地球奪還軍
地球奪還軍の指揮官になるために訓練を受けること一月。
妹の美羽がいる病院の面談室に訪れていた。
「…………いや、いくら何でも詰め込み過ぎだろ」
「兄さん……やっぱ止めた方がいいんじゃあ……」
椅子にだらんと座っている。真っ白に燃え尽きたかのように生気を感じない。そんな兄の姿に美羽は心配そうにしていた。
体全体に激しい筋肉痛と疲労が襲ってくる。
――おかしい。
メディカルマシーンで肉体のダメージをなくしているはずなのに、肉体は悲鳴を上げている。マシンの効能は筋肉痛だって効くはずなのに。
これは幻肢痛のようなものなのであろうか。
これも無理矢理詰め込んだ訓練のせいだろう。
指揮官に任命されたトラノスケはまず自分が働いている職場に退職を告げに行った。最初は止められたが、地球奪還軍の指揮官に選ばれたと説明すると、頭を抱えながらも仕方ない、となんとか納得してくれた。おそらく大型ドローンを操作できるトラノスケが会社からいなくなることにもったいないなと思っているのだろう。
トラノスケもこの会社に勤めて二年、いい思い出もたくさんあるし、中のいい同僚もいた。先輩だって優しかった。別れの挨拶もしてくれて嬉しかった。
寂しい気持ちがあるものの、トラノスケは働いていた会社に別れを告げて地球奪還軍の基地に向かう。
まず最初に肉体手術で強化人間になった。軽く走った時、自分でも驚くような速度で走れた。リンゴだって軽々と握りつぶせた。これでもウカミタマとなった隊員たちと比べたら弱い方だというのも驚きだ。
そしてそこから訓練が始まる。
――本気で死ぬかと思った。
身体能力が強化されたため、その分トレーニングもハードになる。とにかく体と頭を鍛えられた。
激しく負担をかけた状態での筋トレ、鈍器にも使えそうなほどに分厚い参考書片手に授業と受ければ恐ろしいほどの量の課題。練習とは言え様々な銃器の練習もさせられた。
さらに怪我して倒れたら、いつの間に医療室のベッドに寝ていて、目を覚ましていると怪我が治っていた。怖い。科学の技術って凄い。
もう毎日が地獄だった。
正直途中で逃げ出して、元の職場に戻ってコツコツとお金を稼いだ方がいいと頭の中の天使が何度もささやいてくる。悪魔はキツイなら諦めろと言ってくる。どちらもこの場から逃げた方がいいと進めてくるあたり、かなり限界に近いと寅之助は思った。
でもこの訓練が大事な事なのは寅之助も理解していた。
なにせ相手は世界を滅亡寸前まで追いやるグラトニー。
生半可な訓練では実戦に身を投じた時、すぐに命を落としてしまうだろう。
ちゃんとした訓練をして少しでも生存率を上げる。
――それはわかっている。
だけど文句の一つぐらいこぼしてもいいはずだと寅之助はベッドで横になりながらそう思った。
少し訓練を軽くしてくれないか、そう思っていると強化手術受けたからもっと訓練をハードにしても問題はない。と告げられる。
鬼だ。鬼がいる。
教官の小隊は人の面を被った鬼であった。
訓練で楽しかったのはドローンを動かしているときだけだった。軍の高性能ドローンを操作できるのは地球奪還軍に入隊できた特権であろう。頭の中でしか動かせなかったドローンの軌道を軍が開発した索敵用ドローンならいとも簡単に再現できた。できないことをできるのは楽しいものである。
とまあこの一か月は本当に大変だったのである。
「だが! 今日でようやくなれるぞ! もっと大変かもしれないが! それでも地球奪還軍の指揮官として入隊できたってわけだ!」
激しい筋肉痛とだるさに耐えながら自分がようやく指揮官になったことを妹に告げる。
今日は四月五日。
訓練を行って一月が経ち、正式に地球奪還軍の一員になれるのだ。
「待っててくれよ、父さん、母さん、そして美羽。俺、頑張って隊員をサポートして、お金稼いでくるからな!」
「……気を付けてね。無茶だけはしないで」
「ああ!」
元気ある声を聞いて、
(……これたぶん無茶する。兄さんって最近頑張りすぎだし)
不安になっていった妹である。
「いや、よく頑張ったな。途中でくたばるかと思った」
「あんな訓練やらせた人がそんなこと言います?」
出会い頭にそんなこと言われてちょっとカチンとくる。本当に大変だったんだぞ、心の中で悪態をつく。
「でも、これで君は小隊を率いる指揮官になれる。ほら、バッチとこの軍専用の通信端末だ」
「ガンドレッドが通信機ってわけですか。テストとかないんですか?」
「強いて言うならあの訓練こそテストだ。で、松下指揮官。君には新しい小隊の指揮官になるのだが……そのまえに」
(またなんかヤバいトレーニングや難しい専門書を読ませるのか?)
