第00小隊の作られた理由
赤く染まった灰色の空の下を誰かが走っている。
体が傷だらけで、上半身が赤くなっている。
返り血だ。
返り血を浴びた、一人の兵士が走っている。
周りには何もない。
建物も、木々も、灰結晶も、空にも地面にも何もない。
「ハァ……ハァ……ハァ……ッ」
あるのは一人の兵士の今にも息絶えそうな声。
彼女は今に死にそうで、そして恐怖に怯えた顔をしている。
ただがむしゃらに紅い大地を走り去る。
何かから逃げるように走り続ける。
「――あっ⁉」
とうとう足に限界が来たのか、つま先が地面に引っかかって勢いよく転ぶ。
膝や腕が地面を擦り、痛みが走るも、それでも這いずってなにかから逃げ続ける。
「い、いや……来ないで……」
振り向かず、ただ前を見て、背後からの恐怖から目を背けるように。
――ガシッ!
だが、その時背中から温い感触がやってきて、
「――私たちを、おいて逃げたくせに」
血にまみれた仲間が彼女の体を掴んで、怨嗟の声を投げかけたのであった。
「うわああああっ⁉」
ベッドから決死の表情で起き上がるイチカ。彼女の顔には体力の汗が流れていた。
息も荒い。
震える体を抑えるように体を抱きしめる。それでも体は震え続ける。
「ま、またあの夢……か」
何度も見たあの時の夢。
仲間を置いて、自分だけ助かろうとして、敵の前で逃げ出したあの時だ。
イチカは敵前逃亡を犯した罪で一度懲罰部隊に入れられている。
地獄のような場所であったが、あんな場所なんかより、今見た夢の方が、イチカにとって地獄であった。
自分が犯した罪を見せつけられているのだから。
「今日から、また地上の任務……訓練もつらいけど、戦闘の方が嫌だな……」
地上付近の防衛や訓練もきついが、地上でグラトニーと戦う方が何十倍もキツイ。イチカからしてみれば本当はグラトニーなんて戦いたくない。
「死にたく……ないなあ……」
ベッドの横の机に置いてある眼鏡をかけて憂鬱な顔で、小さくつぶやいた。
「松下指揮官、白神隊長、もうグラトニーとの戦闘を行っても大丈夫か?」
「はい。身も心も問題ありません」
「問題なく動けます」
総司令官室で賀茂上と向き合うトラノスケとリオ。
自分たちの体調が万全だと伝えると、それはよかったと頷く賀茂上。
賀茂上からしてみればトラノスケたちのことは心配であった。
「しかし、災難だったな。あの紅い顔つきのグラトニー、ビィ・フェルノと相対するとは。君たち、よく生きのびてくれた。そして小隊に無事戻ってきてくれたこと、心から感謝する」
ビィ・フェルノの戦闘の後、ベッドで体を休めていたトラノスケたちに賀茂上が来て、その時に報告を色々済ませた。
スターヴハンガの情報は共有されている。
「生きているのも不思議ですよ。第00小隊の皆がいなければこの場にいません」
なにせ、災害を引き起こすほどの力を持つスターヴハンガを相手にしてきたのだ。
生き延びたとしても、戦いで負った傷や暴力的な力の前に絶望し、戦いに戻れないのではないかと心配であったのだ。
地球奪還軍からしてみれば第00小隊は貴重な戦力であるそれを失うのは厳しい。
それに、賀茂上個人からしたらグラトニーのトラウマを引きずったまま生きていく、それを見るのが嫌だというのもある。
だからトラノスケたちが万全の状態で戻ってきてくれた、このことに感謝していた。
「紅い顔つき、ビィ・フェルノと名乗っていたか。かつて二年前に地球奪還軍が初めて出会ったスターヴハンガ……」
「恐ろしい化け物でした。彼女の放つ炎は白神以外消せない。生半可な実力で戦うような相手ではありません。実力も、装備も準備万端で挑まなければすぐに消し炭にされますよ」
あらためて考えてみると、よく生き残れたものである。体に穴を数か所開けられたことを思い出すトラノスケ。再び腹の部分に痛みが蘇ってきたため、すぐに頭の中から消し去ることにした。
「今後は第01小隊、第02小隊にビィ・フェルノの討伐任務を出す予定ではあるが、現状表に出てくる可能性は低い。君たちが奴に重傷を負わせてくれたからな」
重傷を負わせて退けた以上、ビィ・フェルノも体を癒すためにどこかに隠れるに違いない。その場所を見つければいいが、そう簡単には見つからないだろう。
「そして奴が言う神のように崇める主……地球でグラトニーを生み出し侵略を開始したボスか」
