地上エレベーター付近の殲滅戦 ④
戦いが終わり隊員たちも武器を下ろす。空には索敵ドローンが常に漂っている。もしもグラトニーが生き残っていたり違うところから奇襲を仕掛けてくる可能性もある。その事故を減らすために偵察兵の人たちは周囲の警戒を怠らない。
もちろんトラノスケも索敵ドローンを飛ばしている。
「寺山隊員、救援感謝します。無法者の対処に困っていたので助かりましたよ」
「……私はあまり貢献はしていない。やったのはあの女だ」
礼を言われたモモカ、浮かない様子。
彼女の目線の先にはイチカがいる。
モモカからしてみればグラトニーの群れを討伐したのはイチカだと思っている。本気になったイチカが一人で終わらせた。気に食わないが、出した成果にケチを付けるなんてことはしたくない。
だからモモカは納得いかないような表情を浮かべている。
「それでも、俺たちだけじゃあ対処できなかった。あなたの槍さばき、とっても頼りになりましたよ」
「そうか。そこまで言ってくれるのなら、お前たちの助けになれてよかった」
でもトラノスケにとってそんなことは関係ない。
自分たちは助けてもらったのだ。そのことに感謝しかない。
モモカもトラノスケの言葉に少しだけ柔らかい表情になった。素直に感謝されてうれしいのである。
「ねえアンタが指揮官なの?」
すると先ほどガンビットを操作していた女性隊員がやってきた。
「そうです。松下トラノスケと言います」
「ふーん、珍しい名前ね。それにしても期待の新人って言われているけど……なんか普通ね」
「普通?」
「ええ、見た目も佇まいも」
「こら、あまり無礼なことを言うな」
なんか馬鹿にされていないか?
そう思ったがモモカが注意してくれたので気にしないことにするトラノスケ。
「指揮官がアンタに直接会って話をしたいそうよ。さっさとあって頂戴」
「おい、ソウォン。言葉使いに気をつけろ。失礼だぞ」
「アタシ、この国に滞在して四年よ。うまくしゃべれないわ」
「母国にいたころから日本語をぺらぺらにしゃべれていたのにか?」
(この人、韓国の人か)
ニュー・キョートシティに海外の人がいるのは珍しいことではない。グラトニー侵略で日本に滞在していた海外の人は母国に帰らず、日本の政府の指示に従って日本の地下シェルターに避難したのだ。
だから地球奪還軍に外国人の隊員もいるのである。
そして名前から察するに韓国生まれの人だろう。
「こう見えてそっちの指揮官の腕は認めているわよ。いいドローンの動かし方ね」
「そりゃあ、俺の十八番だからな! どんなドローンでもうまく操縦してやるよ」
「それは楽しみ。なら今から見せて貰おうかしら」
「ソウォン?」
「ちょっとぐらい見せてもらっていいじゃない、もう。指揮官。モモカの機嫌が悪くなるからカズキと話し合ってきて」
モモカの威圧も受け流してこちらの指揮官に会ってこいと急かしてくる。
ソウォンと呼ばれた隊員は中々我の強い人かもしれない。
「他のみんなはちょっと待っててくれ」
「わかりました~」
「はい!」
エリナたちに待機を指示して、トラノスケは第02小隊のホバータンクまで歩いていく。
第02小隊の指揮官、一体どんな人物なのか。
そう思っていると、ホバータンクの入り口が開かれる。
「君が機体の新人か」
ホバータンクから指揮官が姿を現す。
トラノスケと同じ指揮官用のヘルメットを着けているが、顔が見える。端正で人形かと思うぐらいに整った顔だ。
体も軍人らしく鍛えられて無駄もない。
綺麗な銀髪の髪も相まって、ドラマに色を飾る俳優のような凛々しさを持った人である。
「――『機械人間』か」
そして彼の瞳はカメラのレンズに似た義眼であった。
機械人間。
人間の内蔵、血管、骨などが全て機械で、皮膚は金属でできていて、脳には人間の感情と変わらない特殊なAIを搭載した科学世界の新人類。
機械の肉体ゆえに普通の人間より優れた身体能力に精密さ、そして機械特有の優れた五感を持つ存在。生まれた当初は人間よりも優秀な人類と評されたこともあった。
二千七十年代に生まれ、そこから十年という僅かな年で人権を得た、まさしく科学によって進化した人間だ。
「私が機械人だと一目でよくわかったな」
「あー、その。私の高校は機械人も在学していましてね。瞳とかよく見ればわかるようになりました」
