地上エレベーター付近の殲滅戦 ③
グラトニーの群れの中心に今にも暴れそうなイチカが立っている。敵に囲まれていても、獰猛な笑みを崩すことなく、フェイスを睨みつけている。
笑顔を浮かべているが、その眼には強い怒りを感じる。凶暴さをにじみ出ている笑みだ、見たものを恐怖に陥れるほどの。
「あの女……今さら豹変してきて」
イチカの姿を見て機嫌が悪くなるモモカ。
「おや、イチカのことを知っているのですか?」
「……あなた達よりかは詳しい。嫌なことにな」
「なんで嫌なことなんですか?」
「…………」
答えず、ただ黙ったまま。不機嫌にただイチカを見ていた。
さすがにツムグもこれ以上は聞いちゃいけないと思って、
「ごめんなさい!」
謝ることにした。
それでもモモカから返事は返ってくることはなかった。
そしてそのイチカはフェイスを見下していた。
フェイスの方は突然やってきたイチカに戸惑っていた。空から人間が降ってきたのだ。
「ナンダ? ソラカラ、ヤッテキテ」
「いやいや、なんかてこずってんなって思ったが……雑魚が多いだけか」
あざ笑うようにそう吐き捨てた。
「ハッ?」
「てっきりスターヴハンガ並みのバケモンがやってきたと思ってたが、なんだ弱っちいフェイスか」
「ナンダト!」
「これで勝てると思っているなら頭もそこらのグラトニーどもと変わらねえな。ペットと同じ思考してんのか?」
「コノ……スキカッテ、イイヤガッテ! ヤレ!」
見下した罵倒をあびせられ、理性の壁が壊れた。怒りに身を任せて空にいる飛行型のグラトニーに一斉攻撃の指示。
「おうおう、数だけは一丁前だな」
空から落ちてくる無数の灰結晶。上空からイチカの元へと落とされていく。
直撃すれば負傷では済まされない、だがイチカは動くことはしなかった。
灰結晶がイチカの頭上に落ちようとした――その灰結晶が不規則な動きでイチカを避けて地面に落ちていく。
一つだけではない。全ての灰結晶がイチカを避けるように軌道を変えていく。
『嵐気流』だ。
風がイチカを守るように渦巻いている。その風が灰結晶の軌道を変えているのだ。
イチカにとってあの程度の攻撃、動く必要がない。
そしてイチカはうざったそうに人差し指を天高くつきあげて、
「――墜ちてろよ」
指先だけを下ろした。
――その瞬間、空にいたグラトニーが地面に墜落していく。
フェイスにも大きな重力が体全身にのしかかってくる。
『なっ⁉』
戦っている者全ては唖然とした。
イチカのやったことは単純なことだ。
上空を飛んでいるグラトニー全部に真上から地面に向けて風を送っただけ。
――大木をも吹き飛ばすほどの暴風を。
突然の出来事に侵食を第一に考えているフェイスでさえも冷や汗を流していた。
「コ、コレハ⁉」
「嵐は全てを連れ去っていく。バサバサうるさかったから黙らせてやったぜ」
地面に埋もれて、身動きが取れないグラトニーたち。
これではもう戦えないだろう。
「数が戦力だって? 塵はいくら積もって山になっても風に吹き飛ばされる。オレ相手に雑魚じゃあ戦力になんねーよ。塵である以上、オレに勝てねえ」
絶対的強者の余裕であった。
事実、イチカにとって下級のグラトニーなぞ指先一つでダウンを奪える。
いくらグラトニーが群れようが、イチカにとっては呼吸をする感覚で身動き一つとることを封じることができるのだ。
「アイツ……」
だがトラノスケは呆れていた。
報告もせず単独行動で動いたことに頭を抱えていた。本当に自分勝手な隊員だ、豹変したらいつもこうだ。
「イチカの奴、勝手に……各隊員に告ぐ! フェイスは後回しにして、他のグラトニーを倒せ!」
「え、いいんですか?」
その指示はイチカを放っておいて一人で戦わせておけ、と言っているようなものである。
第02小隊の隊員が心配になってトラノスケに聞いてみると、
「今のイチカを止めるのは大変だし、無敵に近いからそのままにしておけ」
豹変したイチカはグラトニーよりよっぽど凶暴だ。
なら止めるより自由に戦わせるように動いた方がいい。
