがって!」
(……どちらも?)
なんか、聞き捨てならない言葉を聞いたが今は無視だ。
さっさと暴れそうな二人を止めるべきだ。
「二人とも! 止まれ! 地上で喧嘩して、もうちょっと周りのことを考えろよ!」
「寺山隊員、平泉隊員、言いたいことがあるなら基地の中で存分にやってくれ。今は帰還するほうが大事だ」
「「……」」
指揮官二人の言葉に睨み合っていた隊員二人が黙り込んで、
「……わかりました。お騒がせ申し訳ない」
「ちっ、冷めたぜ。ホバータンクで寝てくる」
にらみ合っていた二人は視線をそらして、その場から立ち去る。
両者、頭を冷やしに行ったのだろう。
二人の喧騒はこれで終わった。
「すまない」
「いや、こっちが悪い。イチカの奴、喧嘩っ早くて」
「知っているさ。平泉イチカの悪評は」
「あの二人、いつもああなのか?」
「昔はそうじゃなかったらしいがな」
「昔は?」
「あの二人は小学生の頃から同じ学校に通っていた幼馴染だ。中学、高校も同じところに通っていた」
「えっ?」
幼いころからの同級生。
険悪なのに名前で呼び合うのは、小さい頃からの付き合いで仲が良かったからか。
「じゃあ、なんであんなに仲が悪く……」
「それは、イチカが犯した罪を考えればわかるはずだ」
イチカは懲罰部隊に入れられたことがある。
それはある罪を犯したからだ。
それが――敵前逃亡。
グラトニーとの戦闘で他の隊員を置き去りにして戦う前から逃亡した。
それが罪に問われて懲罰部隊に入隊させられたのである。
そしてその罪でイチカとモモカの関係性を考えると、
「イチカが敵前逃亡したとき、同じ小隊にいたのか?」
それしか考えられない。
イチカとモモカはかつて同じ小隊にいた。
そしてその時見たのだろう。
親友のイチカが小隊の仲間を見捨てて逃げた姿を。
「寺山隊員はそう言っていた。裏切られたようなものだな」
モモカがイチカに対して憎悪に近い感情をぶつけていた理由が分かった。
「話がそれてしまったな。もう一度問いたい。君たち第00小隊はスターヴハンガと再び戦う覚悟があるのかを」
イチカとモモカの話はこれで終わりた。
大事なのはこちらの方。一緒にスターヴハンガと戦うかどうか。
トラノスケの答えは決まっている。
「自分たち第00小隊は総司令官の指示によって動く。だからその任務が来るまで待つ。だけど、そのスターヴハンガの討伐任務なら、俺たちはいつでも出撃できる、とだけ伝えておきますよ」
小隊の指揮官は上層部の指示によって動く。
だがトラノスケ個人としてはスターヴハンガが相手だろうと戦う。
相手がビィ・フェルノじゃなかったとしても、それは変わらない。
自分たちがグラトニーと戦うのは地上を取り戻すため、地下にいる人々の安全を守るため。
そして、トラノスケにとっては病に侵された家族を救う手立てを見つけるためだ。
ならばスターヴハンガから逃げることはしない。
「グラトニーを討つ、その意思は伝わった」
カズキもトラノスケの言葉を聞いて、その闘志を感じ取った。
「奴らは来る。今ここで戦わない選択肢をしても、必ず戦うときが来る。ならばこちらから仕掛けられるチャンスがあるなら、そのチャンスに乗らない手はない」
「ならば早く司令官にこのことを伝えなければならないな」
話は終わった。
「では、帰還しよう。無法者を捕まえている君たちの隊員と合流してからな」
カズキは自分が乗っていたホバータンクに戻っていく。他の第02小隊の隊員も装甲車型のホバータンクに乗っていった。
「スターヴハンガか……気を引き締めねーといけないな。ってリオ達はどうしたんだろう。大丈夫だとは思うが……」
「あの〜指揮官さん」
エリナから通信がつながる。
だが変だ。
声が二重に伝わってくる。
後ろを振り向くとエリナがいた。視線をそらして。
「…………」
「あれ、なんでしょうか?」
「いや、普通に話せるならそれでいいや」