「ああ、そんな身構えるな。今回は訓練のことじゃあない。アキラ隊長。入ってくれ」
「はい」
険しい表情になっているトラノスケを落ち着かせて、賀茂上が人を呼ぶと隊員が部屋の中に入ってきた。
赤みのかかった腰まで伸ばした長髪を三つ編みにして、翡翠色の瞳にキリっとした目をしながらどこか優しさを感じる表情。あと右手の薬指に銀色の指輪もしていた。
「――え、まじ?」
彼女の姿を見て驚くトラノスケ。司令官の前でこんなラフな口調はいけないことではあるが、衝撃が大きすぎた。
そして彼女はトラノスケの前に立ち、
「始めまして、松下指揮官。私は地球奪還軍第01小隊隊長、法隆アキラと申します。これから共に戦う我らが地球奪還軍の同志として、よろしくお願いします」
彼女、法隆玲が敬礼した瞬間、寅之助は目を見開く。
「法隆アキラ……って! やっぱり! あの法隆アキラさんですよね⁉」
「あら、私のことを知っているのですか?」
「知っているも何も……このキョートシティであなたを知らない人なんていませんよ! この街の英雄を!」
まるで子供が特戦隊のヒーローに出会ったときのような興奮をしている。
この街に住む人なら彼女のことを知らないなんてことはない。
地球奪還軍が創設されたときから入隊し、多くのグラトニーを狩ってきた希望の女神。
その活躍ぶりはよくニュースにも取り上げられている。
その強さは一人で小隊一個分の戦力と同等だと言った。
ある人は法隆アキラがその場にいるとき、どんな凶悪なグラトニーがいようとも隊員の犠牲者は出ることはないと言った。
彼女がいれば誰もが必ず生き残り、そしてグラトニーを討ちきって勝利をつかみ取る。
ニュー・キョートシティの市民にとっても、地球奪還軍の隊員たちにとっても、法隆アキラは希望の象徴なのである。
その英雄が今目の前にいるのだ。興奮しないはずがなかった。
「そんなに褒められも何もありません。照れてしまいますよ」
「でも、なんで……」
「この基地の施設の案内を頼まれました。松下指揮官はまだ訓練場と医務室ぐらいしか知らないと思います」
「ええ、そうです。あとは勉強のために行った資料室ぐらいですかね」
「でしたら、この基地のことをもっと知っておくべきでしょう。すでに指揮官も組織の一員ですから」
それはありがたい。この基地は元々建てられていた大型ビルを改造して作られたもの。そのためかなり広いのである。一人で地図片手に基地内を歩き回っても迷ってしまうぐらいには。まあトラノスケは方向音痴ではないのだが。
しかしまさか、かの法隆アキラに基地内を案内してもらえるとは。
思ってもみなかった。
「案内、お願いします! いや、法隆さんが案内してくれるなんて、嬉しい限りです!」
「そこまで言われると、私も張り切ってしまいますね」
「おっと松下指揮官、伝えておくことがある」
アキラと共に施設を見回ろうとしたら、賀茂上が止めに入る。
「なんでしょうか?」
「今日出会う小隊の隊員たちとのあいさつの時間、忘れるなよ」
「はい! わかっています!」
「では、こちらに。まずは武器開発研究所に行きましょうか。松下指揮官はドローンがお好きでしたよね? 軍最先端のドローンが置いてありますよ」
「本当ですか⁉ ぜひとも行ってみたいです!」
トラノスケの眼の色が変わる。自分の好きなドローン、しかも滅多にお目にかかれてない軍事用のドローンときた。ドローンを愛するトラノスケにとって最高の場所となるであろう。
施設内の探察が始まったのであった。
今更ですが新しい作品を書くことにしました。
ストックが無くなるまで毎日投稿する予定ではありますが、仕事が忙しいためストックが切れたら不定期の投稿になってしまいます。
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