となると、今は他のグラトニーを討伐した方がいい。イチカの『嵐気流』で空にいたグラトニーも地面に倒れている。殲滅するなら今がチャンスなのだ。
「それに、もし彼女に危機が迫ったら俺が動く。だから皆さんはグラトニーの数を減らしてくれ」
「わ、わかりました!」
イチカが本当に危なくなったら、ハイドラグンで救援する。
アクシデントが起きてもすぐに対応できる。
だから、他の隊員に身動きの取れないグラトニーを倒してくれと指示を出す。その指示を聞いた第02小隊の隊員も頷き、すぐさま行動に移した。
「ツムグと寺山隊員もフェイス以外のグラトニーを討伐してください」
「わかりました!」
「…………承知した」
「エリナさん、ホバータンクのビームバルカンを操作できますか?」
「そっちできますよ。ま、任せてください! ママに不可能は……ないです!」
「俺と二人きりだからって無茶しないでくださいよ」
ツムグとモモカも動き出し、トラノスケもホバータンクを走らせる。
トラノスケ達はグラトニーの討伐に動き、その一方イチカはフェイスを静かに睨みつけていた。
「で、お前か? オレに傷をつけたのは?」
「グ、グググ……」
「だよな。じゃあ、さっさと消してやるぜ」
メンチ切って威圧しながら聞いてくる。
イチカにとって自分の体に傷をつけられることはもっとも怒りを抱く行為だ。自分に傷をつけた相手に容赦はしない。
自分の体を大怪我させた相手はすでに分かっている。
「コノ! チチュウジンノ! ブンザイデ!」
「ブッコロス!」
フェイスのクロスファイア。
二対同時に灰結晶弾を発射した。風を加えて飛ばされた灰結晶はスピードも桁違いに速く、実弾のスナイパーライフルに等しい速度で飛んでいく。
至近距離からのこの射撃。
避けれるはずがない。
守りの体勢に入っても大ダメージは防ぎきれない。
鋭くとがった灰結晶の弾丸がイチカに迫ってきて、
「しゃらくせっ!」
それを大振りで拳を振り下ろして打ち消した。
「ナ⁉」
風は消え、灰結晶は粉々に砕け散る。ただの振り下ろしのナックルで防ぎ切った。あまりにも強引な防ぎ方にフェイスたちは唖然としている。人類に恐怖をまき散らした存在がだ。
そのフェイスを怯えさせたイチカは拳を見ていた。灰結晶を殴りつけた拳はわずかながら皮膚が裂けて血が出ている。
「テメー! 見ろよ、オレの拳を! 血流れているぜ! このオレにケガさせやがって!」
「――ガッ⁉」
理不尽じみた言い分と共に繰り出される蹴り。純粋に力を込めた蹴りはフェイスを軽々と吹き飛ばす。ウカミタマの中でも常識外れの馬鹿力だ。
「おい、逃げんじゃねえ!」
吹き飛ばしたのはイチカの方だ。別にフェイスは逃げていない。
だがそんなことはイチカに関係ない。
吹き飛ばしたフェイスを暴風でこちら側に引き寄せる。その風だけで体中に悲鳴を上げさせる。
「ぶった斬れろ!」
むりやり連れ戻して、イチカは腰につけていたビームソードで迎え撃って斬り捨てた。
「――ギャアアア⁉」
「オレも学習してんでね。銃使う必要ねえ、剣でぶった切って殺してしまえばいいってな」
グラトニーの体はウカリウムでしか殺せない。キセキでは痛みを与える程度だ。イチカほどの強烈な風ならば全力でぶつければ倒せないことはないが、確実に消滅させるなら科学技術で生まれたウカリウムの武装を使う方が手っ取り早い。
グラトニーの中でも強力なパワーを持っているフェイスをなんてことなく消し去るイチカ。
「…………アッ」
たった一体、生き残ったフェイスの体は震えていた。
初めての恐怖であった。
見下していた地球人、たとえウカミタマという強化人間になっても所詮は武器頼み、身体能力ではこちらが上、真正面から戦えば負けることはないと思っていた。
だが目の前にいるイチカは違う。
正真正銘、強さの格が違う。
人間の中の異常個体。
なにせイチカは大規模な嵐のような風を操れる。さらにグラトニーの最上位、スターヴハンガ相手にも力比べできるほどの身体能力も持つ。
彼女が言った言葉通り、嵐は全てを連れ去る。
その嵐はキセキの力ではない。
平泉イチカ、そのものを指す!