彼女も男性と話せるように考えて、このような形になったのだろう。
ならば、通信機越しで会話をするのも良い。すぐ後ろにエリナの声が聞こえるほどの距離しか離れていないが、まあいいだろう。
通信機無しに普通に顔を合わせて会話できるようになるのはまだ先なのかもしれない。
「それで、なんでしょうか」
「トラノスケちゃん。イチカちゃんのこと、不思議な子だと思っていませんか?」
「まあ、今までのやり取りを見てたら」
「実はですね……」
もったいぶったように溜めるエリナ。
「イチカちゃんは二重人格者なのです!」
「だろうね」
「ええ⁉」
もうすでにわかっているように答えるトラノスケ。
いや、まああれほど真逆の性格に変わるなんてそれしかない。容姿まで変わるのは驚いたが。
「寺山が言ってたどちらもってイチカの二つの人格のこと、指してんだろ」
「トラノスケちゃん、もうイチカちゃんのもう一つの人格のことをしっていたのですか?」
「流石にあそこまで性格変わるとわかるさ。初めて見たときとかも思ったし」
「す、すごいです……指揮官としての洞察力でイチカちゃんの二重人格を見抜いていたのですね。いい子いい子~」
「まあ、な」
(普通に誰でもわかると思うが……エリナさんのことだから本気でほめているんだろうな)
なんだかすごくむず痒い。
褒められることは嬉しいことだ。だけど、褒められるほど凄いことや良いことはしてないので称えられるとどんな顔をすればいいかわからなくなる。
それはともかく、エリナの話は続く。
「解離性同一性障害って呼ばれる心の病気、大きなストレスやトラウマによって発症するって言われていますね」
「大きなトラウマか」
「一部の隊員も人格が芽生えているらしいですよ。自分の心を守るために……」
「グラトニーに対する強いトラウマや敵対心から産まれると?」
「そうですね〜」
エリナの言葉になるほどと頷く。
地上での活動なんて死が隣にいる。恐怖の象徴であるグラトニーがいくらでも大地に漂っている。
そんな場所で戦い続けていたら精神がゆがんでくるものもいるかもしれない。
戦えなくなったものもいれば、イチカのように戦うために凶暴な精神を宿すこともあるといいうわけだ。
「でも、イチカちゃんの場合、ちょっと厄介なんですよ」
「厄介?」
「普通のイチカちゃんと凶暴な時のイチカちゃんは、記憶を共有できていないんです」
「記憶を?」
「今は凶暴な状態のイチカちゃんですね。だけど、いつものイチカちゃんは今この時の記憶を覚えていない。日記やらメモやらに起こった出来事を書いて記録しておくしか、記憶を互いに共有できないんです」
「そうだったのか……」
二重人格の記憶は複雑だ。
互いに覚えていることもあれば、もう片方の人格しか覚えていないこともある。
イチカは互いの人格が何をしているか、それがわからないのだ。
だからこそ、会話に食い違いが起こることもある。
「だから、ちょっと乱暴な方のイチカちゃんは寺山さんのこと、あまり知らないんですよ。友達だったってことも」
ややこしいな、と素直に思うトラノスケ。
それと同時に、不思議に思ったことがある。
「エリナさん、滅茶苦茶詳しいな。まるで精神科の医師さんみてーだ」
「小さい頃、お医者さんを目指していたんです。勉強もしていましたし。でもエマちゃんを産んでから、お医者さんの夢を諦めまして」
「そんなことが……」
だから戦闘中での支援も得意なのか。思い出してみたらキセキの力だけでなく、道具を使った治療も得意だった。
エリナが何が何でも味方を怪我させたくない、怪我を治したいと強く願っているのは、医師になりたかった夢も関わっているのかもしれない。
まあ一番の理由は彼女が優しい、それが理由だと思われるが。
(記憶を共有できていない……ねえ)
二重人格、複雑なものである。
何はともあれ任務は終わった。
だが仕事はまだ終わっていない。
彼ら、第02小隊との話し合いがあるのだから。




