災害の化身に立ち向かうために
第00小隊の指揮官と隊長が復帰する。
それは他の隊員にも知らさせていることであった。
そして今日から地上での任務を失敗すること無く遂行するために、訓練所で小隊訓練を再開することになった。
「ウワァァァ⁉」
――で、今何をしているかというと、指揮官のトラノスケが吹き飛ばされていた。
地面を跳ねながら転がっている。それでも怪我はしてないため、強化人間の頑丈さのおかげてある。
「あの……大丈夫かしら?」
投げ飛ばした本人、リオが心配そうにしている。
この二人、何をしているかというと、ちょっとした模擬戦をしていた。
ハンドガン片手に一発急所に撃ったほうが勝ち。銃は出力を最小限まで減らしたビームガン。銃の形をしたレーザーポインターみたいなものである。
強化人間とウカミタマ、戦闘能力は歴然としているがトラノスケは戦闘の動きを取り戻したいと言ってリオに模擬戦を申し込んだのである。
で、結果に関しては見ればわかるが、リオが圧倒している。ウカミタマの力だけでなく第00小隊の隊長を務めているリオは地球奪還軍の中でも強者側の隊員だ。入隊したばかりで普通の強化人間のトラノスケでは刃が立たない。
「指揮官君、吹っ飛んだわね」
「大丈夫てすか! 指揮官さま!」
「うおおお! 痛えっ!」
「大丈夫らしいわ、怪我もしてなさそうだし」
他の第00小隊の隊員、マリとツムグが心配するとすぐさま起き上がるトラノスケ。
「わっ⁉」
「平泉さん、落ち着いてください。指揮官さんも体が痛くありませんか?」
「大丈夫――姫路さん、今誰に対して言っている? 背中見えるんだけど」
「ごめんなさい、やっぱり怖くて……」
心配してくれているエリナ、しかし男性のトラノスケが怖くて後ろを向いている。男性が苦手というか恐怖を抱いているため、仕方ないと言えば仕方ない。
「もう一戦頼む!」
「いいけど……なんで私に模擬戦?」
「ビィ・フェルノと戦ってみて、手も足も出なかったからな。せめて動きを目で追いかけてれ、逃げるぐらいできればいいな、って思ってよ」
前のビィ・フェルノの戦いではスターヴハンガの驚異的な身体能力になすすべがなかった。
途中、ハイドラグンでビィ・フェルノを追えたのは瀕死状態で火事場の馬鹿力が働いたおかげだろう。
そういう状態じゃなくても、せめてハイドラグンの武装を当てるぐらいには動体視力を上げたい、逃げれるぐらいには力をつけたい。
そう思ってリオに模擬戦を挑んだのだ。
それを聞いてリオは納得したように頷き、
「なるほど……指揮官は生き残って味方に指示出すことが仕事だ。守りの技術を上げるのは大事ね」
「よし、私が戦闘のアドバイスを送るわ」
「ヴァイセン?」
マリが助言を送ろうとしてくる。
「俺じゃなくてリオに近づいている?」
だがなぜかリオの方に目を向けている。
リオにアドバイスを送るのか、そんな疑問を抱いてると、マリが口を開いて、
「いい? 指揮官君との戦闘で投げ飛ばすのは危険よ」
「だが、訓練に危険はつきものだ」
「だから、違う技で対抗するの。いい? まずは腕を使うんで、そのまま背後に回り込んで首を絞める」
「そのまま締め落とすのね」
「ええ、腕の力はそのまま、胸を押し付けて、自分の体を指揮官君に絡みつけるようにじっとり抱きしめる。そして指揮官君の耳元に顔を近づけて、熱い吐息尾を――」
「ストップだヴァイセンさん! 戦闘のアドバイスはどこ行った⁉」
「だ、駄目ですよ! ヴァイセンさん、スケベなことは止めてください!」
トラノスケとエリナのストップが入る。
リオはマリのアドバイスを聞いて、無表情を貫いているが、顔は真っ赤になっている。
「これで指揮官君は落とせるわ」
「や、やめろ! そんな恥ずかしいこと出来るか!」
グッと指を立てるマリに怒鳴りたてるリオ。
「まあ、スターヴハンガの動きに慣れたいなら、白神よりも私を相手にした方がいいんじゃない?」
「ヴァイセンさんと?」
なぜ、と聞こうとしたらマリの姿が消える。
「え?」
「ね? 速いでしょ。ふー……」
そしてトラノスケの背後に再びマリの姿が。トラノスケ耳元に口を近づけて息を吹きかけ、トラノスケが驚いて飛び上がる。
「うおっ⁉ いきなり息を⁉」
「どう? 速さに慣れたいなら閃光を相手にした方がいいわよ」
マリのキセキ、『疾くあれ、螺旋』。
自身を加速させて目にも止まらぬ速さになれる、このキセキを相手にすればビィ・フェルノの速度に目で追いつけれるようになれる。
「なるほど……」
だからマリが模擬戦の相手になると言っている。
実際、この速度を見たトラノスケは、より自分を鍛えらるのではないか、と考えてマリの申しを受け入れようとしたら、
「待て、お前は危ない。速すぎたら、それはそれで訓練にならないのではないか?」
「スピードは抑えるわよ。大怪我はさせないから」
「ならちゃんとできるか、私と戦え」
「まあ、私たちの戦いを端から見るだけでも動体視力は上げれるか。いいわよ」
「待てよ、リオ。それじゃあ俺の訓練にならない。戦闘も身に着けたい。ここは二人でタッグ組んでヴァイセンさんと模擬戦しようぜ」
「待って、指揮官君、何考えているのよ。二人で滅多打ちにするつもり?」
「わかった」
「勝手に承諾しないで、白神」
なんかしれっとコンビで戦ってこようとする二人を止めに入る。
さすがに二対一はキツイ。いくら片方が普通の強化人間のトラノスケであっても、リオが手ごわいため、二人で来ると対処がキツイ。
そもそもそれだとなんの訓練だ。
どちらかというと、マリの多数を相手にする訓練になる。
「というか、いつの間に名前で呼び合う関係になったの」
「ビィ・フェルノとの命がけの戦いをした後にな」
「なるほどね。二人きりになったときに……私たちが帰った後にお楽しみでもしたのかしら?」
「してません」
「でも、急に距離が近くなると邪推しちゃうわよ」
「あなたはいつも邪推な事ばかり考えているのでは?」
マリがトラノスケとリオを交互に見る。
別に名前で呼ぶことは不思議ではないのでは? トラノスケはそう思っていると、マリは頷いて、
「じゃあ、私たちも名前で呼び合いましょう」
マリがそう言ってくる。
「え?」
「いいじゃない、私たちもあの戦いをくぐり抜けたわけだし、松下君……トラノスケ君が小隊の指揮官になって結構立つし。ね?」
もうすでに名前で呼んでいる。
(私、結構勇気だしたのに……これが大人?)