「もう一体! さっさとブチのめさせてもらうぜ!」
震え上がっているフェイスにとどめを刺そうと近づいていく。
「ニ、ニゲロ! バケモノ! カテナイ!」
もうフェイスの闘志は消えていた。
見下していた人間相手に、全力で逃げる。恥やプライドなんて捨てた。これ以上、イチカと戦いたくない。
「誰がバケモンだこら!」
そして畏怖の罵倒にブチ切れたイチカ。逃げ出すフェイスに、ビームソードを投げ捨てて背負っていたビームアサルトライフルを片手で連射。
しかしビーム弾はデタラメに飛んでちっとも当たらない。
「避けるんじゃねえ!」
避けていない。
がむしゃらに後ろを見ずに直線を走っている。距離が遠くなれば的が小さくなって当てづらくなるが、イチカの放ったビーム弾が明後日の方向に飛んでいるため、かすることすらできていない。
そもそもの話、アサルトライフルを片手で狙いを定めて撃てるのは極一部。射撃が下手なイチカでは到底当てられない。
だが撃たれているフェイスにとっては恐怖でしかない。当たったら体が灰になるのだ。生き残るため必死に走る。
とくかく逃げ続ける。イチカに追いつかれないために。
「――おっと、逃さねえ!」
だが眼前に、ドローンのビームキャノンに光が集まっていた。
ハイドラグンだ。
フェイスを逃がさないために上空から見張っていた。音速で動けるこのハイドラグン、狙った標的は絶対に逃さない。
「――オ、オモチャノ⁉」
突然、やってきた脅威にフェイスの心には絶望しか残っていなかった。
「吹っ飛びな! ファイア!」
そしてビームキャノンが放たれた。
「ウギャアアア⁉」
翡翠の光に飲み込まれ、断末魔と共に灰となる。
獲物を取られてしまった。
イチカは文句を一つ言いたいぐらいイラついたが、まあ取られてしまったことは仕方ないと考えて、
「まあ雑魚相手だからいいか。いやよくねえ! まだ暴れたりねえ!」
でもやっぱり未練がましく駄々をこねた。
反省の色を見せないトラノスケはため息をついて、
「イチカ、また勝手に……」
「おう、指揮官。いいじゃねえか。これで敵は壊滅! 残党狩りだけだ――」
――ビシュンッ‼
「なんだっ⁉」
残りのグラトニーを討伐しようとしたその時、空から無数の光が降り注いできた。しかし、その光は的確にグラトニーたちを貫いていく。無数のビームは一発もグラトニーを外すことなく殺していく。
「味方の武装か?」
空を見上げると、銃口がある棒状の物体が空に浮かんでいた。
ガンビットと呼ばれる遠隔操作銃火器だ。脳波操作やドローンのように手動コントローラーで操作して遠くから対象を狙う武器。
操作は難しいものの扱いことに慣れれば、対象にあらゆる距離であらゆる方向から一方的に射撃を押し付けれる恐ろしい武装へとなり替わる。
ちなみにトラノスケも味方を回復させるヒールビットやビームシールドを展開するシールドビットをハイドラグンに搭載させているが、ガンビットはない。ガンビットがあればより戦いに貢献できるだろうがまた上から許可が下りていないのである。
「もう、まだ終わってなかったの? そんなに手こずるかしら」
するとトラノスケが乗っているホバータンクとは別のホバータンクがやってくる。その上に乗っている女性隊員が呆れていた。
「すこし手こずった。援護、助かる」
「まっ、大した負傷もないし。いいわ」
彼女も第02小隊の隊員なのだろう。モモカと仲がよさげだ。そして彼女もホバージェットを着用している。あの隊員もエース級の実力者だというのがわかる。
「スゲー、装甲車じゃない、マジモンの戦車タイプのホバータンクだ」
「おい指揮官。今のホバータンク捨ててあれにしようぜ! やっぱ装甲車じゃ物足りねーよ」
「君らホバータンクの上に乗って移動することになるがいいか?」
第02小隊のホバータンクはトラノスケ達が乗車している者と違い、装甲も厚く、バルカンではなく主砲が搭載されている。先ほど見せた爆撃、あれを放ったのはあの主砲だろう。
イチカは目を輝かせてせがむが、トラノスケ達は少数の小隊。装甲車の方が扱いやすい。
「まっ、乗ってみたいが」
本音を言えば、思う存分操縦してみたい。トラノスケは装甲車から戦車に乗り替わることには否定するが、戦車に乗りたいことは肯定している。
あれだけ重厚な戦車、乗りたいのが男のロマンというものだ。
それはともかく――
「索敵ドローンに敵影はない。勝ったな」
周囲のグラトニーは全滅していた。
イチカが大怪我をするも、順調に敵を倒せた。
見事な復帰戦を飾ったのである。