「はい、主がウカリウムの光線を喰らって、今もどこかで傷を治しているそうです。完治はしていないので、だからビィ・フェルノもどこかに身を潜めている、と思っているのですが」
「敵の言うことをそう簡単に信じるわけではないが、この日本に主がやってこない来ていないことを考えると本当のことだろう」
「賀茂上総司令官、グラトニーが崇める主について、何か知っていることはないでしょうか?」
ビィ・フェルノから聞き取った情報で、主というものに疑問を抱くトラノスケ。
一体どんなやつなのか。
何かしらの情報がないか聞いてみたが、賀茂上は首を左右に振って、
「……残念ながら、この日本では奴らのボスは現れていない。もしこの日本を侵略しに来ていたのなら何かしらのデータが存在しているはずだ」
しかし、
「それらがない。まあ、だからこそ日本に住む人々は地下に逃げることができたのだがな」
「避難している途中にテレビに流れたニュースで、他の国が大群のグラトニーに侵略されているところなんて嫌というほど見ましたからね」
グラトニーの日本への侵略はまだ優しい方であった。大きな都市に住んでいた人は巨大地下シェルターに避難することができた。犠牲者は多いものの、侵略される前の生活を送れるぐらいには人も科学技術もある。
日本はまだ恵まれている方なのである。
そして、それはグラトニーの主がこの日本は来ていないと推測できる。
現に情報媒体にも、グラトニーの主のことはなんも残っていないのだ。だから主に関しては全くの未知数である。
もっとも海外の方に関しては地上にいたころのニュースでしかわからないため、今はどうなっているかはわからないが。
まあ、それはともかくだ。
今の地球奪還軍は海外のことやグラトニーの主のことを考えている余裕はない。
今するべきことは、
「君たち第00小隊には後日、再び地上に出てグラトニーの討伐任務を出てもらう。これからもグラトニーを発生させる侵食樹の破壊。君たちに任せていく」
「わかりました」
「了解です」
「言っておくが、これからは君たち第00小隊だけで行動することも少なくなるかもしれない」
「え?」
予想外のことを言われる。
「それはどういう……」
「そもそも、第00小隊はただ懲罰部隊に行ってしまった実力者を集めただけの小隊ではない。ちゃんと目的があって作られた」
それは、
「他のあらゆる小隊との連携を組み、敵グラトニーを一気に壊滅させるための切り札の小隊。それが君たちだ」
「自分たちが、切り札……」
「第00小隊は少数精鋭。ゆえに他の小隊と共に戦うことを前提に結成された」
第00小隊は少ない人数でありながら、その戦闘能力は計り知れない。
前線での敵の殲滅力を誇るリオやマリ、前でも中盤でもありとあらゆる敵に対応できるイチカとツムグ、後方から狙撃と味方の回復で支援するエリナ、最後にドローンによるサポートで味方を指揮するトラノスケ。
それは相手を切り崩す攻めの刃でもあり、味方を守る盾にでもなれる。
臨機応変に味方への動きを変えて戦況を有利に変えていく。
それが第00小隊の役目であると、加茂上は第00小隊を作った理由を告げた。
だか、トラノスケは不安そうにする。
「で、でも……指揮官の私が言うのもなんですが、自分とこの小隊は色々と問題が……」
「ぅ……」
リオが内心傷ついていたが、反論はできないためはんせいしてた。
「それは解決しているようなものでは? 彼女を見ればわかる」
「わ、私ですか?」
そして突然名前を呼ばれたリオは驚く。
「今の君は、隊長としての責任感を抱いている。少し前までは鞘のない刀のように乱暴な隊員であったが」
「それは……すいません」
指揮官や隊長の命令無視ばかりしてたリオ。
だが今は違う。
小隊のために、頼れる隊長であると頑張ると決めたのだ。
それが、自身目的であるグラトニーの殲滅、そしてビィ・フェルノの討伐につながると信じているから。
「やはり、君に任せて正解だった。これからは君と白神隊長で、小隊の連携を高めていってくれ」
「はい、わかりました!」
これからも彼女たちの悩みを解決してくれ、そう聞こえたトラノスケ。
もちろん、解決していくつもりだ。
助けられた命の恩を返せるなら、それぐらいやってやる。
やる気に満ちている。
「今は休暇した分、訓練に励んで感と実力を取り戻してほしい」
「「はい!」」
総司令官との話が終わる。
言われた通り、他の第00小隊のメンバーと出会って久しぶりの小隊訓練を行うトラノスケたちであった。