大胆さに驚いていた。ポーカーフェイスで表情をあまり変えないため、誰にもそのことを察せられなかったが。
「リオもいいでしょ?」
「え、ええ。わかった、マリ」
「いいぜマリさん。俺もそっちのほうが気が楽にできていい」
「今も結構素の態度でしょ」
「確かに! で、皆もどうだ?」
死線を潜り抜けたのはリオやマリだけではない。第00小隊全員なのだ。ならば他の隊員も名前で呼び合うのがいい。
トラノスケは他の隊員にも聞いてみる。
するとツムグが目を光らせて、
「確かに、ではアタシも! トラノスケさま!」
「ストップ」
さすがにまずいと感じたトラノスケ。
指揮官にさま付けでも慣れるまでこっぱずかしかったのに、名前に様付けは恥ずかしいどころか、なんか他の小隊の人たちの目が険しくなりそうなのですぐに止めにかかった。
針を刺してくるような視線を向けられるのは勘弁だ。
トラノスケからしてみれば絶対に止めなければならない。
「待ってくれ、いくら俺が指揮官とはいえ、様は付けなくていい。そんな仰々しい呼び方しなくても」
「そうね、幼い子に様付けを強要する指揮官はちょっと……」
「マリさん言ってない。俺がいつ様をつけろって言った?」
「わ、わかりました……トラノスケさんとお呼びします」
ガッカリした様子で受け入れる。
何とか様付けを阻止して、次はエリナであった。
「え、えーと……じゃあトラノスケちゃん。これからも頑張りましょうね」
「はい、エリナさん」
(ちゃん付け……)
(指揮官さまに?)
(え、男性苦手なのに、呼び方親しくありすぎませんか?)
(というか、トラノスケ。あっさりと受け入れている……)
まさかのちゃん付け、他の隊員たちは内心驚愕してる。
トラノスケからしてみたら、トラちゃんならわりと友人によく言われているため、ちゃん付けは慣れているのである。
「じゃ、最後は」
「い、いきなり名前で呼び合うのは……」
「乗っちゃいなよ、イチカ」
「そうですよ、イチカちゃん」
「イチカ、試しに一回」
「指揮官さまが呼びたいって言っているんです! 名前を呼びましょう、イチカさん!」
「なんか、妙なプレッシャーをかけないでくださいませんか」
「嫌なら変えなくてもいいぜ」
「……い、いや! これじゃあ私だけ仲間外れみたいじゃあないですか……」
疎外感を感じたイチカは深呼吸して鼓動を抑える。
(な、なんで恥ずかしいの! そりゃ、異性に真正面から名前を呼び合うなんて……いや、普通に考えたら恥ずかしい! なんで他の人は恥ずかしくもなく言えるの⁉ なんで!)
テンパって来てるイチカ。眼鏡の奥の瞳がグルグルだ。
(他の視線も、なんか恥ずかしくなってきたし……こうなりゃ自棄だ!)
もう後には引けない。
覚悟を決めてトラノスケと向き合い、
「よ、よろしくお願いします。トラノスケさん」
「おう、イチカ。よろしくな」
「…………」
「あれ、おーい、イチカ? どうした? 返事ないぞ」
なぜか名前で呼ぶと、黙り込むイチカ。
(……え、確かトラノスケさんって私より一つ年下ですよね? 私今年で二十歳ですよ? 大人なんですよ? もうすぐお酒も飲めますよ。なのに呼び捨てですか、マリさんやエリナさんみたいに大人の女性として見ていないってわけですか、なんかムカつくなぁ……)
細かいことに不満を抱いていた。
さっきまでの慌てようはどこに行ったのやら。
「なんか機嫌悪くなってないか?」
「気にしなくていいわ。あの子が勝手に考え込みすぎているだけよ」
「だんまりは珍しいですね〜」
一人の世界に入ったイチカを放っておき、
「まあ、ともかくだ。これから任務も大変になると思う。第00小隊、気張っていこうぜ」
「ええ、そうね」
「はい!」
とにかく、第00小隊の絆が深まった、そんな気がした。
「ふー……滅茶苦茶はえー」
「そうね、さすが近接戦では負けなし。青い閃光は伊達ではないということね」
「ですね!」
「ちょ、まって……三対一でかかってくるとは思ってなかったわ……ハァ……ハァ……」
「マリさんの方が大変そうでしたね~」
「…………(ぶつぶつ)」
「イチカさんもそろそろ戻ってきませんか?」