「敬語はいらん。共に戦った仲だ」
そう言って小笠原和輝は手を差し出す。
「第02小隊指揮官、小笠原カズキ。君の言う通り、私は機械人間だ。よろしく頼む」
その手を強く握って友好の握手を交わした。
「そうか。俺は第00小隊指揮官、松下トラノスケという。よろしく。救援、感謝します。でも珍しい。機械人が俺たちと同じ容姿にしているなんて」
トラノスケの知っている機械人間の容姿はアニメに出てくるようなロボアニメに近い容姿をしている者が多かった。たまに人間の姿をしている者もいたが、やはり少ない。
人間と機械人間の容姿に対する価値観が違うのだ。
機械らしく洗練されたフォルムこそが機械人間男女ともイケメン、美少女と揶揄される容姿である。
でも目の前にいるカズキは人間と同じ容姿。滅茶苦茶イケメンだ。
まあだからこそトラノスケはちょっと不思議に思ったのである。
「この人工皮膚はウカリウムを使って作られた特注品だ。これによって私はこの地上でも活動を行えるし、グラトニー粒子の侵食も防げる」
「そんなものが!」
その返答にトラノスケは目を見開いた。
機械人間は人工皮膚によって人間に近い容姿に慣れるのはわかっていた。だが今彼に使われている人工皮膚にウカリウムが入っているとは。
あらためてウカリウムの万能性に驚愕する。
「人間はウカリウムのワクチンによって少々のグラトニー粒子なら侵食されず身体灰結晶病にはならない。それは私たちもそうだ。ウカリウムが含んだ特殊塗料のおかげで地下でも普通に生活を送れる。だがグラトニーと戦うとなると、塗料だけでは不安だ」
「だからウカリウム人口皮膚を着て、人間と近い容姿で地上に出ていると」
「まっ、金属の皮膚と比べたら脆いがな。それでもこの地上で生きていける。地球奪還軍の開発部には感謝しかない。メンテナンスの設備も提供してもらえたからな」
機械人間であるカズキにとって地球奪還軍は快適な生活を送れるように、様々な支援を送ってくれた、この地下生活において恩人のような存在である。
地球奪還軍の技術はニュー・キョートシティの生活基準を上げるためにも存在するのだ。
「しかし、まさか機械の人間が生き残っていたなんて」
「おい、指揮官。どういうことだ?」
トラノスケの言葉にイチカが首をかしげながら二人の話し合いに割り込んできた。
「おい、お前……勝手に会話に割り込もうとするな」
「いいじゃねえか。戦いが終わって暇だったんだよ」
「イチカ、知らないのか?」
「知らねーよ。なんで機械の人間が生き残っていることに驚いているんだよ」
「人前で話すようなものじゃない。少なくと彼の前では」
知りたがってトラノスケに聞いてくるイチカ。だがトラノスケは首を振って機械人間の事情について話すことを拒否する。機械人間であるカズキの目の前で話す内容ではない、トラノスケはそう思っているから口を閉ざす。
「別に構わないが」
カズキ本人は気にしていなかった。
――だが、
「少なくとも地上でのおしゃべりはこれっきりにするべきだ」
確かにその通りだ。地上はグラトニーや空気の悪さなど危険に満ちている。それに無法者も早く基地に連行すべきだ。イチカは聞きたそうにしていたが、これ以上の会話は止めるべきであろう。
「無法者がいるしな。地下に早く戻った方がいい」
「そうだ。私たち第02小隊も長い地上活動で多くのグラトニーと戦った。疲れも溜まっているし武器の弾丸や食料も減っている。だから話の続きは地上でしたい」
「ちっ、面倒だな。だが仕方ねえ。だが指揮官、あとで教えろよ」
「わかってるって」
イチカは不満ながらも納得して引き下がる。
暴れがちだがたまには言うこと聞いてくる。要は気分屋だ。対応するのが大変だ。
「それで松下指揮官。この後、予定はあるか?」
「仕事は終わった。帰還した後は特になにも」
「そうか。なら報告を終えた後、そちらの隊長と共に我らが小隊の宿舎に足を運んでくれいないか?」
なぜ?
そう思ってトラノスケ、次のカズキの言葉に衝撃を受けた。
「重要な任務の話だ。この任務はあのスターヴハンガが関わっている」
「なんだって?」
聞き捨てならない言葉を耳にした目を細める。
復帰戦の後に中々ヘビーな任務がやってきそうだ。
そんな予感がしたトラノスケである。




